第1話 若木に転生したよ
「
本心ではちっとも残念だとは思っていないような感じで、目の前の女神は言った。
女神の言う通り、俺は死に、この何もない真っ白な空間に立っている。
心当たりといえば、当然ある。
コンビニ強盗からレジの女性を守ろうとして、刺されて死んでしまったのだ。
日頃引きニートをやっていて、一日中家でゲームをし、めったに外に出ない俺だったが、たまたま外出した日にこんな目にあうなんて。なんとも不運である。
「ありますねぇ。ありますあります。俺、刺されて死んだんですよね」
「そう、あなたは女性を強盗から守ろうとして死んだ。ええ、立派だと思います」
「なんで少し半笑いなんですか。俺死んでんですよ。不謹慎じゃないですか」
女神のあまりにもの失礼な態度に、俺は苦言を呈する。
「ああ、すみません。こっちとしましては、人間の死なんていうものはあまりにありふれたもので。死に関して不謹慎だとかどうのっていう感覚がないんですよね。いや失敬」
「はぁ。そういうものですか」
「それに、あの女性、あなたが助けても助けなくても、結果は変わらなかったんですよ」
「え……じゃあ俺は無駄死にってこと……?」
「まあ、そうなります。お気の毒ですが……」
最後まで自分はそんな運命なのか、と俺は落胆する。
思えば、人生生きてきてうまくいったためしがなかった。
落ち込む俺に、女神は励ますように言う。
「うーんと、私としてはですね。あなたにもう一度チャンスをあげたいと思っているのですよ」
「もう一度……チャンスですか……?」
「そうです。あなたの行動、私は結構評価しているんですよ。あなたなりに頑張った結果だと思います。美しい話じゃないですか。ダメダメだった引きニートが、最後の最後に人のために体を張った」
「はぁ……どうも」
「いやね、あまりにもこの終わり方は気の毒だと思いまして。あなたの人生、なんにもなかったのに、最後がこれじゃあねぇ……あんまりでしょう?」
女神に悪気はないのだろうが、さっきから散々な言いようである。
「まあ……はい。認めたくはないものだな……って感じですが。そうですね。俺の人生、あんまりいいことはありませんでした」
「でしょうね。なので、あなたの今回の行動を評価して、私から転生のオファーを提案しようと思うのです。どうでしょうか。異世界でもう一度、人生をやり直してみる気はありませんか?」
「てん……せい…………」
女神のいったその言葉に、俺の中でかあっと熱くなる思いがあった。
転生……それはなんと甘美な響きだろうか。
生前、引きニートだった時代に、世界にはゲーム以外にも趣味があった。
それは、深夜アニメを見ることである。
とくに、異世界系のアニメが大好きだった。
頭を空っぽにして、酒を飲みお菓子を食べながら、ダラダラと流し見をする異世界アニメは、格別だった。
異世界に行って人生をやり直したい、そんな願望が、ひそかにあった。
それが今、叶おうとしているのである。
これが喜ばずにいられようかという話だ。
「そ、それは……いわゆるところの異世界転生というやつですか……!?」
「いわゆるところの異世界転生というやつです。なんだ、知ってるのなら話がはやくて助かります。それで、どうでしょう。やり直してみる気はありますか?」
「も、もちろん……!」
最悪な人生だった。
もう一度生まれられるとしても、二度と人生はごめんだ。
そう思っていたほどだった。
しかし、異世界となると話は別である。
異世界でのやり直し人生、それは俺にとって、喉から手が出るほど欲しかったものだ。
人助けはするものだな、と思う。
「では、異世界転生するにあたって、特別に一つ要望をきいてあげましょう。なにかありますか?」
突然そんなことをきかれて、俺は少し考える。
これは重大な決断だ。
ここでなにを言うかによって、大きく結末が異なるだろう。
だが、思いついた要望はいたってシンプルだった。
「そうですねぇ……刺されても死なないような、世界で一番強い存在になりたいです。俺は刺されて死んでしまったので……今度は誰かをちゃんと守れるような、そんな存在になりたい」
「いいでしょう。あなたのその思い、ちゃんと反映させておきます」
それから異世界についての質問や説明など、しばらく女神とやりとりをした。
「では、今からあなたを異世界に転生させます。よろしいですね?」
「はい……!」
内心ワクワクしながら、俺は答えた。
その直後、俺の身体がまばゆい光に包まれる。
だんだん意識が遠のいていく。
だが今度のは、死んだときの不快感のある感じとは違い、まるで母親に抱かれながら眠るような心地よさがあった。
一度に死と生誕を味わい、人間を超越したような気分になった。
人間を超越――。
「まさか本当に人間を超越するとは思わないじゃんかーーーー!!!!」
――次に目が覚めたとき、俺の身体は植物だった。
◇
「なんじゃこりゃあああ騙された!」
刺されても死なない、最強の肉体が欲しい、俺は確かにそう望んだ。
だが、どうだ。
転生したのは、なんの変哲もない若木。
ほんの数センチにしかみたない、か弱い植物だった。
「どういうことなんだ……? 俺、若木になってる……!?」
声に出そうとしてみてはいるが、実際には音声にはなっていない。
せっかく転生したというのに、声も出せないし、その場から動くこともできない。
このままじゃ、なにもすることがない。
俺はさっそく絶望していた。
突然、俺は頭上になにか重たいものを感じる。
そしてそのまま、その直後に、重たいなにかに踏みつぶされていた。
「うお……!? いでええええええ!!!!」
俺を踏み潰したのは、森の中を駆け回っていた少年だった。
無邪気に駆け回り遊んでいる少年にとっては、足元の若木など気にもとめない存在だった。
踏み潰され、痛みを感じるも、若木はなんとか無事である。
折れずに再び垂直に戻る。
「クソガキがあああああ!」
声を出そうとするも、こちらは植物。
当然、子供たちに声は届かない。
無邪気な子供たちは、何事もなかったかのように、森の奥へ去っていった。
「くそ、踏まれただけでめちゃくちゃ痛い。このままじゃ、そのうち枯れてしまうんじゃないか……?」
一度ならまだしも、こう何度も踏まれたらたまらない。
こちらからは動くこともできないし、八方ふさがりだった。
先ほどの子供たちが去ったあと、それに遅れてもう一人、気弱そうな少年が俺のもとへ近づいてきた。
また踏まれるのではないかと、俺は身構える。
しかし、少年はしばらく若木を見つめ、逡巡したのち、静かに去っていった。
「なんだったんだ?」
それから数日後である。
「暇だ……すげえ暇……」
動くこともできず、俺が暇を持て余していたところ。
先日の気弱そうな少年がまた、俺のもとへやってきた。
少年はなにやら、柵のようなものを重たそうに引きずっている。
俺のもとまでやってくると、少年は、若木を囲うようにその柵を設置しはじめた。
「ま、まさか……この子、俺が踏まれないように柵を作ってくれているのか……!?」
俺は感動のあまり、涙が出そうになった。
若木の幹をうっすらと雫がしたたり落ちる。
柵を設置し終え、少年は満足そうに去って行った。
少年は、むやみに踏み荒らされる若木を気の毒に思い、わざわざこうして柵を持ってきてくれたのだった。
「な、なんていい子なんだ……。うう……俺のために、ありがとう。この恩は一生忘れないぜ……!」
俺は、どうかあの子どもに幸あらんことをと祈った。
しかし、まさかこの祈りが、あんな結果をもたらすことになるとは……このときはまだ、誰も知らない。
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