夏休みの定番です5
素直じゃないわー。もうちょっとこう、可愛げを……というか、そもそも。
「その髪切っちゃえばいいのに。邪魔でしょ?」
クルクルもっさりの髪で表情が見えないから、怪しさが倍増なんだもの。可愛げもなく生意気で怪しいって、なんという負の三重奏。
私の心からの善意ともいえる言葉を、ユリウスはフッと鼻で笑った。
あ、これはまた出るかな。
「これはお前たちのためだ。俺の瞳を見たものは味わったことのない恐怖を知ることにからな……」
──なぜだろう。こんなにカンカン照りで暑い中だというのに、私とユリウスの間に冷風が吹き抜けたような気がする。
──相変わらず仰々しい物言いが恥ずかしい。
「……さようですか」
私が遠い目をしている横では、相変わらずペロペロパクパク。こうやって見ていると、そこらへんにいる子と変わらないのに。……髪型は除いてね。
それなのに。
「なんで沙代が勇者になって、ユリウスが退治されるはめになったのよ」
そういえば大事なそこをちゃんと聞いていませんでした。
すると、ペロパクしていたユリウスの動きが不意に止まる。コーンを握る手に、ギュッと力が入ったのが見えた。
「……俺は、俺がやるべきことをした」
返された声は絞り出したように小さかったけれど、揺れる感情を抑え込むような強さがあった。
思わず私も動きを止める。
「己の血には誇りを持っている。だからこそ父と母亡き今、魔族を守る責任がある」
「……魔王様として?」
「そうだ」
まるで、そうでなければならないとでも言うように。
手を止めたユリウスは、じっと手元を眺めている。
「俺は、みんなを……魔族を守りたかっただけだ。それなのにお前たち人間は──っ」
グシャッと、コーンを握り潰されたソフトクリームが地面に落ちた。ユリウスの白い指の隙間を、溶けたアイスがボタボタと伝い滴る。
ここで、ようやく私は気付いた。
──きっと彼は、ずっと怒りを抱えている。初めて会ったときから今このときも。
「ユ──」
「お前らこっちにいたのかよ! 待たせたな!」
不穏な空気をぶち壊して、公平がお店から飛び出してきました。ジャーン! と効果音が付きそうなくらい勢いよく滑り出てくる姿は、もはや滑稽です。
「なんだどうした二人とも、しみったれた顔して──うっわ、ユリウスもったいねぇ!」
「ほらユリウス、手をパーにして」
喧しい公平を一旦置いておいて、ベタベタになってしまった少年の手をハンカチで拭いてやる。不覚を取ってしまったように唇を噛むユリウスは、話しすぎたと思っているのでしょう。
私もなんて返したらいいのかわからなかった。滑稽でも、正直、公平の登場は少し助かりました。そう思って目を向けると、腕になにかを抱えている。
「それを取りに行ってたの?」
なんでしょう黒い布の塊……服?
「俺は似合わねーからさ。でもユリウスならいけそうだと思って」
言うな否や、公平は手にしていたものをバッと広げて見せた。
──それは確かに服、もといTシャツでした。そしてユリウスにこれでもかと似合いそうでした。でも、でも……っ。
「お前それっぽいじゃん? どうだ。こういうの好きか?」
「……悪くはない」
頬をうっすらと染めていらっしゃる! これはソフトクリームと同じ反応! ってことは大層お気に召したご様子! でも、だけど……っ!
公平が広げたTシャツ。それは黒地に、まるで血飛沫のような赤い模様。裾は引き千切ったように無造作な作り。そして肩やら裾やらには無駄にファスナーがたくさんくっついていて──
「せっかくヴィジュアル系卒業させたのにいぃっ!」
そう。まさにこれはヴィジュアル系じゃないですか。
ユリウス初登場時は、貴族風のなんか真っ黒い服に黒いレースがもりもり付いてて、我が家のいかにもな日本家屋では浮きまくっていた。だからこそ騎士の格好したギルベルト共々速攻衣服は剥ぎ取ったというのに……ここにきてなんという!
「公平これどうしたの!? ユリウスも、ちょっ……握りしめているんじゃありませんっ」
「由真が着てくれっていつも持ってくるんだけどよ、俺こういうゴテゴテなの苦手なんだよね。ていうか似合わねぇし」
「まぁ、あんたじゃ所詮雰囲気イケメン……って、由真って、ゆまちゃん?」
ついさっき別れた千鳥の「ゆまちゃんのおうちに寄ってから帰るね」という声が脳内にリプレイされました。そのゆまちゃんの姿を記憶から引っ張り出し、思い描いたと同時に──心の底から納得した。
だって、私にヴィジュアル系の服装とは。を実際に見せてくれたのが彼女なんだから。
「あそこんちの姉貴が都会の服飾専門に進んだもんだから、こういうのいっぱい作ってくれるんだとよ。それで由真が一緒に写真を撮ってくれって……マジ勘弁」
うんざりしたように公平が項垂れてしまいました。
つまりヴィジュアル系ペアで撮影会をしたい由真ちゃんと、拒否している公平ってわけですね。
「でも立派なモデルが出てきてくれて俺も安心だよ。ありがとうユリウス! 救世主ユリウス!」
「勝手に引導渡さないで!」
「いいじゃん。気に入ってくれてるし」
公平が顎で指す先を追ってみれば、Tシャツをしっかりと握り、きっと分厚い前髪の向こうから熱い視線を注いでいるだろう少年の姿。
「まだいくつかあるから。どうせなら全部持ってけよ。今袋に詰めてやるな!」
「ええ!? いいよ! お兄ちゃんのお古があるからいいよ!」
「そういや夏休みはレジェンド帰ってくんの?」
「…………レジェンド?」
突然のレジェンド発言に、疑問の声をあげたのはユリウスです。
「ああ、うちのお兄ちゃんのこと」
「……それが名なのか?」
「ちげーよ! あだ名だって。レジェンド、伝説。マジ伝説の人だからな」
「夏休みに帰るって連絡はあったみたいだけど……まあ、そのへんは適当な人だから」
「来たら教えてくれよ。ってことで服準備してやるぜー! 全部やるから待ってろよ!」
「ちょっとぉー!」
言い放った瞬間、公平は店の中へと駆け出した。こいつ……! 上手いこと言っていらないものを全部押し付ける気だ! どうせ自分が断り切れずに受け取ったくせに!
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