付き添いという名の6

 なんだかんだ言っているうちに、体育館の前まで来たところでバレー部三人組とも別れます。


「じゃあ私たちは部活に行くから」

「夏休み中にまた遊ぼうねー」

「ギルベルトさんもまた」


 ぜひ、また。とこの騎士様に何度か念を押して、体育館にいる他のバレー部員の方へ駆けて行った。……しかし、この騎士の中身を知ったら彼女たちはどういった反応をするのでしょうね。それもギャップ萌えとかになるのでしょうか。

 それだったらまだユリウスの方が可愛……いやいや、今はそんなことどうでもいい。


 さて、残された私たちは続いて体育館へ乗り込もうとするギルベルトを抑えて、下の小窓からこっそりと中を覗いてみます。いまだに女子高生が遠巻きにそわそわしていますが、そのうち諦めるでしょう。これはもう気にしないことにする。


 覗いた小窓の先では、体育館の一角で練習に励む剣道部の面々が見えました。しかし、当然ながらみんな面を被っているので顔で判別は不可能ですね。腰の垂名札も──ああ、動き回らないでくれないかなあ、見えない!


「どれが沙代かわからないね」


 いやはや困ったね。なんて横のギルベルトを見たら、きょとんとした顔を向けられました。


「ん? サヨはならあの端にいる」


 当然とばかりに彼は体育館の端を指差します。その先には、確かに腰から『浦都』の名札を下げる沙代。


「え、嘘、この中からよく見つけられたね」

「足運びや動きを見ればすぐにわかる。ほら、型はみな同じだが、動きにそれぞれ癖があるだろう?」


 だろう? と言われましても。

 中を覗いてまだほんの一瞬ですよ。十何人もの部員がわちゃわちゃと竹刀を振り回している中からですよ。それなのに、こんな小窓から一瞥しただけで一人一人の癖を見極めて認識できると?

 本当にこの人は素晴らしい実力の騎士なんだな、と、なんだかしみじみとしてしまいました。いや、だってその凄いところを私はまだろくに見ていませんしね。父を打ち負かした際も、正直あっという間の出来事でよくわからないうちに終わってしまいましたからね。


「ギルベルトって本物の騎士なのねー」


 改めて口にしたら、なにを今更とばかりに首を傾げられてしまいました。

 けれど、私がそう思ってしまうのも致し方ないと思うのです。だって私から見たギルベルトは、やたら顔だけ整ったただのドМなんだもの。申し訳ないけれど、これはどうしようもないんだもの。

 言いたいことは喉元までせり上がるけれど、辛うじて飲み込んだ。気を取り直して彼が指した沙代に目を向けたところで、ふと気が付く。


「あれ? 足、治ったんだ……」


 インターハイの直前に痛めたはずの足で、何事もなかったかのように力強く踏み込んでいる。

 もう大丈夫なのかな。なんてちょっと心配していたら、私の呟きを聞いたギルベルトが「ああ」と懐古の声を零しました。


「そういえば、最初の頃サヨは足を痛めていたな」

「向こうで治したの?」

「そうだ。あれでは痛かっただろうに、それを感じさせないサヨの気迫は素晴らしかった。剣を交えた私ですら気付かなかったのだからな」


 懐かしい思い出を語るギルベルトの声に、私にとってはついこの間のことだけれど……彼らにとっては出会った頃の、まだなんの冒険も始まっていない、序盤ともいえる昔話なのだと痛感してしまいました。

 心身とも沙代に追い抜かれてしまったような、モヤッとした気持ちが、わずかに心の奥に渦巻く。


 だから──私の横で語る青年がなぜ恍惚とした表情を浮かべているんだとか、出会って早々なんで二人は剣を交えているんだとか、痛みを見せないほど鬼気迫る沙代なんで本気じゃないの。本気と書いてマジじゃないの。とか、ツッコミたいことはたくさんあるけれど、私はもはや見てもいないし聞いてもいない。と、目の前の事実は胸にそっとしまうことにする。


 なんて、ほんの一瞬考え込んだ隙にギルベルトがひょいっと小窓横の扉から体育館に入ってしまいました。え? などと思う暇もなく、自然な動きで本当にひょいっとね。「サヨー!」と、もはやお馴染みの言葉を叫んで彼は突撃して行った。……あれ、なにしてんのあの人ぉっ!


