指を鳴らすと変わる世界

赤髪 爽良

プロローグ

「パチン」

 指を鳴らした瞬間に、世界は僕のモノになった。

 そう、あれは六歳の頃。俺は、小学校入学式初日から、いじめられたんだ。よそから入ってきた俺は、速攻いじめの的となった。

 小学生のいじめなんて可愛いモノと言うヤツもいるが、そんなに可愛いモノじゃない。モノを隠されることはもちろん、中には目の前で燃やすやつもいた。

 親からは入学して一か月も経たず、教科書を無くすのだから、それはそれは怒られた。その燃やされたモノの中には、俺が大好きだったキャラクターの文房具もあった。教科書やノートが燃やされることには、諦めがついたが好きなキャラクターの文房具が燃やされることには、諦めがつかなかった。

 そんな俺は思わず飛び出して、相手の顔面を殴ろうと精一杯拳を振るった。だが相手は複数、三対一だ。敵うわけない。当然のようにボコボコに殴られた。

 その時だ、俺の好きだったキャラクターが言ってた言葉を思い出した。

 「ヤバいって思ったら、指を鳴らせ。そうするとその音を聞いた俺たちが駆けつける。」

 そんなのウソだろう?って思うだろ?当たり前だ、そんなのウソだ。

 だけど、その時確かに、俺をいじめてたヤツらは吹っ飛んだんだ。

 あの日から、世界は俺の思い通りになっていった。

 いじめられていた僕にも、幼少期からの夢があった。そう、剣一本で敵を倒してしまう勇者だ。神話でも讃えられているその姿に、自分自身を重ねて胸を躍らせたものだ。

 俺の好きなアニメにこんなセリフがあった

 「勇者とは勇敢に戦う者。己の全てを犠牲にしても誰かをその身一つ、剣一本でなぎ倒す者だ。その姿を讃え人々は其の者を、勇敢なる戦士、勇者と呼ぶ」

 と…。

 このセリフを耳にした瞬間、全身の毛が立ち、心が躍った、血が熱く騒いだ。俺もこうなりたいと。

 だが、幼少期からいじめに合い、その夢を僅か三歳で諦めた。こんな弱き者に勇者は務まらないと。自分と同じ歳の子にさえ立ち向かえない自分なんか、自分より遥かに大きく、遥かに強い相手に立ち向かい、誰かを守り抜く勇者にはなれないと。

 でも今なら…。この力さえあればなれるかもしれない、叶うかもしれない。憧れている勇者になれるかはわからない、けど誰かのためにこの力を振るえれば、そうすれば俺は勇者として英雄にはなれなくても、誰か一人の、目の前のたった一人の勇者にはなれるんじゃないのか?

 そう、ただ授けられた力を闇雲に他人に振るい、人から奪うのではなく、この力を誰かのために使い、与えられる人間になりたい。それが無謀な夢だとしても、どうしようもなく憧れてしまったのだからしょうがない。

 俺が憧れたのは、自分に関係あろうとなかろうと、目の前の人を助け希望を与える、勇者なのだから…。

 指を鳴らすただそれだけで、誰かに希望を与えられる存在になれるなら、俺は他に犠牲を払ってでも、勇者になる。それが俺の使命なのだから。

 とはいえ、勇者にどうすればなれるかわからない。親に聞いても、そんな職業はないと一蹴された。今考えればわかる話だ。勇者は物語の世界に出てくるモノ。現実の世界にそんな職業なんてない。そもそもの話、モンスターも剣もないのだから、勇者なんて存在しようがない。

 現実の世界で、剣を所持していたら銃刀法違反で即刻逮捕。即、刑務所行きで人生詰む。本当に夢のない話だ。そんな現実を六歳で突きつけられた。

 だけど、小学生にそんな現実受け止められる訳なんてない。まだ世の中の事なんて知る訳もない、科学も生物も世の中の仕組みさえわからない、無知で無謀なガキなんだから。

 そんなガキだった俺は、諦めなんかつく訳もなく、小学校の友達や先生に話を聞きまくった。もちろん、まともに相手なんてされなかったが、若い頃特有の諦めの悪さと意地で、人の輪を広げ、地域の人たちに話を聞きまくった。

