こんな驚きいりません6

「どうって?」


 問い返しながら横顔を窺うと、周囲を探るようにせわしなく動く紫紺の瞳。


「おそらくですけれど、ここはただの古びた建物ではないのでしょう?」


 以前同じようなことをユリウスにも聞かれた気がしますね。


「神社っていうのは……まあ、神殿みたいなもの、かな? あ、御神体も一応ちゃんとあるんですよ?」


 これでもちょっとした逸話がある神社みたいです。……本当、古びてはいますけども。


「御神体?」


 そしたらなんだかマルゴさんが食いついてきました。

 なにか引っかかるものがあったらしい。


「アヤノ、少し詳しく。そして簡潔に」

「え、ええー? えーと……怪物を退治したといわれる英雄とそのつるぎが祀ってあるらしい神社で……でも普段は閑散としてるしてるんですけど、ああ、うちの祖母がよく掃除とかしてますね」

「……つるぎですって?」


 グルンと振り向いて聞き返すマルゴさんに、ぶんぶんと頭を振って肯定する。


 ここは神主さんなんかが常駐しているような大きな神社でもなければ、いつのものかもわからない建物自体だいぶ古びています。

 この地で生まれ育ったものの、私も正直そこまで気にしていなかった。子供にしてみれば神社なんて遊び場のひとつに過ぎなかったから。


 でも、そういえばなぜか祖母が毎日掃除に行っていたな。とふと思い出したと同時に、マルゴさんがなにやら考え込む。


「……確か、サヨの姓は──」

「浦都です。浦都 沙代です、けど……?」

「うらと、ウラト……ウラト……なるほど、ブラントかしら」


 眉間を摘まみながら、マルゴさんは険しい表情を崩さない。  


「アヤノとサヨの一族はずっとこの地で剣術の道場をしているのですわよね?」

「え? ああ、そうですね」 


 一族って言うほどでもないですが。異世界の人たちは表現がいちいち壮大です。

 しかし思いっきり話が変わりましたね。


「一体どうしたんですか?」

「いえ、なんとなくですけれど……ようやく繋がってきた気がしますわ」


 いや、私はなにも繋がりませんが。


「それに、ここがいわゆる神殿のような場所だということには納得ね」

「どうしてですか?」

「魔力が尽きた状態でここに立てば嫌でも実感しますもの。この場所は魔力の回復が異様に早い」

「……ん?」

「それにここに満ちている魔力は、長い年月でだいぶ質を変えてはいるようですけれど……わたくしにとっては馴染みのあるものだわ」

「……んん?」


 なんだか、私にはよくわからなくなってきましたが、マルゴさんは確信を持ったように向かい合うベーシスト(仮)さんを見据える。


「あなた、ここで魔力が戻るのを待っていたのでしょう」


 マルゴさんが問えば、青年はどこか嫌味な動作で肩を竦めた。


「おかげでこの通りだ」


 左右を指す先には、二体の仁王像。

 昼間のゴーレムさんとは動きすら格段に違う。より一層素早さと精密さが増している。


 しかしそんな仁王像と善戦している兄と公平凄いな。沙代とギルベルトは異世界での経験値があるだろうけど、この二人は今日がゴーレムさんと初対面ですよね?


「そして、今は何を待っていますの?」

「え?」


 マルゴさんの言葉に、思わずその顔を見る。いまだに険しく眉根を寄せて睨みつける視線を追うと──その先では肯定をするわけでもなく、だからといって否定もせずに笑みを張り付けたベーシスト(仮)さん。

 私には意味がわからなかった言葉だけれど、彼にはその意図が伝わっているのでしょう。


「あの、待っているって?」


 とはいえマルゴさん、説明が欲しいです。 

 

