『人間鑑賞』〜素朴派恋愛小説、即ち童貞による恋愛小説の優位性〜

スルメ大納言

狂人は疲れている(1)

 季節性のA型によってベランダから落ちた。その人の幻聴が聞こえたから。つまりこれは嘘であると知っていたが。

 高熱に返って逆立った触覚の毛先に何者かの爪が触れた。冗長な一メートル半強に我慢ならなかったから。つまり誰でも良かったが。

 私でも良かった。戯れに目を閉じて最後の点を拭ってしまったのは。しまった。叱られる。世界滅亡。つまりもう誰もいないから。初めて目を開けて、再びおはよう。


 「我々は都会の接着剤で天井の小穴を次々に埋めていきました。最後には月という大穴が……」

「でもそれって、小穴よりは小さいんでしょう?」

「うん。でも星じゃないからね…どう思う。」

「今はテレビと話していたんだろう。どれが君の鍵括弧だったかを言ってくれなくちゃ困るよ。」

 「まあ…あれは星ではないよ。さっきそうなったんだ。」ああ、これは私。

 一旦現象学を中断して、おもむろの誤用によって立ち上がる。特別痒いところは無かったけれども、辛抱ならないので、痒いところは無いと大声で叫ぶ。新調された動機に転がされてこの土台が滑り出す。どうということは無いがそのとおりである表情達に鼓舞されて加速する。そうしていよいよ突き飛ばした人を私は知っている。内科のドアである。

 「すみません。怪我はしていないですね。分かります。」彼女に言う。

……あなたは戻った方が良い。」としてみれば、その口振りの可愛らしさに恐ろしくなって、三回分きっちりと振り返る。やはり悲しませてはいけないのはこの人で、そのノブを握って無礼をだけ断り、私はそそくさと戻っていくのであった。


 隣の寝台に見知らぬ少女がいる。ひとまずその様であった。私はというと、知られていた。これは不合理であるが、ただ今より許可される。

 「おはよう。さっきは危なかったね。」

「ああ全く。丁度私が死んだから、それを見ていたのだけれど、あれはそんなに良いものではなかった。」

「そういえば君は私と同じ理由でここにいるのじゃないか。ああ、待って。違うと言って欲しいんじゃない。そんな君のサイズでさえ、いやだからこそ大きく言ってしまえるそれであるよ。ほら、最広義の病名であるよ。分かるだろう。」

「よし、良いだろう。しかしそうした為には私があなたをこそ愛する理由などどこにも無くて……」

 ふと気付き、スクリーンをそちらに引きずって、参りました。紛れもなく私のドアノブであります。

 「ああ、そうか。そうだったんだね。丁度良いから付き合っておくれよ。」これは交際。

 手を繋ぎ、今日初めて立ち上がる。手を繋ぐ。やはりそうか。私と同じく錆びていて、しかし若干違うのは私の方は容積が錆びていて、彼女にあっては皮膜が錆びさせられていた。

 大きく息を吸って、心臓の止まった内には美しい逃げ道を探した。社会人として配慮された最合理の脱走経路は、この身を善人の持ち物として書き留めることであった。

 善人の病人は心地が良くて、このまま彼女と骨を埋めたいところではあるが、私が病気なのは私であるから。つまり彼女は死であったが。


 「ねえ、いつもならそこを歩いていて差し支えないのでしょう?」そう言うここは聞こえる以上の日陰であった。

 「別に今だって歩いても良いが、そうしてみてもいつもの切っ掛けにすら事足りない。一回切りで死んでしまうだろう。」

「きっと何か、実験が足りない気がしているのだけど。」これははっきりと母音で切れた。それに免じて言わねばならぬ。

 足下のコールタールはもう直染み出して、天文学の終わりを告げる。現象学的にあの陽は日である。星ではない。現象学など知らぬ。ただこの身は不自由に、陽向へ踏み出すことを許可される。つまらぬこと。

 「つまらぬことに、ほら。もう病人ではないらしい。君を言い終えたら、ほら。帰る。」

 「待って。」は即ち必要性。向こうより降り来る車輪はバイシクル。これはをかしかあはれか。この為には胃もたれ無くして美味しい輝きを以て、この夢は思い出される。

 車はアスファルトに切っ掛けとしての振動を与えた後、即ちといった装いで姿を眩まし、残るは燃焼の現実態たるこの背中と、私の願望の可能態たるその腕は、彼女の、腕は金属の光沢無し。


