第34話 反撃の狼煙

「それじゃあ、後のことは任せるぞ」


 俺はルーナとアリスにそんな言葉を残すと、自分の中にあるスキルを見つけて、そのスキルを発動させることにした。


 以前に、使ったら使いこなせなくて死ぬとまで言われたスキル。使うのが怖くないと言えば嘘になるが、不思議とルーナの言葉を聞いて少し気持ちが軽くなっていた。


 俺が目配せをすると、ルーナは静かに頷いた、俺は深呼吸を一つした後、そのスキル名を口にしてスキルを発動させた。


「『竜化』。……ぐっ!」


 そのスキルを発動させた瞬間、鼓動の音が急激にうるさくなってきた。胸が張り裂けるんじゃないかというほどの鼓動の音と、内側から四肢が爆発でもするんじゃないかというほどに膨らんでいく感覚。


 しかし、不思議と痛覚を感じない。


 そのとき、俺はルーナの言葉を思い出して、意識的に考えることをやめた。


 その瞬間、目の前に見えていた景色がぷつんと切れたように見えなくなった。いきなり深い闇の中に落とされたような感覚。


 それだけを感じながら、俺は完全に意識が途切れた。




「あ、アイクさん?」


「ぐっ! ……くあっ」


 アイクは『竜化』のスキルを使った瞬間、その場に倒れ込んで苦しそうに胸を押さえていた。


 ルーナは心配そうに駆け寄ろうとするアリスを止めると、そのままアイクの目の間に立って額に手のひらを向けた。


「『隷属』。アイク、一時的にお主の体の支配権をいただくぞ」


 ルーナがその隷属魔法を唱えると、ルーナの手のひらが禍々しい闇の色に染められた。それはオーラのように手のひらに漂うと、苦しむアイクの体を包み込んだ。


「ああっ……ああああっ!」


 その闇に当てられて、苦しそうな声を漏らすアイクの姿を、ルーナは唇を噛みしめながら見守っていた。


 自分の魔法がアイクの体と心を蝕む感覚。それをひしひしと感じ取り、顔を歪めていた。


「ル、ルーナさん? アイクさん大丈夫なんですよね?」


「問題ない。……隷属魔法は成功した。少し離れるぞ」


 ルーナは心配そうな声を漏らしているアリスの手を引いて、アイクから距離を取った。


 後ろを向いて数歩離れると、低すぎるアイクの唸り声が大きな声になって空に響いた。


「アイクさん?! え?」


「……馬鹿者が。『魔源』を使いすぎだ」


 振り返った先には、漆黒のドラゴンがいた。


 黒光りしている硬そうな鱗に、大き過ぎる翼。乗ってきた馬車の数倍もある大きさの体を支える手足は太く、鋭い爪を露にさせていた。


 ルーナが『竜化』したときと同等か、それ以上の大きさ。


『魔源』を使い過ぎれば死ぬということを忠告していたというのに、その言葉を無視するくらい多くの魔力を使っているのは明確だった。


「それだけこちらの負担も増えるというのに……。『アイクよ、首を垂れよ』。それだけ大きいと跳び乗るのも一苦労だ」


 ルーナが右手を差し出しながらそんなことを言うと、アイクは何かに縛られているようなぎこちない動きで、頭を下げてきた。


 動物が伏せをする姿勢。そんな姿勢を取らせた後、ルーナはアイクの背中に跳び乗った。


「バーサーカー娘、早く乗ってくれ。あまり時間がないぞ」


「あっ、はい。分かりました。えっと、失礼しますね、アイクさん」


 アリスはそう言うと、申し訳なさそうにアイクの背中に跳び乗った。それを確認したルーナは右手をアイクの背中にピタリとくっ付けて、言葉を続けた。


「アイクの言っていた方角は、あっちか。『アイクよ、飛び立て』。方向はあっちだ」


 ルーナがアイクにそう命令をすると、ドラゴンの姿になったアイクは大きな翼を広げて、一気に上空に飛び立った。


 そして、ルーナが指示をする方向に勢いよく飛んでいった。


 あまりにも早い速度で移動するアイクの背中から振り落とされないように、二人は風の抵抗をアイクの体で隠しながら、必死に踏ん張りを利かせていた。


「……襲ってきた相手、攻撃して来ないですね」


「するわけがないだろ。ドラゴン相手に喧嘩を売る奴はいない。アイクがドラゴンになったとは思っていないのだろうしな。隠れてやり過ごすつもりだろう」


 アイクが言っていた方角と距離の付近に近づいてきたので、ルーナはアイクの背中に手を付けて、言葉を続けた。


