第3話 少年がきたよ


 スキル、世界樹の加護(UR)を得たアルト=ギルバートは、その後冒険者として名を馳せていた。

 

 そして、あれから10年の月日が流れた。

 アルトは冒険者を引退し、ポコット村に帰ってきていた。

 そしてベアトリスと子供を作り、ジルと名付けた。


 アルトは幼いジルに言ってきかせた。


「父さんがなぁ、冒険者になれたのは、世界樹の加護のおかげなんだ」

「世界樹の加護……?」

「そうだ。あれはきっと、世界樹様が授けてくださったに違いない」

「世界樹様……?」

「ああ、だからジル。お前も世界樹様には優しくしなさい」

「はい。お父様」


 アルトは優しくジルの頭を撫でた。

 アルトは世界樹の加護を授かったのは、あの若木のおかげだと思っていた。

 そう、あの若木こそ、世界樹なのだと信じていたのだ。


 ちょうどジルが12歳になったころだ。

 言葉世界の若木を囲っていた柵も、経年劣化でボロボロになってきていた。

 そこで、アルトはジルにおつかいを与えた。


「ようしジル。世界樹様の柵を新しいものに取り換えてきてくれるか?」

「はい! お父様!」


 ジルは言われたとおり、新しい柵を持って言葉世界の元へやってきた。

 言葉世界の若木も、あれからかなり成長し、2メートルくらいの大きさになっていた。

 もう踏みつぶされることはないが、まだまだ若木は細いままだ。

 こんなに成長の遅い木は珍しかった。

 その不思議な若木を見て、ジルは思った。


「たしかにこれは世界樹様だ。何百年もかけて、大きな世界樹様になるに違いない。それまで、俺がこの柵でちゃんと守らないとな……!」


 ジルは手が汚れるのも気にせずに、柵を新しものに取り換えた。

 そのようすをみていた世界は思った。


「なんていい子なんだ……! 柵を新しくしてくれるなんて……!」


 そして、そう言えば数年前にも同じように、柵を取り付けてくれた少年がいたことを思い出す。

 名前は知らなかったが、顔はよく覚えていた。

 世界はジルの顔をよく確認すると、その少年に似ているなと思った。


「もしかしたら、あのときの少年の子孫かなにかかな? ようし、君にも幸あらんことを……!」


 世界がこうして祈ったことによって、ジルにも世界樹の加護が発現することになるのは、まだ先の話だ。

 柵をとりつけ終わったジルが帰ろうとすると、そこに、幼馴染のビルグがやってきた。

 ビルグはポコット村の村長グルドの息子だった。

 ビルグは若木にいたずらをしようと、近づいてくる。


「おいジル、なにをやってんだよ。その木になんかようか? 俺は今から剣の練習に、この木を使おうと思ってんだよ。柵なんかとりつけやがって、邪魔だぜ」


 ビルグは木製の剣を振り回しながら、柵を壊そうとしている。

 世界はなんてやつだと思った。

 木剣とはいえ、剣の練習に使われるのなんてごめんだった。

 ビルグの言葉をきいて、ジルは彼の前に立ちはだかった。


「おい! そんなことは僕がゆるさないぞ!」

「あん?」

「世界樹様にそんなことさせるもんか!」

「はっはっは! お前、このしょぼい木が世界樹様だって? 誰にきいたのか知らねえが、馬鹿じゃねえのか?」

「うおおおおおおお!」

「お、おい……」


 ジルはビルグに突進していった。

 ジルのほうが体格的には劣っているものの、彼は本気だった。

 ビルグはジルのあまりにもの闘気におののいて、しりもちをついた。


「や、やめろよ……なにもそこまで本気で怒ることないだろ」

「だめだ! この木に手をだすな! それを約束するまで、僕は君を殴るのをやめないぞ!」

「わ、わかったよ。悪かった。他のとこで遊ぶから、許してくれ」


 ジルがビルグに馬乗りになり、何発かパンチをくらわすと、ビルグはたまらずそう言って去っていった。


「ふう、なんとかなった。これでよし」


 ジルも世界樹を守ったことで、満足気に村に戻っていく。

 言葉世界はそれを見て思った、この少年はなんといい子なのだろうと。


「それにしても、俺のことを世界樹様とか言ってたな……? あれはなんの間違いだ……?」


 世界には、まだ自分が世界樹であるという自覚はなかった。

 自分はただの若木だと思っていた。


「まあ、いいか。勝手にそう思ってるだけだろう」


 

 ◇



 世界樹に恩恵をもたらしたものは、なんらかの加護を得る。

 古代の魔導書にもそう書かれていた。

 アルトやジルが世界樹の加護(UR)なんていうスキルに目覚めたことからも、これは真実だろう。

 世界樹(言葉世界)に恩恵をもたらしたのは、アルトだけではなかった。


 通りすがりのスライムも、また世界に恩恵をもたらした一人である。

 スライムは喉の渇いた世界に水を与え、窮地から救った。

 そんなスライムにある日、とんでもないことが起こった。


「きゅい……? きゅいいいいい……!?」


 いつものように水飲み場で水を飲んでいると……。

 スライムの身体が、急に光り出したのだった。

 そして、スライムは上位種であるスライムキングへと進化した。

 スライムキングの身体は、通常のスライムの50倍ほどの大きさである。


「きゅいいい!」


 スライムは驚きながらも、自分が進化したことに喜んだ。

 スライムキングに進化したことで、スライムは繁殖できるようになった。

 スライムの繁殖方法は、主に分裂である。

 ある程度身体が大きくなったスライムキングから、スライムが何体か分裂して生まれる。

 水飲み場で水を飲み、水分と魔力を蓄えたスライムキングは、さっそく繁殖することにした。


「きゅきゅい!」


 すると、スライムキングの身体から小さなスライムが20体くらい、ぽこぽこと分裂して生まれた。


「きゅいきゅい!」「きゅい!」「きゅきゅきゅい!」

「きゅきゅい!」「きゅうう!」「きゅいいい!」


 スライムキングは思った。

 これはきっと、あの世界樹に優しくしたおかげなのだなと。

 スライムキングは世界樹にお礼を言うべく、生まれたてのスライムたちを連れて、ポコット村のほうを目指すのだった。



 ◇



 俺の若木も、かなり大きくなってきた。

 もう2、3メートルほどになるだろうか。


「そろそろ俺も木らしくなってきたな。それにしても成長が遅い……。いったいいつになればデカい木になれるんだ? ていうか退屈だ……」


 俺が退屈を持て余していたところ、森の奥のほうから、巨大なスライムが現れた。

 スライムは、後ろに小さなスライムを引き連れていて、みんなきゅいきゅい言ってる。


「お、おおおい……!? なんだ!? でけえスライムだ……!」

「きゅいきゅいー」


 巨大なスライムは、若木に体を摺り寄せて、また水分を恵んでくれた。

 そのしぐさに、俺ははっとする。


「お前……まさかあのときのスライムか?」

「きゅいきぃー!」

「おおー大きくなったなぁ……また水を持ってきてくれたのか。ありがとうなぁ」

「きゅいきゅいー!」


 巨大なスライムのしぐさをみて、小さなスライムたちも真似をし始めた。

 それから、しばらくして、交代で小さなスライムたちが水を持ってきてくれるようになった。

 これで水不足とはおさらばだ。


「あーマジでスライムたちには感謝だなぁ」


 スライムたちの今後の幸せを願う俺であった。

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