なんだかんだ魔王様がすごい2

「綺麗……」


 ──これが本当の色なんだ。

 まるで宝石のような色を放つ瞳に見惚れてしまう。

 それに、あの不思議な空間で見たユリウスの素顔もそれは美少年だったけれど、成長した姿はレベルが違った。なんだか色々と凄すぎるものが重なりすぎて腰が抜けかけたのを、ユリウスが腕で支えてくれる。申し訳ない。


「ヴェンデル」


 作り物みたいな顔をした青年が、ゆっくりと目の前の青年と、


「ルーディー」


 後ろの青年を順番に見据える。そして最後に、一巡した赤い瞳と私の視線がぶつかった。

 キラキラとした透き通るような赤色の中に、魔法陣が浮かんでいるのが見える。それを目にしたとたんなぜか身体が動かなくなって──


「見ててほしい」


 その瞬間、全ての音が消えた。

 風の音、森の音、意識せずとも聞こえていた音たちが消えて、耳に痛いくらいの静寂が訪れた。


「……あれ?」


 慌てて周囲を見回せば、信じられない光景が広がっていました。

 風に舞っていた木の葉が空中で止まっている。そよいでいた草がしなったまま止まっている。なにより、後ろを振り返れば、沙代とマルゴさんが耳を抑えた姿勢のまま止まっている。


「なにこれ。みんな動いてない……?」


 時間が止まっているのだ。と理解した瞬間、横のユリウスを見上げれば肯定するように頷かれる。


「なんだよこれ……っ」


 後方からは忌々しそうな声が聞こえる。前では白髪の青年が警戒するように一歩下がる。今、この世界で動いているのは私たち四人だけなんだ。


「これが魔王が持つ術ですか」

「そうだ。発動や時間に縛りがあるから、あまり効率はよくないがな」


 でも今はちょうどいい。と、ユリウスは二人の青年を交互に見て目を伏せる。


「俺が未熟なせいで、二人には本当に申し訳なかった。知らなかったでは済まされないことを言った」


 ──その血を誇るがいい。

 何よりも魔族の血を憎み疎んでいた二人にかけてしまった言葉。全ての引き金を引いた言葉だ。


「───はぁ?」


 怒りを孕む声を上げたのはルーディーだった。

 ヴェンデルも、冷ややかな目を向けている。


「今さら謝れとも思ってねぇよ。お前の魔力を使って魔族も人間も全部消し去る。あいつら全部、全部だ! それだけなんだよ──ヴェンデル!」


 片割れの名を叫びながら、彼は拳を握って地面を蹴る。呼ばれたヴェンデルも足元に紫色の魔法陣を描いた。周囲にまた、地響きとともに鋭い先端を持つ岩がユリウスに向けて幾つも浮かび上がる。


「ユリウスっ!」


 思わず隣の服を掴んで引いた。

 左右から挟まれるように双子が向かってくる──というのに、隣の魔王様は焦りさえ見せず冷静で。それはまるで、すっかり覚悟を決めたように。

 咄嗟にユリウスを庇おうと前へ出た私は、スッと後ろに押し戻された。見上げれば、一度だけゆるく首を振られる。


 そうしたら、時が止まった世界が一度だけ揺らめいた。

 全てが動きを止めた中でも動いていた私たち。けれど、今度はそのルーディーとヴェンデルの動作がスローモーションに見える。

 なにか、とんでもないことが起こっているのだけはわかりました。

 ひとつひとつの動作のたびに、ユリウスの全身から禍々しい赤い稲妻のような光がバチバチとほとばしっている。


 彼が人差し指を上げれば、その先に赤い光が灯った。そのまま狙いを定めるように、ヴェンデルとルーディーを指す。


「すまない」


 苦しそうに吐き出された言葉に見上げれば──綺麗な顔は泣きそうに歪んでいました。


 直後、ほとばしっていた稲妻が激しくスパークする。

 足元から地面を侵食するように赤く輝く魔法陣が広がっていったかと思うと、同じく赤い瞳が私を見下ろした。目が合うと、今しがた泣きそうに見えた瞳の奥に、どこか安堵のような色が浮かんだ気がしました。