 何が起きたのか私の頭が理解するよりも先に、体育館の中で爆ぜた女子の大興奮な悲鳴で我に返る。そこからの私は早かった。運動神経皆無の私にしては褒めてほしいくらいに素早かったと自負する。


 沙代の「なにしてんのギルベルトーっ!」という身が竦み上がるような怒声と同時に、ユリウスの手を取り踵を返して走った。姉妹として長く付き合ってきた経験からここは逃げ一択だと直感が告げる! ヤバイこれは本気のお怒りです。

 とにかくまずは逃げるが勝ち!

 久しぶりの全力疾走で私はユリウスを引きずり、体育館を後にした。


 校舎の陰まで走ったところで足を止めたら、息苦しさが一気に襲ってきました。喉から血の味がするほど苦しい。道連れにしてしまったユリウスも、可哀相なくらいゼーゼー言いながら座り込んでしまいました。


「なっ、なぜ逃げる……」

「いや、だって、あれはヤバイ……っ!」


 息を切らしながらも抗議を滲ませたユリウスの声に、こちらこそ息も絶え絶えに答えて、腰を下ろした。


 きっと今頃「来るな」と言ったのに押しかけてきたギルベルトに対して、沙代の怒りが爆発していることでしょう。ああいった強引な押し付けを嫌いますからね、あの子。

 あの場に留まっていたら、そのまま私も怒られる流れになったに違いない。怒った沙代はなかなか止まらないので、一回怒りが冷めて冷静に会話をしてくれるまで少し離れた方がいい。十数年あの子の姉を務めてきた私の、経験からくる知恵です。どうにもこうにも情けないけれど。だって本当に恐いんだもの。


「それに……どうせ、ギルベルトが事の次第を全部ゲロっちゃうだろうしね。私が説明しなくても問題ないでしょ」


 落ち着いた頃に戻ろうか。と告げれば、情けないとばかりに鼻で笑われました。でも「なら、ユリウスは戻れば?」と、あの怒った沙代の前に出られるのかと意を込めて返したら、肩をビクリと跳ねさせて硬直したのでちょっぴり気が晴れる。


「そうだ。せっかくだから学校を案内するよ」


 こんなところでコソコソしていても仕方ないですしね。

 けれど、どうやらユリウスは私の提案が不満らしい。全身から嫌々感満載の空気がにじみ出ている。


「……なぜ」

「だって、そもそもユリウスはこの世界の学び舎を見ろ。ってギルベルトに言われて来たんじゃない」

「その発言に俺は微塵も納得していない」  

「だからってここにいても仕方ないよ」


 ギルベルトを引き連れて歩くのはさすがに華やかすぎて気が引けるけれど、ユリウス一人ならただのビジュアル系少年だしね。いや、まあ、よく考えればそれも大概あれですが。

 呼吸が整ったところで、腰を上げて土を払う。ついでに、唇を尖らせたユリウスの腕を引っ張って立たせることも忘れません。こら、頬を膨らませたって無駄ですよ。


「せっかく来たからには開き直りも大切だと思うの。私はもう開き直るよ」

「意味がわからん」


 大きなため息で肩を落としたユリウスの背中を押して、校舎の陰からグラウンドに出ます。すると「あ」と、思い出したかのように声を零した少年がチラリとこちらに顔を傾けました。

 どうしたの。なんて問うより先に、ユリウスの声が鼓膜を震わす。

 

「お前は道場に来ないのか?」

「……え」


 唐突な問いに、一瞬頭が真っ白になってしまった。


「あの小さいのもよく練習に出ているぞ。だが、お前は来ないのか?」


 小さいの、とは千鳥のことです。

 これはきっと、ただ単純な疑問。部活をする沙代の姿で思い出しただけの疑問なのでしょう。

 けれど、だからこそ鉛を呑み込んだように、私の胃は重みを増してギュッと縮む。


「……出ないよ」


 出るわけない。出られるわけないじゃない。自分がいかに出来損ないかを思い知らされるだけなんだから。


「私には、才能がないんだもの」


 それを責めるような家族ではないけれど、兄もああだし、少なからず期待をされていたことは容易く予想が付くじゃない。それなのに私はこの体たらく。

 しかも沙代は兄に負けず劣らずとくれば──……私はこれ以上、卑屈になりたくない。


 そんな私の言葉をどう受け取ったのか、ユリウスは首を傾げる。暗い顔を晒してしまっただろうかと少し慌てたら、予想外の言葉を返された。


「……勇者は、姉は強いと言っていた」


 え、ちょっとなにを言っているのかわからない。

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