「私たちは時間稼ぎをされていますわ」

「え──」

「ユリウスはどこにいるのかしら?」


 出てきた少年の名前に、息を呑む。

 そうです。私たちは、ユリウスを追ってここへ来たはずなのに。なのにいまだ姿の見えない魔王様。

 すると、マルゴさんと対峙する青年は口元を抑えて──


「ふは……っ!」


 噴き出しました。


「マルゴ・シーラー、どうやらなかなか……この中では一番話が通じそうだ」


 そう言って彼はすいっと左右に視線を向けた。そこには仁王像ともはや殴り合いの泥試合を繰り広げる沙代たち。

 いやね、先ほどから会話のBGMが沙代たちの雄叫びですからね。内容は一貫して「くたばれ」だの「雑魚が」だの「おらぁっ」という野太い叫びで荒々しいの一言ですが。

 もうこれが勇者ご一行だという事実にはツッコミませんが。


「魔術の腕だけは逸材だと、噂は聞いている」

「あらまあ」


 だけ。とは、話し方まで嫌味な人ですね。マルゴさんのこめかみにうっすら青筋が浮かんだけれど、怖いので見なかったことにしよう。

 つまりあれかな。魔術以外はただのダメンズほいほいだと、この人は魔族にまでその名を轟かせているということでいいのかな。


「わたくしはあなたの存在など見たことも聞いたこともございませんでしたけれど、腕はなかなかですのね」


 こちらこそ煽っていくスタイル!

 けれどベーシスト(仮)さんにはノーダメージのようです。腹立つ笑みと張りつけた涼しいお顔は崩れない。


「ならば、大人しく時間を稼がせてくれないか!」

「お断りですわ!」


 お互い振りかぶった腕を下ろすなり、彼らの足元には一瞬にして再び魔法陣が浮かび上がる。かと思えば白と紫の光が一気に溢れた。なんだか空気が凝縮するような激しい気圧の変化を、肌へ直に感じます。耳元で風がごうっと鳴る。なにこれ、これはヤバくない!? 逆巻く風に巻き込まれそう!


「って、やばっ! 身体が浮く──!」

「アヤノっ、わたくしから離れないで!」

「離れるものですか!」


 なにがなんでもしがみ付かせていただきますけど!? と。マルゴさんに縋り付いた瞬間、バアン! なんて、どでかい音と衝撃に足元の地面が揺れる。


 溢れた光の眩しさに目を細めながらも、この一瞬で起きた攻防はなんとか見えました。ベーシスト(仮)さんの足元一帯からは鋭いツララのような氷がいくつも突き出して彼を狙い、私たちの周囲には同じく先端の尖った岩が次々と地面から突き出し襲い来る。

 けれどそれらは、この魔術師二人が同時に各々の周囲に張った結界のような光の壁に弾かれて砕け散る。それがさっきの音の正体のようです。


 でも、それで終わりではありませんでした。

 マルゴさんは続けていくつもの呪文を唱え、空中にも現れたツララが四方八方からベーシスト(仮)さんを襲う。それらは青年が再び張り巡らせた結界とぶつかって砕け、あっという間に氷の粉塵と砂埃が舞い上がる。

 彼もまた同じように先端鋭い岩を次々と地面のみならず空中にも生み出しては、私たちを突き刺さんとした。その都度全てマルゴさんが結界で防いでくれますが、攻撃と防御を同時にこなす彼らの周囲は、正直に言って爆音です。


「み、耳が馬鹿になる……っ!」


 顔の真横で爆竹を鳴らされているような衝撃、加えてやっぱりやってくる激しい耳鳴り。氷が割れ、岩が砕ける破壊音と衝撃で空気は大きく振動する。声に出したはずの自分の言葉すら、この音の洪水の中ではよく聞こえない。


「綾乃!」

「ギル、行って!」


 それでも、わずかに収まった爆音と結界の合間を縫うように、叫ぶ兄と妹の声がうっすらと聞こえました。

 次の瞬間、砂塵の向こうから飛び込んできたのは金髪頭。


「アヤノ無事か!?」


 きっと沙代に「行け」と言われ速攻飛んで来てくれたのだろうギルベルトでした。その姿を認めたと同時に、再び襲い来る岩と防ぐ結界の応酬。激しくぶつかり合う音が響く。


「え!? ギルベルト、なに!?」


  彼がなんやかんやと言っているのは口の動きでわかるけれど、肝心の声が途切れ途切れにしか聞こえません。なんとなく怪我の有無を問われているのかな? 「え?」「え?」なんてお互い間抜けにも聞き返す。


 と、そのとき。この神社で白猫と初対面したときのように、パァンッとガラスがはじけ飛ぶような甲高い音が聞こえました。

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