 あれから一年経ち、俺が小学校二年生になって少し経った頃、ある人からこんな話を聞いた。

 「この村には、古くから言い伝えがある。ある所に魔物がすむ洞窟があって、そこは昔は勇者になる為の、試験場として使われていたと。そこには恐ろしいモンスターが複数いて、一番奥にいるモンスターを倒せば、勇者になる資格を手に入れられると。」

 話を聞いた瞬間、俺の鼓動が早くなる事を感じた。

 だが、この話には続きがある。

 「その洞窟から帰ってきた者は、百年間で一人たりともいない。帰ってきたのは、千年前挑んだたった一人の少年だけだと…」

 その瞬間、ゾクっとしたと同時に、全身が熱くなるのを感じた。俺は絶対やってやると心に誓ったのだ。

 しかし、それを話してくれたおじいさんはあくまで噂だよと、ゲラゲラ笑っていた。それにその洞窟はすでに封鎖されてて、入ることはおろか、辿り着く事さえできないと。すでに地図から消されていて、その洞窟に入れる道も塞がれてると。

 「地図がない?道がない?場所がわからない?そんなのワクワクするに決まってんだろ!」

 俺は静かに闘志を燃やした。

 それから俺は毎日鍛錬を欠かさなかった。同時に、洞窟を探し出すための、村散策、地図作りを始めた。

 あれから六年、俺は十三歳になっていた。そして今、洞窟の目の前に立っている。

 「聞いてた話と全然違う、洞窟というより森だよな?これ。」

 そりゃ、一世紀以上放置されていて、手入れなんかされている訳ではないので、当たり前の話である。だが、想像以上に生い茂った、自分の背丈ほどの草と、周りを囲む木々を見て拍子抜けしてしまったのだ。

 物語で描かれてる世界と、現実で見ている景色を頭の中で比べて、必死に一致させようとしている。

 しかし間違え探しのように、違う部分ばかりに目がいってしまう。

 「これじゃダメだ、頭がくらくらしてくる」

 信じられない現実を目の前にして、立ち尽くすことしかできない。目を逸らそうとしてもこの村に洞窟はたったひとつだけ。間違えるはずなどないのだ。

 「お前誰だ?」

 「えっ…?!」

 拍子抜けした声と共に振り返ると、そこには白髪の少年が立っていた。

 「誰って言われても…」

 俯き加減に答えると、少年はすこし高めの位置からから見下すように、険しい表情をして、激しい口調で話し始めた。

 「俺は、白神勇人しらかみはやと。ここを代々管理している、白神家の者だ。お前は?」

 「俺は、鳴石一月なるいしいつき。」

 「鳴石って、あの鳴石家か!」

 「あのって、何?」

 「なんでもいいだろ。とにかくここから立ち去れ、お前なんかが来ていい場所じゃない。」

 白神は真剣な眼差しでそう言った。だが譲れないのは俺も同じだ。

 「そう言う訳にも行かない。俺はずっと探してて、ようやく見つけたんだ。それなのに早々帰る訳にはいかない。」

 そうだ、ようやく見つけたんだ六年も掛けてようやく。目の前に目的地があるのに、何もせずに帰れる訳なんてない。

 「どうしてもか?」

 「どうしてもだ。俺には譲れない理由がある。」

 白神は、崖から軽々飛び降り目の前に来ると、睨みつけこう言った。

 「俺にだって譲れない理由がある。お前が引かないとなると、俺だって剣を出すしかなくなるぞ。」

 「構わない。覚悟してきたんだから、いまさら怯む事なんてない。」

 両者睨みつけ一歩も引かない。熱量は互いに上がり、今にも戦いが始まりそうな空気感だ。

 「おい鳴石、手ぶらの状態でどう戦う?俺は剣を持ってるんだぞ。」

 「手ぶらで充分だ、お前如きの相手ならな。」

 白神の頭に血が上る。鳴石はと言うと、余裕そうに見せてるが内心冷や汗をかいていた。相手は剣を所持していて、自分にはない。あるのはこの指を鳴らすと思い通りになるという力だけ。

 「そうだ、その手があった。」

 鳴石は指を天に掲げ、「パチン」と音を鳴らした。

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