星喰いの災厄 ~災厄に転生して110年、もう少しで完全体になれそうなのに何か最近バレそうになってます~

かに道楽

第1話 星喰いの災厄


 俺はどこにでもいるような普通の、本当に普通のつまらない人間。


 ……だったのだが、それは少し昔の話だ。

 今は別の世界で「星喰ほしくい」という災厄をやっている。

 ひょんなことで死んだ後、目が覚めたらこんなことになっていた。

 星喰いとは、この星の命の源「マナ」を吸い続けて、いずれは世界を支配するレベルの化け物になる……という生物らしい。


 だが、残念ながら今は繭の状態。

 無防備で身動きも取れない、言葉通りの繭だ。

 この状態で111年間マナを吸い続けることで、星喰いは羽化し完全体へと変異することが出来る。

 そして、俺がこの世界に来てから110が経つ。

 つまり、後1年で俺はこの世界を統べる強大な力を得ることが出来るのだ。

 思えば長い長い道のりだった。

 冴えない人間時代の幕が降りたかと思えば、来る日も来る日も粛々とマナを吸い続ける臥薪嘗胆の日々が始まった。

 その年月がついに、ついに実ろうとしている。

 

 ……のだが、ここ数年で少し看過出来ない事態になってきている。

 その懸念事項というのが……。


「シリウスぅ!また預言が出てしまいましたぁ!」


 アストリア教団で巫女を務めている少女、エレノアだ。


「やっぱりまずいです!国中のマナが災厄に吸い上げられて、国が滅んじゃうって……!この預言、今年に入ってもう何度も見てますよ!」


 このアストリア教国は、女神アストリアを崇拝する宗教国家だ。

 この国にはいつの時代も女神の力を授かり、近い未来の予知夢を見ることのできる特異体質の女子が存在する。

 その子は教団の巫女として祭り上げられ、その預言を王族から平民まで全員が信じるという、非常に影響力の高い存在となる。

 その巫女が、最近俺の星喰い活動を預言しようとしているのだ。


「エレノア様、落ち着いてください。他の者に聞かれたらどうするのです?」

「で、でも……!」


 そして、この巫女の付き人をしているシリウスという司教。

 こいつ、俺が作ったなのだ。

 要は、俺が人間として活動するための仮の器。

 この端末を逐次交換して人間として生活することで、俺はこの110年間を退屈せずに過ごすことが出来た。

 エレノアが5年前に突然、「この世界に災厄が訪れる」などと預言を公表したため、慌てた俺は、星喰いの羽化を勘付かれぬよう、急遽このシリウスを監視役として教団に潜り込ませたのだ。

 星喰いのマナを操る能力をアピールポイントに、何とかこのポジションに辿り着かせることができた。


「こんなに同じ預言を見るのなんて初めてなんです!早くどうにかしないと、えっと……。きっと大変なことになっちゃいますよ!」


 こんな感じでエレノアは、預言を見るとまず俺に報告をしてくる。

 星喰いに関する預言を受けたようだが、慌てる必要はない。

 こんなものはいつものことだ。


「……失礼ですが、エレノア様。前回の預言の結果はどうでしたか?」


 アストリア教団の巫女は、預言を受けた後にそれが公表するに値するものか否か判断し、必要な預言のみを国民に知らせる。

 星喰いに関連するような預言をシャットアウトし、残り1年を何とかやり過ごす。

 それが俺ことシリウス司教の目的だ。

 ちなみに前回公表した預言は、未曾有の不作で国全体で大規模な食料不足が起きるという内容だった。


「え、前回……?いや、その、それは。当たりはしなかった、ですけど……?」


 俺の問いにエレノアは、ばつが悪そうに答える。

 それもそのはず、その預言の後は大飢饉どころか、近年稀に見る大豊作となったのだから。

 エレノアの預言は、ただただ国民を混乱させてしまっただけなのだ。

 ……まあ、豊作の原因は俺が大量のマナを農作地に振り撒き、土壌がこの上なく元気になっていたからなのだが。


「その前はどうです?」


 俺は続けて問いかける。

 その前の預言は、軍事国家であるエトワール帝国が戦争を仕掛けてくるというものだった。

 俺のせいで各地のマナが枯れ始めた昨今、近隣の国々はマナの確保のためにどこも頭を抱えている。その中でこのような預言が公表されたため、アストリア教国のみならず、近隣の国家全てに緊張が走ることとなったのだ。


「や、えと、その……。えへへへ……」


 だが、そんな物騒なことなど一切起こらず、世界は依然として平和なままだった。

 エレノアももうはにかむことしか出来なくなっている。

 ……もっとも、それも俺が人知れず帝国の戦争派連中を手にかけたり、帝国周辺の土地のマナを吸い上げ、戦争などしていられない状態にしたからだと言うことは誰も知らない。


 「えへへ、じゃないでしょう。あの預言のせいで、帝国とかなりピリピリした関係になったのですからね?」

「うう、すみません。本当すみません……」


 エレノアは、分かりやすくしゅんと落ち込んでしまう。

 俺はこうやって預言を外させることで、巫女の信頼度を下げようとしている。

 万が一、星喰いのことがバレてしまったとしても、どうせまたハズレ預言かもしれないと事を大きくさせないためだ。

 現に災厄がどうこうという預言は、今となってはほとんど信じられていない。


「とにかく、預言は必ず当たるというものではないようです。災厄に関する預言は、国民の不安を特に大きく駆り立ててしまいますし、下手な預言はエレノア様の評判も落としてしまいます。ここは一旦様子を見ましょう、出来れば1年くらい 」


 俺はそう言って、すっかり元気のなくなったエレノアの肩に手をおいた。


「いくら預言が外れようと、いくら世間が嘘つきだと蔑もうと、私はエレノア様の味方です。ですから、そんなに落ち込まないでください。ね?」

「シ、シリウスぅ……」


 にっこり微笑む俺の胸に、エレノアは倒れ込むように飛び込んできた。

 そんな彼女を俺は優しく受け止める。

 5年前、初めて預言に災厄の話が出てきた時は本当にひやっとしたが、こんなに素直で扱いやすい子が巫女だったのは不幸中の幸いだ。

 あと1年、何とかなあなあでやり過ごして、俺はこの世界を支配してみせる。

 ……などと、目の前の付き人がそんな野心を抱いていることを、胸の中のこの少女は知る由もないのだろう。



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