第6話 差別主義者
「狭いアパート……こんな所で拳銃を六発も撃つとはなかなかクレイジーじゃないか」
葬儀屋は今、秋葉にあるアパートの一室にいる、そのワンルームには一体の死体がうつ伏せで転がっていた。
葬儀屋の隣にはもう一人男が立って居る
「誰の仕業だと思う?」
「さぁね、銃を入手できる人間という事ぐらいしか今の所はわからねぇな」
葬儀屋は銃痕を指でなぞる
「それに銃の腕は素人レベルだな、玄関先で一発撃ったが外しこの壁に当たった。犯人は部屋に侵入し二発目を撃ったが次は本棚に銃が命中、次はあのパソコンのディスプレイに、そしてようやく標的の足に当たったのが四発目……標的が這いずり回っている所を頭に二発」
葬儀屋は標的の顔を覗き込む
「年齢は十八歳ぐらいか? ザ・チンピラって顔してんな、注射痕も腕にバッチリある典型的な背伸びをした若者って感じだ」
「彼はこの地域を縄張りにしているギャングの下っ端でな、麻薬のバイヤーを務めていた」
「薬物中毒者にバイヤーを任せるとはなかなか間抜けな事をするな、そんなの薬をどうか盗んで下さいと言ってる様なもんだぜ」
「……彼は薬を盗み、それが組織にバレた」
「そして刺客を送られて殺された。アンタはこの男を殺した犯人を捜してる、なぜだか聞いても問題ないかな?」
男は壁にもたれかかる
「彼は私の教え子だった」
「クククッアンタ教師かい? へぇ幼き子供達を先導するべき学び舎の教師が殺し屋に依頼とは凄まじい時代になったもんだ」
「彼は確かに学校で問題児だったが更生する気はあったんだ。それを奴等が潰しその上彼を殺した」
「へぇそりゃ災難だったなぁ、同情する気は無いが、黙祷しとこうか?」
「必要ない、キミは彼を殺した組織の連中に報いを受ける、それだけして貰えれば十分だ」
「報い……ねぇ、クククッもう少し具体的に言って欲しいね、そのギャングの連中をどうしてほしいんだ?」
葬儀屋はニヤニヤとそう質問をした。
「ほら、しっかり言えよ、何をどうして欲しいんだ?」
「……あのギャング共を、殺して欲しい」
「クククッよく言えましたお利口さん」
と言って葬儀屋は男の肩をポンポンと叩いた。
「もうこの死体に用事はないから警察呼んでいいぞ、第一発見者はかなり疑われるから誤認逮捕されない様に気を付けろよ?」
と葬儀屋は言って部屋を出て行く
そして一人部屋に残された男はポケットから携帯を取り出して110とダイヤルを押した。
葬儀屋が次に向かったのはこの地域を仕切ってるギャングの事務所
寂れた雑居ビルの二階にある
寂れたビルに相応しい寂れた事務所に五人ほどの安い服を着たギャングがそれぞれ雑務をしていた。そんな所に喪服を着た男がやって来たので一瞬、事務所の空気が止まる
五秒ほどの無言のあと一人のギャングが口を開いた。
「あのぉ……どちら様っすか?」
葬儀屋はその質問を無視して近くにあったソファに腰を降ろした。
「お前等さぁ、昨日十八のバイヤーやらせてたガキ殺した?」
「は?」
「簡単な質問だと思うが、そこまで頭がワルワルだとこんな簡単な質問すら答えられないのかな?」
勝手に事務所に侵入してそんな生意気な口をきく男にギャングの一人が事務所に置いてあった金属バットを葬儀屋の頭目掛けて応えた。
それを簡単に受け止められてみるみるうちに凹んでいく金属バット、ギャングは葬儀屋の腕から引き抜こうとするがバットはビクともせず諦めて手を離す。
「クククッ名乗るのが遅れたな、オレの名は……うーん……普段ならイカした偽名を名乗るんだが今日の所は葬儀屋と名乗っておくよ」
「な、なんなんだよ、おまえ……」
「葬儀屋だけじゃ分かりずれぇよな? オレはこ・ろ・し・や、殺し屋さ世界一のな」
世界一の殺し屋と自称する男に困惑するギャングたち
「ど、どうする? コイツ……」
「……その殺し屋さんが俺達になんの用だ?」
「さっき言った事も忘れたのか? やっぱ頭ワルワルだな」
葬儀屋は凹んだ金属バットをギャングの方へ軽く投げる
「お前等、バイヤーの子供を殺したか? それを聞きにココに来た」
「……バイヤーってヤっちゃんの事か?」
「安田 正(ただし)でヤッちゃんか……なかなかに安直なあだ名だな、それでオタク等はそんな可愛いヤッちゃんを殺したのかな?」
「ま、まさか、どうして俺達がそんなことしなくちゃならないんだよ」
その発言を聞いて
「……全く……本当に頭バカバカだな、お前等、殺しを否定する前に安田が死んだって事を聞いて先ず驚かなきゃならないんだよ「えぇ!? あのヤッちゃんが殺されたぁ!?」てな」
葬儀屋のその発言を聞いてその場が凍る
「お前等、このくたびれた事務所みる限り貧乏犯罪者な訳だろ? それがどうやってこの日本で銃を手に入れたんだ? この国じゃ拳銃一丁手に入れるにもかなりの金がかかるってのに」
「お前に何の関係があるってんだ?」
ギャングの一人が安田を殺した拳銃の銃口を葬儀屋に向ける
「クククッお前等もこの世界に入った時はまさかずっと年下のガキに薬盗まれて殺す羽目になるとは思わんかったろ?」
「うるせぇ! 黙ってろ! 撃つぞ!!」
「こんなくたびれた所で働く気もなかった。もっと成功してもっといい女抱いてもっと良い車乗って……それが今ではそのザマだ」
