知りたくないその嗜好9
ギルベルトの嗚咽と鼻血が落ち着いたところで、再び客間の座卓へ戻ります。
全員が改めて腰を下ろすと、先ほどの騒動の間に入れ直したお茶を啜りながら母が首を傾げました。
「それで、まる子さんはギルちゃんとユリちゃんの知り合い……なのかしら?」
藍色から紫色へグラデーションする髪色と顔立ちは、どう見てもギルユリ異世界組と似通っているけれど名前は日本の方だし……という母の疑問がこれでもかと滲み出ています。
とはいえ、名前に関しては完全に母の聞き間違いなんですけどね。一文字間違っただけで見事に純日本人的お名前に変わってしまいました。
「ギルの知り合いっていうか、私もよく知ってる」
少し、というよりかなり渋い顔で沙代が口を開く。その口調は渋々とも嫌々ともとれます。同じような表情で「くっ」と呻いてギルベルトも頷いた。
「彼女は恥ずかしながら私の同郷です」
「まあ失礼な。あんなに助けてあげましたのに」
そんな二人に向かって、プン! と口を尖らせてマルゴさんが腕を組むと、立派な胸がドン! とその腕に乗った。私の隣で「おぉっ」と呟く公平を肘で突いて黙らせます。
とういうかギルベルトさんよ。恥ずかしながらって、それお前が言うか状態ですからね。もういちいちツッコミを入れるのも手間なので省略するけれど。
しかし彼の同郷ということは、やはりこの人も沙代と一緒に打倒魔王を目指して勇者パーティーに加わっていたということでしょうか。
チラリと後ろに視線を向ければ、そこには居間に移動してから頑として壁際から動かない魔王様ことユリウス。少年はマルゴさんに顔を向けることなくそっぽを向いている。うん、間違いなく勇者パーティーだったんですね。
にしても、勇者と騎士と……キジに襲われたってくらいだから、マルゴさんは体力勝負というよりはセクシーな魔法使いってとこでしょうか。まさに王道じゃない? 性格は揃って勇者ご一行というには強烈そうだけれど。
でもそのご一行様が、なぜこうも勢揃いして日本の片田舎である我が家の居間で茶をすすっているのか。いまさらだけどこの状況異常じゃない?
家族みんながワイワイとしている中、なにやら一考したらしい沙代が「うん」と頷き口を開いた。
「まあ、一応私も世話になった人なんだよね。せっかくここまで来たんだし、マルゴもしばらくウチに泊まってもらっていい?」
「一応!? ひどいわサヨ! わたくしは今も頑張ってますのに! そのためにこうやってここまで来たのですからね!」
「あーはいはい。それはあとで聞くから」
プンプンってな具合に可愛い湯気が頭から出てそうな声でマルゴさんが反論するものの、沙代ってば慣れた様子でスルーする。
……ええと、いいのかな? マルゴさんの扱いもなんかこんな感じでいいのかな沙代。向こうでどんだけ堂々たる振る舞いだったのか、お姉ちゃんはいい加減怖くなってきましたよ。
そして、そんな沙代の言葉を受けて父をはじめとする祖母・両親からはなんとも軽ーい返事が返されました。
「部屋は無駄に余ってるんだ。空き部屋にしとくよりいいさね」
「沙代が世話になったというなら、構わん。隆之が助けた人でもあるらしいからな」
「あらあら、今年の夏休みは賑やかだこと」
なんでやねん! って、ここでツッこんでも無駄なんでしょうね。ギルユリのときも割とあっさりだったけれど、今回はより一層ノリが軽いです。
たぶん兄が連れ帰ってきた人っていうのも、ひとつの大きな要因ではあるんでしょうけれど。
あの兄が安全と判断した人ならまあ大丈夫でしょう的な。なんかあっても兄が(物理的に)何とかしてくれるでしょうみたいな。
それだけ我が家の兄に対する(物理的な)信頼は厚いのです。しかも今は父に加えてギルベルトもいるしね。……うちの現状ってセコム完璧じゃない?
「ってえと、まる子さんは沙代たちに会いに来たついでに、しばらく我が家に滞在していくということでいいんか?」
「そう、そんな感じ」
「そうかそうか。いやー、立て続けに結婚話かと思って焦ったわ」
まとめに入った父が胸を撫で下ろしています。
うん。私も正直、マルゴさんが義姉になるのかと思いましたよね。このパターンはまた来るか!? と構えてました。沙代に続いて兄まで異世界人と結婚とか言い出したら私も焦る。うちの親戚関係複雑化にもほどがある。
当の本人は「だからなんで俺が結婚?」とか言ってますけど。その横でマルゴさんが不満そうに口を尖らせているのは、ちょっと今は触れないことにしましょう。
そしてなんだか家族会議も解散の雰囲気が漂い始めました。
父は千鳥と一緒にまた道場へ戻るらしい。祖母と母は一人増えた夕食のために張り切って各々漬物小屋と台所へ戻っていきました。
居間に残ったのは私&兄プラス公平と、沙代たち勇者様ご一行、そして魔王様であるユリウスの七人です。
ようやく客間の人口密度に余裕ができたので、沙代とギルベルトは先ほどまで父と母が座っていた場所に移動して、みんなで座卓を囲む。いうまでもなくユリウスは我関せず風な空気を貫いていますが。
「──で、マルゴはどうしてキジに襲われるとか間抜けなことになったの」
はあー。と深いため息を吐いてから、沙代が口火を切りました。
あ、それは私も気になる。
すると、今まさに思い出したとでも言わんばかりにダーン! とマルゴさんが力強く座卓を叩いた。
「それですのよ!」
まるで競技かるたのごとく座卓を叩いた手をピシッと伸ばして、彼女はキリリと表情を引き締めました。これはいいキメ顔ですね。
横では伸びた腕を避けた兄が、中途半端に縮こまっていますが。
「わたくしたち以外にもこちらへ転移してきた者がおりますの。急いでこれを知らせねばと私は魔力を振り絞り満身創痍でこの世界へとまいりましたのよ! ですがその代償に……代償に、うぅっ」
「マ、マルゴさん?」
「あんな鳥類にぃーっ!」
「ああ、キジですか?」
せっかくのキメ顔がみるみる悔しそうに歪んでしまいました。
なるほど、力を出し尽くして行き倒れてしまったところにキジ襲来ってことだったんですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます