第30話 あの馬鹿

 ザルティオはベッドに横たわっていた。額には脂汗が滲む。


 腹が痛かった。寒気も酷い。


 医者を呼べと騒いだところ、一応老人の医師がやってきたが、面倒そうに「食あたりですな。寝ていなさい」と言われただけだった。

 調理担当を処罰しろとザルティオは叫んだが屋敷の使用人達は「元王族殿の腹が弱いだけです」と相手にされなかった。使用人達はザルティオの世話を命じられているだけで、ザルティオの命令に従う訳ではないのだ。


 廃嫡され島流しの憂き目にあったザルティオは、移動中船内での私刑リンチでボロボロになりながら、ここカベディア島にたどり着いた。

 カベディア島は人口2000人程、一つの町と三つの村がある小規模な離島だ。気候は穏やかで、島民は主に農業と漁業で生計を立てている。


 王家直轄領ではあるが、特に何もない島だ。


 ザルティオの下腹部がギュルギュルと音を立てる。フラフラしながらトイレに向かう。トイレは外の掘っ立て小屋、今のザルティオにはそこに行くだけで辛い。


 ザルティオは一応屋敷と称される場所に住まわされ、使用人に世話をされてはいた。たが使用人は通いの島民で、全くやる気がない。最低限、食事だけは出てくるという感じだ。洗濯は10日に一回ぐらいはされるが、水を張った桶に衣類を放り込まれ、木の棒で掻き回した後そのまま干されるだけ。

 明らかな手抜きだ。この食あたりも雑な食材の管理が原因に違いなかった。

 ザルティオは最初、使用人に『俺はいずれ返り咲く、そのときに良い目を見せてやるからよく尽くせ』などと言ってみたが、鼻で笑われた。


 監禁はされておらず、自由に歩き回ることはできる。だが、島内を歩けたところで海を眺めるか、森を眺めるかぐらいしか、することはない。


 本当に何もない。


「俺はただ一人の王子だ……」


 歯を食いしばって歩きながら、ザルティオは呟く。島に来て以降独り言が増えていた。


「俺は返り咲く。王になる、王に。王位を継ぐ」


 自分に言い聞かせるように、独り言を繰り返す。たが、頭のどこか冷静な部分が「どうやって?」と囁く。

 何もない島だが、それでも情報は入ってくる。たまたま耳にした島民の会話によれば、クリスティーヌヴィクトル従甥が結婚するらしい。

 二人は仲睦まじく、ベルミカ公爵を始め、多くの貴族が祝福しているそうだ。夫婦のうちどちらかが王位を継ぐという。


 トイレにたどり着く。臭い。


「誰かが、きっと動いている……」


 自分の取り巻きだった貴族達にザルティオは期待する。彼らがベルミカ公爵による王都包囲時点ですぐに逃げ出したことから必死に目を逸らす。


「返り咲く、きっと、きっと」


 ザルティオは唇を噛んだ。

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