ホットココアに思いを寄せて
野上桜子
第1話
私は、毎日、毎日育児と家事に追われて疲れ果てていた。夫は、仕事で帰りが遅く、子供たちの面倒を見るのは母親である私一人。子供たちは私の疲れなどお構いなしに、
「母ちゃん、お腹空いたー」と大声で喚き散らしながら、私の身体を揺さぶる。食事中も賑やかで、二人でワイワイと喋りながら食べていた。わざと手づかみで食べたり、汚れた手を洋服で拭き汚してくれる。すぐに外へ遊びに行きたがって、じっとしていない。公園で遊ぶのだが、激しすぎて、服は泥だらけ。
楽しく遊んでいる二人はなかなか帰ろうとしない。そんな二人を夕食の準備があるからと言い聞かせて、無理やり帰らせる。息つく暇なく、夕食の準備に取り掛かり二人に食事をさせる。
お風呂へ入るのも一苦労。二人はすぐに遊びだし、なかなか入ろうとしない。やがて、喧嘩になり弟の陸が泣き始める。お兄ちゃんの翔は大声で笑いながら、勝利のガッツポーズをとっている。私は、大声で
「二人とも、もういいから、早くお風呂に入ってー」と叫ぶと、服を脱がし無理やりに入浴をさせる。毎日、毎日、子供たちの世話と家事でくたくただった。子供の声を聞くだけで、
「はあ~」と大きなため息がこぼれた。自分の時間が全くなかった。本当に心身ともに疲れていた。夜帰ってきた夫が、私の後ろから声をかけた。
「おい、大丈夫か」振り向いた私の顔を見ると、絶句して後ずさった。
「え・・・」私は、おおげさな夫の反応に一瞬驚きながらも、ゆっくりと洗面所へと向かった。洗面所の顔に映っている、自分の顔を見て絶句する。(私ってこんなひどい顔してたっけ、鏡の中の私の顔は、疲労感漂う表情に、疲れているせいでやつれて見えた。髪も忙しくてブラシングが十分に出来なくて一括りにしているが、ボサボサ頭だった)夫が驚くぐらい私の顔は豹変してた。その姿を自覚した私はとてもショックを受けた。そして、泣きそうな顔になりながら、夫の元へと戻った。
「疲れてる・・・わたし・・・」
「うん、そうだな」
「子供たちの面倒を見るのが、ハードなのよ。元気な証拠なんだけどね。は~」
夫は席を立つと黙って甘いココアに湯を注ぎ入れた。私は、夫が入れる姿をじっと見つめていた。カップに注がれるお湯の音を聞きながら、私の心の中にあった喧騒が小さくなっていくのを感じた。夫は静かにココアの入ったカップを、私の前に差し出した。
「これ飲んで」
私はその一言でホッとする自分がいるのを感じた。そしてゆっくりと、ココアを飲むと体の中にある凝り固まったしこりが、溶け出していくように感じられた。
「どっか。行こうか」
「う、うん。行く。行きたい」そういうと私の目から涙があふれ出した。夫の一言で、今まで無理して張りつめていた気持ちの糸が途切れた。
私は、涙と嗚咽を、漏らし鼻を啜りながら、夫の心のこもった、甘いココアを味わっていた。夫は優しい微笑みを浮かべながら、黙って私を見つめていた。私は甘く熱い二人の思いのようなココアを飲みながら、
「美味しい、美味しいわ、これ」と泣き笑いの表情になり飲んでいた。私はこの時、夫の優しさを感じながら、温かい気持ちに浸っていた。一生この事は忘れないと思た。
ホットココアに思いを寄せて 野上桜子 @tukibi
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