哀情オムニバス

蒼瀬矢森(あおせやもり)

第1話 虚構の夢に花束を

戦争が終わったとき男の隣に親友の姿はなかった。遺体の一部すらなく、あるのは友人の名が刻まれたプレートだけ。


親友には恋人がいた。男は彼女の元へ彼の死を伝えに行った。


病院に入院していると聞き、病室へと訪れた男は目を疑った。戦争の間で彼女は視力を失っていた。


彼女はもう長くはないことが一目でわかった。男が声をかけると彼女は自分の恋人だと勘違いして泣き出してしまった。


男は親友の死を告げることができなかった。耳も悪くなっているようで恋人の声じゃないと気づきもしない。


男は親友のふりをすることにした。医師たちも彼女の状態から事実を告げない約束をしてくれた。


以来、男は彼女に会いに行くのが日課になった。会話から彼女が自分の恋人ではないと気づくこともなかった。


親友の惚気話は嫌になるほど聞かされていた。声色も口癖も自然と真似できた。


ようやく私たちの夢が叶うんだね。彼女はそう言って笑った。


戦争が終わったら小さな家を買って一緒に暮らそう。彼が彼女にした約束だった。


それから数日も経たないうちに彼女の病状は急変した。ベットで意識が朦朧としている彼女の手を男は握った。


彼女がハッと息を呑む。男の手には指輪がはめられていなかった。


あなたは、誰なの? そう言い残して彼女は息絶えた。


男は彼女の死に涙を流した。最後まで騙せず、辛い現実を突きつけてしまったと。


親友の口調も口癖ももう男のものとして染み付いてしまった。男にはもう、自分が誰だかわからなかった。

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