 「説明の足りぬのは第一に私が為にと覚えて頂きたい。私はこの病状が分かります。私はこの病気を知りません。あなたはこの病気を私に告げません。それで良いなら。あなたが聞くべきと、これは哀れな私にとっての自然の病気で、間違ってこの身の方を愛さないで下さい。」

 お医者様の次回予告をただ今聞き逃して、短絡的に夢の自由を享受した一段落に、しかし一個の長大で面白くないテーマが幕を開けたなら、それは気絶の類であった。ただ今つまり強制的に起こされて、何も告げられていない。この恋は分からぬが、病室で目を擦る内には処方されるという代物ではないらしい。ならばそれを貰えたはずの者の幸福が私に無いのはどうしてか。

 どうして、彼女はいないのに私ばかりが目を擦っているのだろう。しかし驚かされた。死が迫っているといういかにもな無用の長物がただ今私の背中に現れているのである。ほんの暇潰しにテレビがそれを説明する。

 「星辰病と言わないで下さい。彼らは彼らの病気なのですから。彼らと彼らは違います。彼らにとって病気なのは彼らですが、彼らは彼らの病気に苦しむのです。病気でいる彼らを苦しむのです。ほら、あそこに見える陽は一向に加害者でありますが、あの星々をあなた達は知らないでしょう。それと同時に彼らは一向に被害者であるのです。」

 さて、第一話。

 「ふと、星が燃えているのを思い出した。正確には燃えているのではないらしいが、ともかく夜にそれを知らされ、昼にはそれを身に受けた。日に焼けたのではない。日とは星でないからだ。星とは夜に冷却されていたそれである。これは目に見えて分からない分離れているから、手放しに私を突き刺した。こうして出来た模様にはこの頃目に見える病名が付けられて……

 いつであったか、かねてより希望していた看護婦が到着し、このとおり、これは病人。即ちそう考えたからこれはサナトリウム。

 「まさか、本当に当然すぎて、覚えていなかったさ。その様な述語があることは今に思い出して今に忘れたのだから。儚き夢の迷い路に捨てられたロマンスの流行り形式になぞらえて、その処の病をいくつか見繕ったばっかりに、星に灼かれる少女があることに忘れていたよ。だってそんな少女はいないから。夢灼き病の云々。いいや。そんな名前ではきっとなかったがね。」

 便宜的に目前には、私に病気をただ今見定めた者、カウンセラーは現在の呼び名。これはすっかり私に身分を同じくして、そいつは知っていたとおりに反吐が出るので、言い返すならば、

 「ああ勿論。私が流行らせたのだから流行るに決まっていたのだがね、流行りはそのまま私であるから。言わせてくれるなよ。しかしこんな純粋な願望の表れを馬鹿にしてはいけない。これをそっくりそのまま書き出せたならきっと……」

 つまり彼はこの病を褒める気など毛頭無かったのであるが、

 「興味も無いだろうか。いやそれは可能ではなかったね。まあ別に、面白い話ではないさ。今朝私は酸素が劇物であるのを思い出して死んでしまったのだけれど、それに似るかい?」とは本当につまらぬことであって、口答えを許さない。

 「別に、星が輝いていることを突如に思い出したから、これに日焼けするようになったなら昼夜構わず。そんなところ。ロマンチックなのはその背景でなくて実際の、その模様。そんなところ。」

「まだ未完成だよ。」と、すると彼が自転車をくれた。

 真上は白く、今のところ分かり切った静まり方をしているのでこれに口を挟んではならないと。その代わりと言ってはなんだが、地図を描くために車を回さなくてはいけない。正確にはスポークの煌めきに我慢を発揮して、夜にはすっかり弱くなった星の情け無さを思い出せない今の内を堪え忍ばなくてはならない。今明かりと呼ぶべきは、あれを指差せぬのでもう何も無いのに、もうという字の頼りなさに返って気が散って、危うい。

 つまり私の背中に、そのための自転車のそのための特別の機能を以て何か特殊を描けばつまり。つまりというは現に私の足を回し、名シーンを拾いに行くから。お前が言う前にこれを言う。これの文字には勿体無いが、ゴムが裂ける。あるいはそうでなくとも良い。とにかく何か充分に偉そうな客体に躓いて、やはり少女に出会うのである。

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