 光の灯った指先にツンとおでこを突かれる。


「アヤノにも知ってほしい。俺の真名だ」

「まな?」


 前髪を掻き上げたまま笑んだ彼は、恐ろしいほど美しかった。

 頬に熱が集まったのが自分でもわかるし、これは仕方がないと思う。顔が良いのもあるけど、その声の中に間違いなく私へ向けられた温かくもなにか切実な思いを感じたから。


「俺の名前は……──────────────」 


 それは名前というよりも、まるで呪文の一節かのように耳障りよく私の中へ溶け込んでいった。


 ──ギルベルトより長い。

 なんてそんなアホな感想を抱いてしまった瞬間、全身が何かに包まれたかのように熱くなる。そして、ユリウスを中心として赤い閃光が弾けた。

 激しい雷光がすべてを覆いつくすように、雷鳴のような音を立てて広がっていく。


「眩し……っ」


 あまりの音と眩さに目を瞑ったとき、同じく息を呑むような呻き声と、誰かが倒れる音が聞こえた気がしました。


 世界が壊れるのではと思ってしまうほどの衝撃がようやく過ぎ去り、訪れた無音。

 おそるおそる瞼を上げれば、ルーディーとヴェンデルの姿が消えていた。代わりに、地面に倒れている白猫とこげ茶色の猫。


「──あっ!」


 ぐったりと動かない様子に思わず駆け寄った。

  少し逡巡してから意を決して毛並みに触れてみると、ゆっくりだけれど胸はしっかり上下していました。気を失っているだけのようでホッと胸をなで下ろす。


「な、なにをしたの?」


 尋ねたら、ユリウスも二匹の横に膝を着きました。

 あの綺麗な瞳はすでに前髪で隠れてしまって、すっかりいつものもっさり頭に戻っていた。


「魔王の真名は、その名前自体が強い力を持っている。……それこそ、聞けば魔力を根こそぎ奪われるほどの」

「え……じゃあ、今、ユリウスは二人の魔力を奪った、って、こと……?」

「そうだ。そもそも二人が魔王の魔力を奪おうとしていた術式も、これを元にしたものだからな。とは言っても、無防備の状態で受けていれば俺でも魔力は奪われただろうが」


 なんだかすごい名前ですね。これでは簡単に名乗れない。相手の魔力が根こそぎなくなってしまう。

 聞けば、普段は略した名前を名乗るそうな。そりゃそうか。

 完全に魔力が無くなった二人は、人の姿すら保つことが出来なくなったらしい。つまり、この二人にとっては猫の姿が一番エコということで、ユリウスが少年になっていたのと同じ理由というわけだ。

 と、ふと大事なことに気が付いた。


「あの、私は真名聞いちゃって大丈夫……なの?」


 魔力なんてものは皆無ですが、そんなすごい名前を聞いて無事に済むのだろうか。少しばかり怯えながら聞いたら、とたんに魔王様の頬が赤くなった。え、なぜに。


「真名は、その、もう一つ、別の使い方がある……」


 かと思えば、急に口ごもりだしました。

 だから、なぜに。


 でもそのとき、気を失っていたルーディーの瞳がカッと見開かれた。

 私の手を跳ねのけるように飛び起きて、まさに猫な身のこなしで着地する。毛を逆立てて牙を剥く彼は、鋭い爪を覗かせて私の手を引っ掻こうとした。

 したけれど──


 パァンッ!


 その手は触れる直前、何かに弾かれた。

 これにはルーディーどころか私も目を見開く。どうしたことかとユリウスを見やれば、更に頬を赤く染めている。

 いやいや、だから、なぜに!?


 ぽかんとする私と一匹を前にしてモジモジと指先を擦り合わせている魔王様。すっかり大きくなったその図体でされても可愛くな──あれ、でもこれが今までの少年ユリウスだと思うと可愛──ん? ということはやっぱり可愛い──?


「真名を持つ者が、あの、守りたいと思った相手には、強力な加護になる…………とはいえ、それも……使えるのは、生涯に一人だけなのだが……」


 おや? と首を捻る私をよそに、なんだかユリウスがすごいことをごにょごにょ言わなかったか? とりあえず私になんか頑丈な守りがついた。ってことでいいんだよね?

 消え入りそうな言葉尻をさらに噛み砕こうと思ったけれど──それよりも今はもっと話さなければならない相手がいた。

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