なかなか始まらない物語

斑世

プロローグ

 次元の窪地、ゲイルガンド。

 “世界”と呼ぶにはあまりにも適当な場所。


 ここには、あらゆる次元のあらゆる“漂流物”が流れ着く。


 次元の狭間に吸い込まれたもの。

 次元跳躍に失敗したもの。

 時空間に関する事故に巻き込まれたもの。

 次元空洞で生成された不可思議物質。

 あるいは単に、チリやホコリや泥や砂。


 質量があろうとなかろうと、次元と次元をつなぐ虚空に放り出され、そのままどの次元にも辿り着けなかった“存在”であるならば、

 「次元の窪地、ゲイルガンド」に吸い込まれ、ここに辿り着く。


 巨大な星の重力に引かれるように。

 超質量体ブラックホールの引力圏に囚われたものが、光でさえも脱出できないように。


 次元を放浪した状態でゲイルガンドの近くを通ると、必ずここに引き寄せられ、この場所に現出してしまう。


 この場所に降り立ったモノは、この場所から出ることはできない。


 そうやって膨れ上がって、一つの“世界”と同じくらいの大きさに……いや、それ以上の広大な場所になった、次元間廃棄物の集積場。

 それがゲイルガンドだ。


 ここには、あらゆる次元のあらゆるモノが集まってくる。

 動植物、人類種、無機物、あるいは生物とも無生物とも言えぬもの、機械、神霊、怪異、不可思議現象などなど。


 この世界には、ありとあらゆる次元に存在する恐るべきものがあふれている。


 ゴブリンも、オーガも、オークも、ドラゴノイドも、アクアフォークも、ゾンビも、スケルトンも、邪悪な魔術師もいる。

 ドッグヘッドも、タイガーフェイスも、ロブスターマンも、ミュータントシャークも、巨大人食いカブトガニもいる。

 コウモリの翼をもつタコの悪魔も、黒山羊の落胤も、怪しげな触手と眼玉の塊も、意志をもった雷もいる。

 文明の終焉者カルチュアンも、赤塩の這う者ラスターも、大王蟲ダイオウムシも、スケイヴンも、異獣も、テンタバイドも、スクアリドも、“捕食者”も、スクレイナーも、デルティシアンも、ギィィクすらもいる。


 だが、安心してほしい。

 あの小高い丘の上を見よ!


 さまざまな次元から恐ろしい存在が集まって来たというのなら、同じように、さまざまな次元から正義の使徒たちも集まってきているのだ。


 丘の上に集いし、精悍な顔立ちをした次元の救い主たる戦士たちを見るがいい!

 彼らはこのような顔ぶれだ!


 黒鉄騎士、

 蜂型の昆虫人類、

 狂った魚人、

 右腕から棘を生やした男

 鬼気を放つ武士、

 メカニックサムライ、

 エナメル感があるコートを着た中性的な見た目の人物、

 ただならぬ妖気と黒い霧をまとう少年、

 緑色鎧の爽やかな騎士、

 気高いスケルトンナイト、

 犬型獣人の戦闘機乗り、

 生体電気をまといエナジーブレードを携えた宇宙傭兵、

 やけに着ぶくれした甲殻の爪をもつ医者風の男、

 見たこともないモンスターになつかれている元気いっぱいの子供、

 羽虫を纏う不気味な男、

 マーブル色の服を着た奇妙なファッションセンスの男、

 目の下のクマがすごいことになっているカードゲーマー、

 “影”をまとう王者風の男、

 奇妙に両肩が盛り上がった蛇のような表情をした壮年の男、

 マフラーをなびかせる苦虫を噛み潰したような渋い顔をしたサイボーグ戦士、

 派手な衣装だがまったく似合っていないうえにやけに態度がデカい火炎魔法使いの爺さん、

 パッとしないおじさん。


 いかがだろうか!

 彼らならば、この次元に平和をもたらしてくれるに違いない! まったくもって疑いはない!


 いや実は、“精悍な顔立ちをしている”というのは、いささか誇張であった。

 彼らのほとんどが、この不思議に満ちた次元に突如として現出し、明らかな戸惑いの表情であった。


 この次元を大きく揺るがすような大いなる旅路が、今、始まるかもしれないし、始まらないかもしれなかった。

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