「『アイクよ、止まれ』。……ん? アイク、アイク?」


「どうしたんですか?」


 ルーナがアイクの背中をぽんぽんと叩いているが、まるで反応がなかった。


 その様子がおかしいと気づいた時にはすでに遅く、ルーナがちらりと視線を上げてみると、アイクはそのまま崖の方向に勢いを殺さずに向かっていた。


「……まずい、少し操作を誤った。バーサーカー娘、衝撃に備えておけ」


「え? 衝撃に備えるってなんのことーーきゃっ!」


 そして、その勢いのままアイクは崖へと突っ込んでいった。


 幸い、そのまま体を滑らせて崖の上に乗ることができたが、辺りにはその衝撃で砂煙が舞っていた。


「まるで、女子のような声を出しおって。……バーサーカー娘、私はアイクの『竜化』を解除させておくから、ここから飛び降りて輩を捕らえていてくれ」


「ふ、普通に女の子ですから! 分かりましたよ。後のことは任せますね」


 アリスはルーナにそう告げると、アイクの背中から飛び降りてアイクを攻撃してきた輩を探そうとした。


 しかし、案外その人物はすぐに見つかることとなった。


「な、なんでドラゴン落ちてくるんだよ?!」


 ドラゴンが急に向かってきたことに取り乱しているのか、隠れていたはずの男は動揺をしながら姿を現していた。


「ん? なんだ、お前は?」


 その線の細い短髪の男は、アリスを観察するように見ると、小さく言葉を漏らした。


「金色に輝く髪……やはり、生きていたか。第三王女、アリス」


「もう王女じゃないですよ」


「そんなのはどうでもいい。お前の首を持って帰れば、死体でも報奨金がでるだろうな。護衛もなくノコノコと出てきやがって。俺のスキルの前に跪――」


「『肉体強化』『身体強化』」


 アリスは二つのスキルを唱えると、少し構えただけの男の右腕に鞘と一緒に縛り付けられている剣を叩きつけた。


「ぐあぁっ!! う、腕がっ!!」


「あれ? 加減したはずなのに、腕が変な方向に曲がっちゃいましたね」


 痛みに苦しむ男の右腕は、本来曲がらないはずの方向に折れ曲がってしまっていた。そんな男の腕を見て、アリスは小さくこてんと首を傾けていた。


「は? な、なんで? 第三王女はスキルも魔法もまともに使えないんじゃなかったのか?」


「戻しとかないと、ルーナさんに馬鹿力だって言われちゃいますね。えいっ」


「ギィヤアア!!」


 可愛らしい掛け声と主に、アリスは折れ曲がっている男の右腕を鞘のついた状態の剣でぶん殴った。


 すると、折れ曲がった方とは逆方向に向いてしまったが、先程よりも腕の角度が不自然ではなくなっていた。


「うん、良い感じですね。あとは、足を一本ぐらいへし折っておきましょう。えいっ」


「ぐあぁっ!!」


「ちょっと、変な方向に曲がり過ぎですよ。直しておかないと、アイクさんに私が馬鹿力みたいに思われちゃうじゃないですか。とうっ」


「ギィヤアア!!」


「……お主はサディストなのか?」


 アリスが見た目だけでも整えておこうと、何度も剣で折れた個所をぶん殴っていると、ルーナが後ろから呆れたような声を漏らしていた。


「あ、ルーナさん。アイクさんは大丈夫でしたか?」


「……私は、お主がたまに怖いときがあるぞ」


 目の前にいる男の惨い状態をそのままに、何事もなかったかのようにルーナの方に振り向いてきた姿を見せられて、ルーナは少しだけ血の気が引いてしまっていた。


 どうやら、目の前の男の状態よりも、アイクの体の方が心配らしい。


「な、なんなんだ、こいつら……ていうか、なんで生きてるんだっ」


 数度の攻撃はかわされていないはずだった。それだというのに、目の前にいるアリスはぴんぴんとしながら、剣を振り回している。


 何が起きたのか分からないと言った様子の男を前に、ルーナは冷めきったような目をその男に向けた。


「ひっ」


「貴様にはアイクが起きるまで拘束されてもらうぞ。『氷界』」


 男の悲鳴が聞こえたのは一瞬だった。睨まれたと思った次の瞬間には、その男の首から下は氷漬けにされていた。


 こうして、何が起きたのか分からないまま、アイク達を襲った男はただ体温を奪われていったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る