第3話 私と祖国は同情される


 私はコレッタさんに案内されて、用意された東棟の客室に入った。

 中は寝室、書斎、居室、使用人控室に分かれていて、トイレと浴室も付いている。高価な魔石式の給湯装置まで設置されていた。


「改めまして、身の回りのお世話を仰せつかっております。コレッタと申します」


 コレッタさんが朗らかな笑顔で、ペコリと頭を下げる。


「こちらこそ、どうぞよろしく。こんな変な立ち位置の人間でごめんなさいね」


 私は率直に申し訳なかった。彼女の使用人としてのキャリアにもプラスではあるまい。


「いえ! すっごく綺麗な人に付けて眼福です。あと、もし私のキャリアをご心配なら杞憂です。外国の公爵令嬢たるルディーナ様のお世話は重要案件です。箔が付きます」


 ぐっ、と親指を立ててウィンクしてくるコレッタさん。どうやら表情から思考を読まれたようだ。


「ふふっ、ありがとう。荷物は……あった」


 私が持ってきた荷物は部屋の隅に纏めてあった。大鞄2つ分の僅かな荷物だ。


「その、お荷物随分と少ないようですが、揃ってますか?」


 コレッタさんが心配そうに聞いてくる。


「ええ、悲しいことにあれで全てよ。ゼラート王宮に軟禁されてたから……もちろん実家にならドレスとかアクセサリーとかも相応にあるのよ? せめて王都のベルミカ邸に連絡出来れば色々持ち出せたのだけど」


「本当に酷い話ですね」


 そう言って、コレッタさんは頬をぷくっと膨らませる。コミカルな動きは私への気遣いだろう。いい子だなぁ。


「ふふ、怒ってくれてありがとう」


「お酒でもお持ちします? それとも甘いものの方が?」


 ヤケ酒かヤケ食いかを問われている?

 お酒は飲まないが、甘いものは好きだ。でも……


「甘いものには惹かれるけど、今は体を休めたいかも」


「承知いたしました。そうですよね長旅でしたものね。夕食後のデザートに気合いを入れるよう頼んでおきます」


 再び親指を立てるコレッタさん。遅い時間の甘味は普段は控えているけど、まぁ今日ぐらいは良いかも。


「じゃあお言葉に甘えて」


「はいです! あと苦手な食材とかあったら言って下さいね」


 元気な声と共にコレッタさんの銀髪がぴょこんと揺れた。



◇◇ ◆ ◇◇ 



 部屋に運ばれてきた夕食はとても美味しかった。芋のスープは丁寧に濾されてまろやか、鴨肉のソテーはクランベリーソースの爽やかな酸味がよく合っていた。焼き立てのパンも美味。

 食べ終わり、ふぅと一息。素晴らしい、流石は大国フレジェス王国。


 と思っていると、コレッタさんがぴょんぴょこ近付いてくる。


「ルディーナ様、ロッシュ殿下がお見えです。よろしいですか?」


 なぜ殿下が? という疑問は脇に置き、私は慌てて自分の状況を確認する。

 服は白とベージュのワンピース、許容範囲だろう。

 銀食器に写る自分の顔、口にソースは付いてない。髪の毛も跳ねたりはしてない。

 大丈夫だ。


 「ええ、もちろん」と返す。


 扉が開いてロッシュ殿下が現れた。

 そして殿下の後からクロードさんが配膳台を押して部屋に入ってくる。台の上には色とりどりの甘味スイーツとティーポット。


「甘いものをご所望と耳に挟んでね。持ってきた。そして、私もご相伴に預かっていいかな?」


「ありがとうございます。もちろんです」


 ……たぶん、心配して様子を見に来てくれたのだろう。ありがたい話だ。


「ささっ、ルディーナ様、どれが良いですか、お取りしますよ」


「ありがとう。なら、その苺の乗ったタルトを」


 殿下にはクロードさんがチョコケーキを取り分けている。

 ハーブティーがカップに注がれ、部屋にレモングラスの香りが広がる。


 殿下が「さて、いただこうか」と嬉しそうにフォークを手にする。


 私もタルトをいただく。クリームが甘過ぎず、苺の甘さが生きている。美味しい。

 暫し舌を楽しませ、落ち着いたところでロッシュ殿下が口を開いた。


「そうだ、コレッタから被服類などをあまり持ち出せなかったと聞いたが」


「はい。ですが最低限はありますので」


 咄嗟にそう言ったが……最低限、あるだろうか。厳しいかもしれない。夏服とか冬服はないし。


「いや、不自由をさせるつもりはない。王家の客人とした以上外聞もある。こちらで発注しよう。採寸だけ協力してくれ」


「しかし、そこまで……」


 流石に申し訳ない。至れり尽くせり過ぎる。

 しかしロッシュ殿下は「戦費より何桁か安いさ」と笑う。


「あと、差し支えない範囲で構わないから君の置かれていた状況をもう少し教えて貰っていいか?」


 なるほど、ここからが本題か。ここに至っては何も隠す気はないが……


「はい。しかし、その、どうしても愚痴のような内容になってしまいますが……」


「そうか……むしろ吐き出すといい。も今日の執務は終わりだ」


 殿下はクロードさんに目を向け、何やらジェスチャー。クロードさんが配膳台の下からさっと瓶を取り出し、グラスに注ぐ。恐らくブランデーだろう。ロッシュ殿下は形式的に口を付け、グラスを置く。ここからは非公式の酒の席、言葉遣いも気にするな、という意味だ。


