時かけ魔術師は失敗を許されない
風凪
第1話
終わりは突然訪れた。
その日はエインフィール王国の隣、ランバルド帝国の二百年目の建国記念日だった。
晴れ渡った星空が印象的な夜に、国境付近の村に星が落ちた。
遠く離れたところから星が降る様子を見た人たちは、最初それを天体ショーだと思った。
けれど、きらめく星の軌跡が空から地上に落ちて地面を赤く燃やした時、人々の歓声は悲鳴に変わった。
落ちた星はエインフィールの小さな村を焼き尽くし、その後すぐにランバルド帝国がエインフィール王国に対して宣戦布告をしてきた。
それまで魔術の研究などで競争することはあっても、表立った争いはなかったのにだ。
突然始まってしまった争いに、長らく平和だったエインフィールの地はなすすべもなく蹂躙された。
なにせ突然空から星が降ってくるのだ。
エリスが住んでいた町も無慈悲な攻撃で焼け野原にされてしまった。
転移魔術を使うことができたわずかな魔術師だけが生き延びることができた。
十八歳になったばかりのエリスは、そのわずかな生き残りだった。
もともと孤児だったエリスは魔力の高さと発想力を評価されて、魔術師としての教育を受けることができた。
まさかそれが生と死をわけることになるなんて思いもしなかった。
肩より少し長い紫がかった銀色の髪が、強風にあおられて乱れる。風に運ばれてくるのは焼け焦げたにおい。
先ほどまでいた町が赤く燃えている。
自分は転移魔術が使えないからと、地下の防御結界へ逃げた親友の顔が頭から離れない。それだけじゃない。若者も老人も子供も、誰もかれも絶望を嘆いていた。
あの人たちはどうなっただろう。
エリスは燃えさかる町を遠くに見つめながらぼんやりと思った。
朝になってすべてが焼けてしまった町に戻った時、そこには瓦礫と化した建物と大きなクレーターがあるだけだった。
空から降りそそいだ星は地面を抉り、地下に逃げた人たちの命も奪い去った。
変わり果てた町の中に、生き延びた魔術師たちの慟哭が響き渡った。
***
生き残った魔術師たちは王都に集められ、国の極秘機関で対抗策を講じることとなった。
エリスはその機関で、空から星を降らせる魔術が、もとはエインフィールの魔術師が編みだしたものだと知った。それが長い時をかけて隣国で改良されて、大型の星を降らせるものとなったらしい。
あんな恐ろしいものを自国の魔術師が編みだしたなんてどんな皮肉だろう。
過去に戻ることができたのなら、その魔術師を殺してでも魔術が世に出るのを防ぐのに。
エリスは空から降る星の対抗策を考える傍ら、時間を遡ることはできないかと考えるようになった。
そもそも空間を転移することができるようになったのもここ三十年ほどのことだし、方法が発見されていないだけで、時間も転移することができるのかもしれないというのがエリスの持論だった。
ある日、エリスは時間を跳躍する理論を唐突に閃いた。
けれど、実行するために一つ決定的に足りないものがあった――――魔力だ。
自分だけの魔力では全然足りない。
仲間の魔術師に意見を聞いてみたかったが、平時ならまだしもまたいつ星が降るかわからない状況の中、夢物語のようなエリスの話に耳を傾けてくれる者はいなかった。
みんな空から降る星をどう防ぐかで手一杯だった。
町や村に魔術で障壁を築く案もあったが、町一つ覆うほどの魔術を維持し続けるなど現実的ではなかった。そんな時、ある一人の魔術師が「魔術が維持できないのであれば、外部から魔力を取り入れるのはどうだ?」と提案した。
自然が有する魔力を魔術具でかき集めるという方法を聞いて、エリスはそれを時間転移の魔術にも応用できないかと考えた。
ただし、エリスが目をつけたのは自然の有する魔力ではない。空から降りそそぐ星が地面に激突する際に発生する魔力だ。
あの莫大な魔力を魔術に組み込むことができれば、今まで人がなしえなかった時間跳躍を実現できるかもしれない。
幸い研究の甲斐あって、星の動きから落ちてくる場所を予測できるようになっていた。
(できる……できるわ!)
エリスは高揚した気持ちで時間跳躍の術式を完成させた。
理論は完璧だ。自信をもって言える。
けれど、実際に時間を跳躍できるかどうかは試してみるまでわからない。
理論的にはできても、実際やってみるとできなかったなんてことはよくある話だ。
何度も試行錯誤を繰り返せればいいが、エリスが考えた方法では試せるのは一度きりだろう。
成功か、死か。
こんな不確かな賭けに誰かを巻き込むわけにもいかないと思ったエリスは、たった一人で決行することにした。
***
夜空にほうき星のような尾を引く星が見える。
あれがこれからここに落ちてくる星だ。
避難して誰もいなくなった村で、エリスは空を見上げた。
全身これでもかというほどの魔術具を身につけ、術を展開させた。
(――――大丈夫)
最初の一撃で死なないように防御結界も張ったし、魔力を増強する魔術具もたくさんつけている。
ここに来るまで何度も、それはもう何度もシミュレートした。
(――――大丈夫。絶対、過去を変えてみせる……!)
小さな瞬きだった星が赤々と燃えて迫ってくるのを、挑戦的な目つきで睨みつける。
静まり返った村に、耳がおかしくなりそうなほどの轟音が響き渡った。
強烈な風を感じた瞬間、体に衝撃が走った。
エリスの華奢な体は、少し離れたところに落ちた星によって吹きとばされ宙を舞った。
何の対策もしなかったら一瞬で死んでいただろう。
それでも想像をはるかに超えた衝撃に耐えきれず、エリスは意識を手放した。
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