第58話 買い物するぞ


 リシュエンの街の上空を枝を伸ばして歩く俺。

 俺は市場にきてみていた。

 市場にはいろんなものが売ってあって、見ているだけでも面白い。


 ふと、気になる本を見つける。

 魔法について書かれた本だ。

 ちょうど、今の俺にとって勉強になりそうな内容だった。

 これ、ぜひほしいな。


 世界樹の身体の状態でも、本は読むことができるだろう。

 枝を伸ばしてページをめくればいいだけだからな。

 今のうちに、たくさん本を読んで勉強しておくのはわるくない。


 俺はその本を買おうとした。

 だけど、どうやって買う……?

 俺は世界樹の身体だし、当然店主と意思疎通はできない。


 そうだ、地面に文字を書いてみようか。

 金は別の枝を伸ばして、ユグドラシル王国の倉庫から持ってくる。


 俺は枝を伸ばし、店主の肩を叩いた。

 トントン。


「ん……? って、うお……!?」


 店主は振り向いた。


「な、なんだ……!? 蛇……!? いや、よく見ると木の枝か……!?」


 俺はそのまま、枝を地面に伸ばして、文字を書く。


【本を売ってくれ】


「なになに……? 本を売ってほしいだって……? そもそも、あんたはなにものなんだ……? 木の枝が、本を買いに来るなんて話、きいたことないぞ……? ていうか、金はあるのか」


 俺はもう一本の枝を伸ばしてきて、金をもってくる。

 そして店の机に金を置いた。


「よし、金はあるようだな。なら、売ってやってもいいが……。奇妙な話だな……。ん? まてよ……木の枝……ということは、あんたあの大きな世界樹か……!?」


 店の店主は、遠くに見えている俺の本体、世界樹のほうを見ながら、そう言った。

 ここリシュエンからも、大きすぎる俺の身体ははっきりと見える。

 俺が木の枝だというところから、世界樹から伸びているのだと、店主は推測したのだろう。


 俺は、地面に【イエス】と書いて答える。


「はぁ~そうか。それにしても、世界樹さまが買い物とはね……。驚いたなぁ。いちどユグドラシル王国にはいってみたいと思っていたんだよ。まさか世界樹さまとこうしてお会いできるとはな」


 そういって、店主は本を梱包してくれた。

 俺はもう一本の枝で本を受け取ると、それをユグドラシル王国まで持って帰った。


「まいどあり。またどうぞ」


【ありがとう】



 ◆



 買い物をして、しばらく街の頭上を飛んでいると……。

 なにやら、泣き叫ぶ女の子の声がした。


 俺がそちらへいってみると、6歳くらいの小さな子が、わんわん泣いている。

 まわりに親らしきものはいないようだ。

 どうやら、迷子なのかな……?


 こんなところに一人でいたら危ない。

 俺はその子に近づいて、枝で肩をつついた。

 トントン。

 女の子は俺に気づくと、一瞬泣き止んだ。

 しかし、その直後、さっき以上の大声で鳴き喚きはじめた。

 いかんいかん。

 まあ、こんな得体のしれない触手に話しかけられたら泣くか……。


 俺はなんとか泣き止んでもらおうとする。

 そうだ。

 俺は枝を動かして、ハートマークをつくってみせた。

 すると女の子はそれに食いついた。

 俺の枝をじっと見ている。


 俺は他にも、動物の形なんかをつくってやった。

 すると女の子は興味津々でそれを見て、拍手。

 ようやく泣き止んでくれたようだ。


 落ち着いたようなので、俺は地面に文字を書いて、意思疎通をはかる。


【どうしたの? 迷子かな?】


 それを見て、女の子は答える。


「おかあさんと買い物にきていたんだけど……おかあさんがいないの……」


【そっか。じゃあ、いっしょに探そうか】


「ほんと……? ありがとう。でも……どうやって……」


 俺はその女の子を枝でひょいと持ち上げる。


「わぁ……!?」


 そしてそのまま、さらに上へ。

 女の子を空中に持ち上げた。


「すごい……! これなら遠くまで見える……!」


 上からおかあさんを探そうという作戦だ。

 どうだろうか、おかあさんは見つかったかな……?

 女の子はしばらく上から街を見渡すと、ある一か所を指さした。


「あ! あそこ! おかあさんがいた!」


 そっちのほうを見ると、たしかにきょろきょろとなにかを探している女性がいた。

 あれがおかあさんのようだ。

 俺は枝を伸ばして、女の子をそのおかあさんのところまで連れていく。


「ま、マリン……!?」

「おかあさん……!」


 俺は女の子をおかあさんのもとまで送り届けた。

 そっと地面に降ろす。


「ど、どうしたの……!? どうして上から……?」

「あのね、おかあさん。この……えーっと、蛇さんが助けてくれたの!」

「そ、そうだったんですか。ありがとうございます。でも……蛇さん……?」


 母親は、俺の枝にちょんちょんと触る。

 やめてくれ……くすぐったい。


「どうやら、木の枝のようだけど……」


 触って、俺の素材が木の枝だとわかったようだ。

 そして、母親はしばらく考えたあと、結論を出す。


「あ、もしかして……あちらに見える世界樹様では……!?」


 俺は、地面に【そうだよ】と書く。


「これは……! 世界樹さま、ありがとうございました。ユグドラシル王国には一度行ってみたいと思っていたのです。こんど、あらためてお礼にいきますね」


【ああ、歓迎するよ】


 そして、二人は去っていった。


「またねー! 世界樹さんー!」


 マリンが俺に手を振る。

 俺も木の枝を振って、それに応える。

 なんだか今日は、ほのぼのした一日だったな。

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