「ご配慮ありがとうございます。では、その、恥ずかしいお話ですが……まずは私とザルティオの婚約が結ばれた経緯から……」


 私は説明を始める。


 まずゼラート王国は問題を抱えていた。王子が大馬鹿だった。

 現国王も凡庸だが、そんなレベルではない。勉強もできないし、礼儀作法も覚えられない。そのくせ無思慮で尊大、起こした問題は数知れず。国家の一大事である。

 王には正妻に加え側室も2人いたが、男児は正妻の生んだザルティオ一人のみ。ザルティオを外すとなると現王の甥ライモンまで王位は飛んでしまう。そして現国王は当然のようにザルティオに王位を譲るつもりでいた。

 その状況で貴族達は大きく3つの派閥に分かれていた。「国王派」「消極的国王派」「ライモン派」だ。

 国王派はその名の通り現国王を積極的に支持する派閥で、馬鹿な王家の陰で甘い汁を期待する連中だ。消極的国王派はザルティオの王位継承を認めるが、権力を制限し制御しようという派閥で、これが最大派閥。ライモン派はザルティオ馬鹿に王位は渡せないとする貴族達だ。


 ベルミカ公爵家は「消極的国王派」の筆頭だった。そしてザルティオを制御する仕組みの一つが私だ。私が王妃となった場合、ベルミカ公爵家だけでなく「消極的国王派」の有力貴族全てが後ろ盾になる。そうなれば、ザルティオは王妃の同意なしに重要事項は決められない。つまりはお目付け役である。

 私としてもそんな苦労の多そうな役回りは嫌だった。国のため仕方なく受け入れたのだが……


「いや、ほんと、こんな手段で排除されるとは思いませんでしたよ。ははは」


「それ、ゼラート国内大丈夫なのか?」


「駄目だと思います。消極的国王派がライモン派に合流するんじゃないですかね」


 最悪内戦だが、今の私にできることはない。国の方はベルミカ公が何としてくれるだろう。


「しかし、よく君を軟禁できていたな」


「王妃教育するから数カ月王宮に滞在してくれ、と言われると断るのも難しく。正直気の滅入る日々でした。長期間は続かない筈、と自分に言い聞かせて耐えてました」


 本当に辛かった。王妃教育と称して謎の課題を山ほど与えられて、終わると難癖レベルの駄目出しをされ、やり直し。

 不毛で忙しい、ストレスだけの日々だ。半年も軟禁が続けば父が介入する筈と、何とか耐えていた。

 結局、軟禁4ヵ月目にフレジェスに送られた訳だが。


「本当に大変だったんだな……飲むか?」


「いえ、お酒は大丈夫です」


「甘いもの、まだまだあるぞ?」


「いえ、もうお腹いっぱいです」


 配膳台に残るチョコレートやプデイングの味には興味津々だが、別腹にも限度はある。


「そうか、何か欲しいものとか、要望とかあれば言うんだぞ」


 殿下の目には憐憫の情が浮かんでる。私と祖国は憐れまれてる。


「あ、要望と言えばですが、何か仕事とかありませんか? 流石に食べて寝ているだけは」


「仕事か……まぁあると言えば幾らでもあるが。何が良い?」


 ふむ。何が良いだろうか。当然ながら一通りの教育は受けているし、帳簿処理とかもできるが……


「語学は比較的得意です。オルトリ語とハラルド語なら分かります」


 オルトリ語はその名の通りオルトリ共和国の言葉で、ハラルド語はトグナ帝国とグラバルト皇国で使われる言語だ。

 オルトリ共和国、グラバルト皇国、トグナ帝国、フレジェス王国の4カ国は四大列強と称される。フレジェスとゼラートは同一言語圏なので、私は列強全言語に対応できる。少し自慢だ。


「ほう。もしかして翻訳とかもできる水準か?」


「問題ないかと」


「なら各所で重宝されるな。だが無理はするなよ。働くにしてもフレジェスの生活に慣れてからだ。暫くはゆっくりしてくれ。図書館とかは自由に使っていいし、人は付けさせて貰うが外出も制限はしない」


 もう、感謝しかない。フレジェス王城に足を向けて眠れない気分だが、ここが王城だった。


 私は「ありがとうございます」と深く頭を下げた。


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