─15─悲しい現実

 納屋にうずたかく積まれている藁に、テッドは所々穴の開いた布を被せようとしていた。

 恩人の使う寝台を即席で作るためである。

 なかなかうまくできないでいら立つ彼を見るなり、シエルは苦笑を浮かべた。


「そんなに気を使うなよ。第一俺は勝手に押しかけて、お節介をしてるだけだし」


「そうはいきません。シエル様は僕らの恩人ですから! シエル様がどうでもよくても、僕らはよくありません」


 言いながらテッドは藁山と格闘を続ける。

 やれやれと言いながら、シエルはすっかり埃をかぶった踏み台に腰を下ろし、転がっていた毛糸玉を抱き上げる。

 必死に抵抗するその喉をなでながら、シエルは何とはなしに口を開いた。


「ところで、作物の出来はそんなに悪いのか?」


 テッドの手がふと止まる。

 ようやくシエルの手から逃れた毛糸玉は、一目散にその足元へと走る。

 が、テッドは力なくうつむき、悲しげにこう言った。


「たぶん、土が駄目になっているんだと思うんです。光も水も充分なはずなのに、ひょろひょろの芽しか生えてこなくて……」


 せめて森の枯れ葉がもらえれば。

 そう言って目を伏せるテッド。

 手持ち無沙汰になったシエルは足を組み、膝の上に頬杖をついた。


「……何だ。さっきの薬草といい、ずいぶん勉強してるんだな」


 驚いたように言うシエルに、テッドは勢い良く首を左右に振る。


「そんな……そんなことありません! 長老から少し聞いただけで、到底シエル様には及びません!」


「俺は見ての通り落ちこぼれさ。この年で導士になれないのを見れば解るだろ?」


 苦笑いを浮かべるシエルに、だがテッドは更に食い下がった。


「そんな……。シエル様は母さんを助けてくれました。お城から出てこない神官に比べたら、ずっと……」


「残念ながら、俺はお前が思っているほど聖人君子じゃない」


 気が付くと、シエルは腰に差している古ぼけた短剣の束を撫でていた。

 どこにでもあるようなそれを、大切そうに。

 が、ふとシエルは思い出したように口を開いた。


「お母上だけど、せめてもう少し良くなるまで、何か栄養のある物を食べた方が良いと思う。ちゃんと食事はしてるんだろ?」


「それが……」


 言葉より早くテッドの腹が鳴る。

 何より正直な返答に、だがシエルはわずかに眉根を寄せる。


「そうか……魚とかはどうだ? 川や池があるなら……」


 が、テッドの表情は暗いままだ。


「川も池も、森と同じで領主様の物です。畑に引く水も使用料を払ってます。魚を捕るなんて、できるはずありません」


「何だって?」


 そんな話は聞いたことがない。

 そう言うように見つめてくるシエル。

 が、テッドは力無くつぶやいた。


「仕方がないんです。でもまだ、住む家と耕す土地があるだけ、僕らは幸せなんです。父さんも、母さんも、長老も、大人はみんな、そう言っていますから……」


 埃の積もった床に涙の粒がこぼれ落ちる。


「シエル様は皇都で過ごされたからわからないかもしれないけど、僕らはこれしか生きていく方法がないんです。だから……」


「……俺も孤児だった。とある方の気紛れで孤児院に拾われなければ、とうの昔にのたれ死にしてただろうな」


 そう言うと、シエルは隠しポケットの中をかき回す。

 そしてようやく見つけ出したそれを、テッドに差し出した。

 何事かと手のひらの上のそれを見たテッドは、あわてて叫んだ。


「銅貨じゃないですか! 施しは受けられないと、母もあれほど言ったでしょう?」


 それなのに、とでも言うようなデッドに向かい、シエルは苦笑を浮かべてみせる。


「一つ頼まれてくれないか? 今日の食事を買ってきてほしい」


 あいにく、どこに店があるのか解らないから。

 そう言うシエルを、テッドはじっと見つめる。


「頼まれてくれたら、その礼として一緒に食卓を囲んでほしい。俺の勝手な頼みだから、無理にとは言わない」


 どことなく不自然で、不器用な言葉である。

 けれどそれは、この人なりの好意と謝意の表し方なのだろう。

 そう理解したテッドは受け取った銅貨を両手で大切に包み込むと、村唯一の店へと向かった。

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