葬儀屋は手品の様にどこから音もなくナイフを取り出して拳銃を持っている男の手に投げ、それが突き刺さる
地面に落ちて拳銃は床にぶつかり暴発
その運命の悪戯による凶弾はギャングの一人の頭を吹き飛ばした。
「あらら、これは予想外……お前等ついてねぇな、お前等やっぱこの世界でやってくのにやっぱ向いてないって神様からのお達しだな」
そんな最悪の偶然を目の前にしてその場に居た四人のギャングが半狂乱で葬儀屋に襲いかかろうとした次の瞬間、事務所の扉を何者かがノックした。
「……誰だ? こんな大事な時に」
「ま、まさか……佐藤さん」
「佐藤?」
扉をノックした佐藤と呼ばれた男は扉を開けて事務所に入ってきた。
佐藤はスーツと眼鏡そしてオールバックの髪型が特徴の物静かな男で葬儀屋が乱した事務所の空気をその場いるだけで一瞬で静めた。
タダのモノではないという事は葬儀屋も気が付いたがココで物怖じするほど繊細な男ではない
「やっほーお元気? お兄さん」
「……葬儀屋だったか? 悪いね、邪魔をしてしまった様だ」
「クククッ白々しい、それで? 一体全体どういう事なんだ?」
「私は彼等から借金の取り立てに来た。ただそれだけの男でそれ以上でもそれ以下でもない、キミがココにいるという事は彼等を殺しにやって来たと私は推測しているが間違いはないか? 間違いがないのであれば彼等が借金を返済する前に殺されては困る」
「と言ったって、コイツらが律儀にお前等に借金返すと思うか? この事務所見れば分かるだろ? スッカラカンだぜここは」
「だが契約は契約だ。期限までは彼等を殺させるわけにはいかない」
「契約、契約……ご苦労なこったな、佐藤さんだったか? 名前はTHEジャップみたいな生真面目さと融通の利かなさを併せ持ったお前には忍者の称号を差し上げよう、好きだろ? 忍者、と言ってもオタク等の民族はそれぐらいしかイメージがないけどな、忍者、侍、寿司、天ぷら素晴らしいですね~とオレ達外人が言っとけば喜んでるアホみたいな連中それが日本人」
葬儀屋のその挑発を聞いてピクリとも表情を動かすことなく座って居る彼を見下している佐藤
「……なんだよ、お前とお前のお仲間である日本人が馬鹿にされてるのに怒らないのか? 薄情な男だな」
「キミが私を怒らせようと誘っているのを分かっているのに我を忘れて怒り狂う阿呆は居ないだろう、それに侮辱には怒りを感じない、言葉では何も汚される事も壊される事もないからだ」
「クククッつまんねぇの、怒らないなら泣くなりなんなりリアクションしてくれないと煽り甲斐ってもんがない」
佐藤は腕時計を見る
「葬儀屋、キミとのお喋りは実に有意義なモノだったがそろそろ時間だ。決めて貰おう、戦うのか退くのか」
佐藤は手袋を胸ポケットから取り出し装着する
それをジッと見つめる葬儀屋
「下らない質問だ。答えは一つしかないだろ」
暫くの間が空く、その間にギャング達は事務所を逃げ出してしまう
「くたばれよ、日本人(ジャップ)」
次の瞬間、佐藤の拳が葬儀屋が座って居た椅子を文字通り破壊した。叩き付けられた拳、宙にまう綿や椅子の破片、そしてその上に葬儀屋は居た。
佐藤の拳が葬儀屋を殴る為に動き出した瞬間、葬儀屋は座った状態でバク宙し破壊される直前の椅子の背凭れを蹴って宙に舞った。
葬儀屋のその素早い動きに反応出来なかった佐藤の拳は椅子を破壊し木材で出来た地面をも貫通した。驚異的な破壊力だが当たらなければ意味がなく、そしてその行為はただ今宙を舞っている葬儀屋からして視ればただの大きな隙でしかない
そのまま葬儀屋は宙に浮いた状況で右足を大きく上げ、地面に吸い込まれる重力に任せ佐藤の脳天に踵を落とした。
そのまま佐藤の頭は地面に叩き付けられ、戦闘不能
この一瞬の勝負は葬儀屋の勝利に終わる
「……たく、なんて馬鹿力してやがる……化け物め」
と葬儀屋は言って事務所の窓を覗く、そこには人を掻き分けながら逃げているギャング達がいた。
「めんどくせぇな」
葬儀屋はそうぼやきながら扉の方へ向かう
「あぁそうだ。お前の命には興味ないから安心しな、佐藤サン、アンタのその仕事に対する姿勢案外嫌いじゃない、また会おうぜ、なんてクククッ」
と言って葬儀屋は事務所を出て行く、部屋には時計の秒針の音だけが静かに木霊する
紅詩はバイトを終え葬儀屋と約束していた集合場所のファーストフード店に行くと既にそこには葬儀屋が待っていた。
「遅かったな」
「すみません! お待たせしました!」
「いやだ許さない、そうだな……罰として初恋の話でも聞かせろよ」
「えぇ……いや、そのぉ……えっと……」
「……本気で困るなよ、冗談に決まってんだろ、お前の初恋なんざ興味ないっての」
紅詩の腕ですやすやと眠っている光
「まぁいいや、それよりこれからの事を話そうか? お前の進路やらそのガキの事とかな」
と葬儀屋が言うと店の外で救急車とパトカーのサイレンが聞こえてくる
「なんでしょう? 何処かで事件でしょうか?」
「さぁね」
と言って葬儀屋は退屈そうにストローを咥えた。
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