第14話 異世界③ ハポネス
気が付くと、また王城へ続く長い列の中にいた。死因は分からない。ただ、今はそういうことを考える必要はなかった。あの壁画の前へ立って、願うだけだ。
しかし――。
(ユウリ、ごめん)
王城へ着くと日没前だった。急がなければいけないが迷いはない。あのレリーフの場所を思い出して手をかざすだけだ。
なのにだ。そのレリーフが見つからない。確かにあった場所へ、まったく違うレリーフが並んでいる。
「アンタ、迷ってるね。同じ壁画には二度と出会えないんだ」
見たことのある少女だった。ただし、その言葉には気落ちしてしまった。
「キミは――」
「その腕輪してっから覚えてただけなんだけどね」
そうだ。あの時の少女だ。
「この腕輪――逆境のリングっていうのを教えてほしいんだ。どんな力があるの?」
すると少女は、
「そうだとは言ってない。似てるって言っただけ。それより時間がないよ。またひと晩待つの?」
僕は腕輪の謎をあきらめて壁一面のレリーフに向かう。前回は勘が当たったのだ。このレリーフにはきっと意味が込められているはずで、僕は急ぎながらも慎重に壁を眺める。
そこへ高らかに声が響いた。
「今より三十秒後に日没となる! 行き場のないものは城内から立ち去れ!」
間に合わない。ここでの一日は現世の一日だ。その焦りの中、急にギンハの言葉が思い出された。
僕はバカだった。この世界でどれだけ長い時を過ごそうとも、若返って転生できると彼は言っていた。そうなれば時間は余るほどあるのだ。気にすることはない。
(頼む!)
僕は目の前にあった、大きな翼の鳥の描かれたレリーフに手をかざした。友人の記憶と引き替えに――。
海だった。
白い砂浜の波打ち際で、遠くに松原が見える。昔どこかで見たことのあるような、
思う間もなく、呼ぶ声がある。
「若い人。漂流者でもあるまいに」
ゆったりと杖をついて歩いてくるのは、長い白髪を頭の上で丸め、同じくらい長いひげを生やした老人だった。僕が訊ねるのはただ一つ。
「ユータイア王国のメールンという街を探しています。聞いたことはないですか」
老人は黒い目を細めて、
「ここはハポネス。よその国との交流はない。たまに、流れ着く異国の者がいる程度じゃ」
「その――僕がその漂流者なんです。何でもいいんです。この国のことを教えてください」
すると、老人は頭を右に向けて海を眺める。
「大した国でもない。皆、畑を耕し、
これは転生の失敗だと、僕はすでにサメに襲われて死ぬ覚悟を決める。
老人は僕の心を見透かすように、
「若い人。生き急ぎなさるな。まずはアンタの生まれ故郷の話でも聞いてみたいのう。年寄りになると、それがいちばんの楽しみでの。立ち話も疲れる。ワシのボロ
異世界での決まりごとは、二つ。国を知ること。そして人を信じ過ぎないこと。誰もがシェリルのように優しいとは限らない。僕は細心の注意をもって老人のあとへ続いた。砂浜をゆっくりと、二つの影が足跡をつけてゆく。
「まあ、こんな家じゃが」
浜辺に建った、小屋、と呼んで差し支えのない、雨漏りのしそうな家だった。薄い畳状のものが
「あの――綾瀬嘉手那と言います。お爺さんは、なんて呼んだらいいですか」
老人は、まあまあ、と言いながら。部屋の隅にあった火鉢から炭を一つつまんでくる。熱くないのか、手のひらで転がすような仕草を見せた。それを囲炉裏へと投げる。
「名前のお。そういうことも忘れてしまえるのが年寄りの面白いところでなあ。今はウラシマと呼ばれとる」
ウラシマ老人は赤黒い炭に小枝を投げ始めた。パチパチと枝のはぜる音が小屋に落ちる。
「それで、カテナさんはどこから来なさった。異国か、はたまた異世界か」
僕はその言葉に飛びつく。
「異世界のことを、知ってるんですか?」
「まあ、慌てなさんな。ふた月ほど前じゃった――」
ウラシマ老人はまた小枝を囲炉裏へと
「やっぱり、お主と似たような恰好をしとった。かわいらしい娘での、クミという名前じゃった」
耳を疑う、思いもよらない展開だ。來未が、この国へ一度は転生していたというのだろうか。
「詳しく教えてください! その子を探してるんです!」
ほお、と老人は立ち上がり、火鉢へと向かった。そして湯気の立つ鉄瓶を手にすると、そばにあった湯のみへと何やら注ぎ入れた。
「
僕は少し縁の欠けた湯のみを受け取る。口にすると、胃の中から温まった。
「それで、彼女はどこへ行ったんですか?」
「そうさのお。鶴になって飛んでいったわい」
「あの、冗談じゃなくて本当のことを教えてください」
僕はしびれを切らす。
「
「竜宮、ですか?」
話が少しずつ
「ウラシマさんは、竜宮城でどんな人に会ったんですか?」
彼は昔を懐かしむ顔になり、
「あれほどの美しいお方は見たことがない」
「それは、
「おや、若い人。よく知ってなさる」
驚いたように見えたが、皴が動いただけかもしれない。
「ウラシマさんは、異世界のことをどこで知ったんですか?」
「年に何度か漂流して打ち上げられる者がおる。誰もが口を揃えて『異世界から来た』と言うもんでの。ワシも昔は不可思議な経験をしておる。
「その転生者は、今もどこかにいるんですか?」
「一人、村里におる。よう働く男で、村の娘を
転生をあきらめた――というよりも、その人にとってはこの国への転生が幸せなことだったのだろう。ただし、その他は新たな転生を目指した。その違いはなんだろう。価値観は人それぞれだ。
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