阿呆、うろうろ。

蟹の味忘れた

第1話


「うーす、お疲れー」


「ほい、お疲れ」


そういって俺たちはグラスを合わす

カンッ、という音ともにグラスの中に入ったビールが揺れる


俺の名前は平塚凛(ひらつか りん)今年で25になるお兄さんだ


「く~、うめぇ!!」


ビールを一気に飲み干しそういうのは

唯一の友達でもあり幼馴染でもある倉敷大河(くらしき たいが)だ


「おい、人の驕りだからってここぞとばかりに飲むなよ」


「ちげーよ、俺はいつも1杯目はこうなんだよ」


言いながら店員を呼び追加のビールを注文する大河


ほんとかよ・・


俺はそう思いながらも話を変える


「お前最近仕事はどーなのよ?やめて―ってさんざん言ってたろ」


「いやいや、やめてーなんて言ったことねーよ」


「あれ、そうだっけ?」


前回飲みに行ったときにさんざん仕事の愚痴を聞かされたんだけど

やめたいわけではないのか。


「ただ、上司を全員ボコボコにしてやりたいだけだって」


「・・・やめたい所じゃないじゃん。そんな労働環境悪いのか?」


「いやー、どーだろ?他がわかんないからわかんないけど」


言いながら店員からビールを受け取る大河

そのまま自身の口にグラスを傾ける。


ゴクゴク…ゴクゴク…。


「おーおーおー、」


ゴクゴク…ゴクゴク…。


「おーおーおー、・・・お前さ・・だからもっと味わえって」


こいつまた飲み干しやがった。


「だから言ってんだろ、俺は1杯目と2杯目はいつもこうなんだって」


言いながらまた店員にビールを頼む。


言ってねーだろ・・・


そう思うも長い付き合いから何を言っても意味がないことを知っているので何も言わない


「なー前から気になってたんだけど、お前なんでスポーツとか肉体労働系の仕事につかなかったんだ?」


大河はとてつもない馬鹿だがスポーツ・・というより体を使うものは何でもできた。

それこそスポーツだったら何をやっても一流選手になれただろうと俺は思う

しかし大河は現在どちらかといえば頭を使う仕事をしている


「それよく言われるけどよ、できることをやったってつまんねーだろーって思うんだよな」


「そっか、なんかお前悲しい性格してるよな・・・」


「まーな、そんで今の会社でなんもできなくて怒られまくってんだ、自分でも馬鹿だと思うよ」


いいながらビールを飲む


ゴクゴク…。ぷは~。


よかった3杯目はきちんと味わって飲んでくれてる


「それよりよー凛、お前中学の時の担任だった杉田って覚えてるか?」


「杉田…?そんな奴いたか?」


「いただろ!ほら数学だったか理科だったか算数だったかの先生でよ」


「結局どれだよ」


てか、中学で算数って


「覚えてねーのかよ!まじかよー。今そいつがニュースとかでめっちゃ出てんのに」


「ん?杉田って杉田一誠のことか?」


「いや、下の名前は知らん」


なんだよ・・・


杉田一誠(すぎたいっせい)とは今、巷を賑わせている研究者だ。


「あれだろ、未知の物質を発見したってやつ、中学の時にあんな奴いたか?」


「あーそうそう!そいつ!いただろ、ほら根暗な感じでいつもぼそぼそ喋って何言ってっかわかんなかったやつ」


「すげー言うな、・・・けどやっぱそんな奴しらねーぞ」


記憶力には割と自身がある、少なくても大河が覚えていて俺が覚えていないことはあり得ない


「あ、ちげーわ。あれ高校だ」


ほらね。


てか、高校で算数って・・・


大河と俺は中学まで一緒だったが高校からは別の高校に通っていたので杉田のことを知らなくて当然だ


「そんで、その杉田がどうしたのよ」


「いや、ニュースに出ててスゲーよなって・・・」


「・・・・・」


会話ってたまにこうゆう気まずい瞬間あるよね。

俺からしたら知らんおっさんがニュースで騒がれているいつも通りの光景なんだが。


「てか、俺のレモンサワーが来ないんだけど」


大河が会話の間を埋めるように言う

いつの間にかビールからレモンサワーになっていた。

ん、それ何杯目?…まーいいけど


「そういえば俺のハイボールもまだ来てないな」


言われてみれば俺も10分ほど前に頼んだハイボールがまだ来てない

店内は満席なので店員も忙しいのだろうと思い唐揚げに手を伸ばす


「きたきた、絶対あれだわ」


周りをキョロキョロと見まわしていた大河が一人の店員を見ながら言う

その店員は両手にジョッキを持ちながら

なんだかふらふらとした足取りでここちらに向かっている


「あっ」


「ん?」


ガシャーーン


・・・・。


大河のつぶやきの少し後、その店員はジョッキを両手に持ちながら盛大に転んだ

先ほどまでうるさいほど賑わっていた店内が一斉に静かになる。


俺らの酒が・・・・


ふと転んだ店員と目が合う、40代半ばほどの男性だった

ぼさぼさの髪にこけた頬青白い肌に遠目からでもわかるほどのクマ、そして何よりその目は死んだ魚のような目をしていた。


だが、次の瞬間その目がカッと見開かれると何も言わず立ち上がり

割れたグラスもそのままにとぼとぼと厨房に下がっていく


少しざわつきだす店内


すると大河が机越しに耳打ちをするように俺に顔を近づけてきた


「今のこけたやつ足かけられてたぜ」


「え、誰に?」


「ほら、今掃除してるおばさんにだよ、さっきの店員があのおばさんの横を通り過ぎようとしたときに

こう、スッて足出してよー」


「まじか、だいぶ陰湿だな」


そんなことを話しているとふらふらとさっきの店員が厨房から出てきた

その目は先ほどの死んだ魚の目とは違い、瞳孔が完全に開ききっていた


そしてそのままとぼとぼと掃除をしているおばさんに近づいていく

店内はすっかり賑わいを取り戻していた。


今だ掃除をしているおばさんの背後のすぐ近くで立ち止る男性店員


すると不意にスッと右手を振り上げる


俺は目を疑った。


振り上げられた手には包丁が握られていた。


おばさんは掃除に夢中で気づいていない。


「おいっ!!!」


俺はとっさに立ち会がり大声を張り上げるがもう遅かった。


男は何の躊躇いもなく包丁を振り下ろしおばさんの背中に包丁を突き刺したのだった

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