こんな驚きいりません5
「異世界転移という偉業で、思った以上に魔力が枯渇していたようですわね」
「あ、そうか」
「もはや指の一本も動きませんわ」
言われてみればマルゴさんは、この世界に転移するため魔力を大量消費したせいで行き倒れた挙句、キジに襲われたところを兄に発見された。という後半ちょっと意味わかんない経緯でここにいるんでしたね。
自分で偉業とか言っちゃうんだ。ってツッコミはとりあえず置いておきましょう。
そこに加えて、最後の残りを絞り出すような今の魔法ですもんね。これは完全にエネルギー切れのようです。まあ、偉そうに腕を組んだまま力尽きて私に支えられている様は、あまり深刻に見えないけれど。
でも今のは本当に凄かったと思う。目の前で見ていたにも関わらず、どこかまだ信じられないもの。
野球でいう、守備を全部一人でこなすくらいのことを成し遂げて私たちのところへ来てくれたマルゴさん。なおかつ公平のボールを魔球に変えて、ゴーレムを突き刺すたくさんの氷を生み出したマルゴさん。
「ごめんなさいね。こんな時に」
仏頂面でふんぞり返った姿勢だけれど、なんとも殊勝なその言葉には首を大きく横に振って応える。
「何を言っているんですか、私は尊敬します。すごいです。マルゴさんは確かに国一番のすごい魔術師だと思いますよ」
本音を素直に口にしたら、マルゴさんはドンと腕を組んだまま紫紺色の瞳を大きく見開きました。そして形の良いぷっくりとした唇をブルブルと震わせる。
「は、初めてのまともな反応……っ!」
「え?」
「これですのよ、私の理想はこれでしたのよおぉっ」
しまいには全身がバイブっちゃうマルゴさん。おおおお、支える私までブルブルするので落ち着いてほしい。
「わたくし、すごいですわよね?」
「え、あ、はい。すごい魔術師だと思いますよ」
他の魔術師さんを知らないけれど。でも、先ほどの光景はすごいの一言だった。
頷いたら、マルゴさんの涙腺が決壊した。相変わらず腕は組んだままなので、偉そうに号泣という意味がわからない状況です。
「アヤノ、好きぃっ!」
「ありがとうございます!?」
かと思ったら泣き喚きながら告白されました。初めて名前呼んでもらえました。こんなわけのわからない流れで! 素直に喜べない。でも萌え声で「好きぃっ!」はやばい。心を打ち抜かれてしまう。
「アヤノのためにもマルゴ頑張りますわ!」
マルゴさんのデレもやばい。褒められて調子に乗った千鳥の笑顔が思い出されます。小学生と同じノリで顔がぱぁっと輝いてる。
「申し訳ないけれど、右足のホルダーから回復薬を取ってくださらない?」
「え、スカートめくっていいんですか?」
「だって動けませんもの。それにアヤノなら構いませんわ! タカユキ様以外では特別よ!」
ふんぞり返ったドヤ! な顔で言われましたが、私は落差ありすぎるマルゴさんの態度に戸惑いが隠せません。あれ? ついさっきまで戦力外とまで言われて怒られていたのに!? なにやら恐ろしい勢いで懐かれていますけど!?
とにかくマルゴさんの言葉に従ってスリットドレスの隙間から右ももに手を伸ばしてみれば……映画なんかでセクシーな女スパイが付けてるような、ガンホルダーみたいなベルトが付いていました。そこに差し込まれていた、試験管に似た液体入りの細長いビンを一本取り出す。
マルゴさんに手渡すと最後の力を振り絞るようにプルプルとビンを掴み、その液体をガッと喉に流し込みました。
同時にカッと見開かれる瞳。
「ぃよっしゃー! あの魔族もぶっ飛ばしますわよーっ!」
そして可愛い声で物騒なことを言い放ち勢いよく立ち上がる。
ちょっと速攻性がやばくないかなこの薬!
魔術師様が復活したところで、今度は先ほどまでゴーレムさんたちと大乱闘を繰り広げていた兄と目が合った。そんな兄が参道の前方を指差す。
「……人が増えてるぞ。あれは誰だ?」
「……お兄ちゃんはまた話を戻すっ!」
もう説明はしませんよ!?
