異世界転移して約十年、もうおっさんになった私だが幼き娘を守るために無双の剣を振るう

キロール

征四郎、無魔の剣

一章、修羅の道を行く親子

1.子連れの剣士

 娘を背負い目的地に向かう道すがら、私は物思いに耽っていた。


 五年前、この子を託されてから私の人生は大きく変わったものだと。


 ここより危険な北の地で魔獣や魔導士相手に剣を振るい、僅かに居残る人々のコミュニティの橋渡し役を黙々とこなしていた日々。


 それが赤子を生き長らえさせるために南に下って、今では立派な人斬りである。


 そこに後悔はなかったが、何とも人生の機微を感じずにはいられない。


「久方ぶりに連中に会うが……首尾はあまり良くないだろうな」


 この子を共に助け、育てることにも手助けしてくれた姉弟の顔を思い浮かべて少しだけ懐かしく思う。


 数カ月ぶりに会うのだから嬉しくない訳ではないが、奴が刺客を送るのを辞めないと言う事は話し合いは難航している事が容易に想像できる。


 そうなると、そろそろ二手に分かれる必要はないかもしれないな。


 私はそんな事を考えて天を見上げた。


 空には一つだけの恒星、太陽と呼ばれる恒星が輝いている。


 二十数年の長い間に慣れ親しんだ二つ陽はここにはない。


「なぁに、おやじ様?」

「独り言だ。気にせずに眠っておれ」

合意あい……」


 己の呟きに起きてしまった娘をあやすと、程なくして娘の寝息が聞こえてきた。


 ……敵を斬るしか能がない私が子を育てるのは無理ではないかと思われた。


 が、赤子の時に預けられてから既に五年、こうして育てることができている。


 むろん連中の力を借りたからこそここまで来れたのだが、この子に無理を強いていないだろうかと思うと、胸が痛む。


 私が未婚の男だからというのもあるが、それよりも問題なのはこの地では魔力が物を言う場所と言う事だ。


 私は人並み以下の魔力しか持たない。


 いや、使い方も良く分からぬ身だ、無いに等しいのだろう。


 そうなると、ここはいささか不便な土地であった。


 ここに住まう人々は大抵魔力と呼ばれる不可思議な力を持っており、それを体に付与して体力をあげたり、素早く動いたりする事に長けていた。


 そこらの魔獣ですらそうなのだ、私の世界の獣では考えられない素早い動きで襲ってくるので当初は対応するのに苦労したものだ。


 魔力の多い少ないで人を判別する風潮もあり、そうなると私など半人前のしがない剣士でしかない。


 ……まあ、北ではそれなりに名が通っていたが、南では無名も良い所。


 そんな私が育ててきたのだ、私が気付かぬ苦労も多かったに違いない。


 それでもこうして大きくなってくれたのだから感無量だ。


 ああ、あの頃からすれば大きくなったものだ。我が娘よ。


 その成長を思うと目頭が熱くなるのを抑えきれない、これが親心と言う奴であろうか。


 なれば血の繋がりこそはないが、この子は我が子と胸を張って言える。


 それでも、やはり、時には思う。


 私が育てて良かったのかと。


 彼女の母の死を見送っただけの私が育てて良いのかと。


 或いは私が町に住み、商いや農業に従事するような真っ当な人生を歩んでいるのならば、こんな思いは抱かずに済んだのかも知れない。


 いまさらと言える悩みだが、それでも悩まずにはいられない悩みに頭を悩ませていると前方より複数人の気配が放たれた。


 それは殺気にも似た剣呑な物、ここ最近の大陸は戦の気配を感じ取ってか治安が悪い。


 この気配は先を急ぐ身としては少々面倒な事態だと言わざる得ない。


 速くせねば夕刻が迫り、娘の夕食に間に合わなくなる。


 ……育ちざかりが一食抜くなどあってはならぬのだ。


「おい、おっさん。有り金寄越しな」

「無駄に命を捨てることは無いやな」


 気配の主である無頼が三人ほど、行く手を遮るように現れた。


 彼らの手には長剣や斧が握られており、その内の一人が何やら羊皮紙を広げて私たちと羊皮紙を食い入る様に見較べた。


 そして笑った。


「……黒髪に目付きの悪い赤土色の瞳を持った親父と五歳くらいの金髪の娘……おいおい、こいつらだぜ?! ガキを殺せば金貨三百、おやじ共々殺しちまえば金貨五百枚の賞金首!!」


 その言葉に悟る。


 ……奴は、遂には賞金を懸けて来たかと。


 己の手勢の暗殺者では数が足りなくなったか? それにしても親子合わせて金貨五百枚とはな。


 金貨なんて一枚あれば二、三カ月はゆうに暮らせる。


 荒くれ男たちが目の色を変えるのも無理はないが、私は争いは避けようと口を開く。


「見逃してはもらえんかね? この子はまだ五歳、他者の手により命を散らすには早すぎる」

「そんな泣き落としが通用するかよっ! どこでどう逃げて来たのか知らねぇが、ここが終わりの地だ! ははっ、こいつは運が良い!! しばらく遊んで暮らせる金――っ」


 無駄な争いは避けるべき情に訴えるも、荒くれの一人が苛立たしげに前に出て余計な事を言った。


 どうあってもこちらを狙う意志を示したままと分かれば、私の腕は石とは無関係に抜刀し、娘を負ぶった体勢のまま恫喝する荒くれ男の喉笛を斬り裂く。


 居合は然程得意でもないんだがと思わず嘆息がこぼれる。


 喉を斬られた荒くれは何が起きたか理解できないと言いたげな目を私に向けた後、びゅうびゅう音を鳴らして血煙を吹き出しながらあおむけに倒れた。


「てっ、てめぇ!」

「やっちまえ!」


 慌てふためき、怒りをあらわに迫る残った二人の荒くれに対して、私はトンボに構えた。


 剣の柄を握る右拳は耳のあたりまで持ち上げ、剣先は真っすぐ天を示す。


 左手はただ添えるだけ、左肱ひだりひじは決して動かさず、これこそトンボの基本の型。


 後は神速の斬撃を心掛け打ち込むのみ!


 斧を振り回そうとした荒くれのがら空きとなった頭を真っ向からたたき割り、我が剣の切っ先は一瞬だけ地を示す。


 即座に剣は反転し間髪入れず今一人の荒くれに対して斬り上げた。


 全ての技は剣速のみを第一とする我が流派、真道自顕流しんどうじけんりゅうの教え通りに。


 三人目の荒くれ男も腰から脇にかけて袈裟懸けに鮮血を噴き出て街道に転がった。


「な……なんだよ、テメェ……」


 人を恨めしげに睨みつけながら息を引き取る三人目の荒くれに私は緩く頭を振って告げる。


「我が娘に手出しはさせん」


 そう告げたが。無論返事は無かった。


 皆、我が剣を水先案内として黄泉路へと旅立ったのだ。


 ……それにしても困ったものだ。


 連中が恥も外聞もなく賞金など懸けたとなればこれからはこのような災難も迷い込む事が増える。


 これも刺客の幾人かに止めを刺しきれなかった我が身の不甲斐なさよ……まだまだ修練が足らぬ。


 ともあれ、今は娘に飯を食わせるために急ぐとしよう。


 この背中のぬくもりこそ、私が第一に守るべき物なのだから。


<続く>

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