「あれ? 猫どこ行ったんだよ」
公平もか!
「猫が人になりました! そしてあの人は殴って良し!」
「わかった」
やっぱり驚きの素直さで頷いた兄&公平に、それ以上の説明は諦める。勝手に殴って良しの判断しちゃったけど、なんか表情からして敵っぽいし、あながち間違ってなさそう。
そんなやり取りをした瞬間、地鳴りのような音とともに地面が揺れた。
「うわわ……っ!」
「ちょ──っ、アヤノおおぉぉ!」
たたらを踏んだ勢いでマルゴさんを巻き込み、仲良く派手に尻もちを着く。痺れるような痛みがお尻から背中へと駆け抜けます。
けれどそんな痛みは、頬を殴るような暴風でどこかへ飛んでいく。
周囲の物を吸い寄せるように唸りを上げる風には、覚えがある。
包帯の下で、左腕の傷がジクリと痛みを増した。
マルゴさんが生みだした氷の柱すら粉々に薙ぎ倒して、巻き上がる砂埃。ノイズのような砂嵐の向こうで、大きな人影がみるみる形成されていきました。それも──今度は一体じゃない。
「またゴーレム……なの? これ」
真ん中のベーシスト(仮)さんを守るように、大きな影が二体、左右に立ち塞がっている。
「な、なんかレベルアップしてね?」
引きつるような公平の呟きに、ぶんぶんと大きく首を振って同意を示す。
だって昼間に遭遇したゴーレムさんには申し訳ないけれど、クオリティが格段に跳ね上がっているんだもの。
昼間のゴーレムさんが手足や頭のパーツをただ胴体にくっつけただけのデフォルメプラモデルだとしたら……これは仁王像だ。
「俺、修学旅行のとき寺でこんなの見たわー」
「うん、私も」
隆起した肉体に、険しく顔をしかめた仏頂面の像が二体、夜の神社に佇んでいます。正直に言いますととんでもない迫力です。月明かりによる陰影が余計に厳めしさを増している。これと比べてしまったら昼間のゴーレムさんが可愛いおもちゃに見えてしまう。
そしてそんな仁王像は佇むだけではなく、やはりといいますか動き出しました。己の身体を確かめるかのように、腕をぐるりとひと回し。
「こちらも準備が整ったところだ。いやあ、間に合って良かったよ」
恐ろしい守り人を呼び出した彼は、嫌味な笑みを張り付けたままそんなことを言う。横からと忌々しそうに息を詰めるマルゴさんの声がした。
「やっぱりさっきの雑魚は囮ね。とんでもないもの作り出してもう……!」
なるほど。ミニゴーレムさんたちを目くらましにして、こんなどえらいものを準備していたというわけですね。って感心しているどころではないですよね。これはどうしたらいいのでしょうか。
「また魔法でなんかこう、バーンとできねーの?」
「そんな簡単なものではありませんからね!?」
公平のなんともフワッとした質問に対して、マルゴさんこそ仁王像のような顔で声を荒げた。すみません、私も同じようなことを今まさに思っていました。怖いから言わないけど。
「そもそも私は魔力が尽きてしまいましたもの。一時的に補給はしましたけれど、薬の数にも限りがありますわ」
「……えーと、そうか。大変なんだな」
「公平絶対にわかってないでしょ!?」
適当に相槌を打つんじゃない。明らかに視線が泳いでいます。
なんてワタワタしている間に、沙代とギルベルトが早くも飛び出した。
「とにかくこいつらもぶっ潰せば問題なし!」
「雑魚には変わりないからな!」
このカップルは本当に手が早い! 彼らは揃って左の仁王像に突撃していきました。
「なら俺はこっちか」
それを見るなり兄は右に突撃。
「よっしゃ俺も!」
続いて公平も右の仁王像に向かってあの魔球をノックした。
そして真ん中のベーシスト(仮)さんと睨み合うマルゴさんが、
「で。このジンジャという場所は、一体どういう場所ですの?」
「……え?」
不意にそんなことを口にした。
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