悩み事なら相川皐月にお任せ下さい(JK3人組シリーズ番外編)
仙ユキスケ
第1話 相川皐月の日常
皐月自体は見た目が地味で、自分ではどこにでもいる普通のJKと思っているから、少しはインパクトをつけようとショートヘアーを明るめの茶髪に脱色しているため、この生徒達の中では異彩を放っている存在だと言っていい。
「相川さん」
皐月は、ヒステリックな甲高い声に呼ばれて怪訝気味に振りむくと、
(――うわっ、眼鏡生徒会だぁ……)
眼鏡をかけた生徒会役員の面々が勢ぞろいしていて、現生徒会長の女性は腕組みをして仁王立ちしていた。一同が硬い表情をしており、これから持ち掛けられる話を想定して皐月はげんなりした。このメンツが皐月の前に立つのは今日が初めてではないからだ。
「何か用なの? 会長さん」
愚問を発してしまったかなと皐月は目を横に反らした。皐月は高校2年である。生徒会長は高校3年でまもなく引退の時期なため、このところ毎日のように皐月の前に現れる。
「相川さん、あなたは2学年で首席でしょう。生徒会長は代々、首席が務めることになっているのだけど、その件について考えてくれたかしら?」
相川皐月が通う高校では、学年で首席の生徒は他の生徒と胸のリボンの色が異なるため、一目で首席だと認識できる。通常は明るい青色のリボンなのだが、3年で首席を張る生徒会長は、皐月と同じ臙脂色のリボンを胸に結んでいた。
「全くもって興味ないですね。お断りします。この前もそう言ったはずだけど」
「ちょっと相川君、我が校の伝統を覆すのか? そもそも首席という責任があるだろう? 軽く考えないでくれ」
副会長で2年の男子生徒が皐月を睨む。首席を狙っていたに違いないこの男子生徒は、皐月の態度に腹を立てて拳を握り小刻みに震えている。
皐月に至っては、名前すら憶えていないこの神経質そうな男子生徒などには目もくれず、小さく溜息をついた。
(あーあ、首席の責任って言われても知らないよ。首席になんて、ホントなるもんじゃないな……)
皐月は生まれて物心ついたころから本をよく読む子供で、気が付けば小学生の時から朝起きたら新聞を読むのが日課で、不思議と一度読んだことは記憶に蓄積され、忘れることが無かった。両親ともに大学の教授をやっている関係で、家には専門書が沢山ころがっており、小さい頃から嬉々として読書に耽っていた。
類まれな記憶力に恵まれた皐月は、特に努力することもなく自然と首席になってしまうので、いつも定期テストでは意図的に間違えた解答を数問記入するようにしていたのに、前回のテストでは、寝不足で頭がボーっとしていたのをいいことに全問普通に回答してしまい、結果として、学校創立以来、初の全科目満点をはじき出してしまった。
「私は確かに首席かもしれませんが、生徒会長を務めるには素行がよくないんですよね」
皐月はスマホをちらりと確認した。腐れ縁で悪友であり心友でもある
「副会長さん、例えば私が不良の仲間だったらどうなりますか? それでも我が校の生徒会長に相応しいですか?」
「んぐぅぅ……っ、その髪の色って、まさか、相川君って、本当に不良なのか?」
「本当ですよ。明日には大乱闘とか大事件を引き起こすかもしれませんね」
表情の無い顔で全てを肯定する皐月に、副会長の顔は青ざめて頬が引きつっている。
「そんな事! 私は騙されないわ」
腰が引けている副会長を後ろに追いやり、前にグイっと出た現生徒会長は、眼鏡の位置をクイっと直すと、悪役令嬢のように腰に手をあて高らかに声を上げた。
「ホッホッホ! 私が騙されるはずがありません。あなたには今まで何度も約束を反故にされ、煮え湯を飲まされていますからね。今日という今日は承諾するまで帰さないわ」
そう言い放った生徒会長の目配せにより生徒会役員の2人が皐月の両側に立って左右の腕をしっかり掴むと、途端に連行される罪人のようなシチュエーションになった。
皐月はやれやれといった感じで頭を左右に振り再び溜息をついた。
「さあ、皆さん、学校へ戻りますよ……って、――あ、あ、あ、あ、あなたは、どちら様です、か……っっ」
皐月の前に立ちはだかっている生徒会長は皐月ではなく、その後ろに視線を向け、酷く怯えている。
「――、あんたら、自分のダチをどうしよっていうんだ? ええ!?」
ドスのきかせた低い声に注目が集まった。
生徒会長の視線の先には、往年のスケバンを思わせるように、くるぶしまで長くしたプリーツスカートにセーラー服姿のJKが竹刀を持って、眼光鋭く皐月達を一瞥している。
「あんたらが掴んでいるそいつだけど、ブラックエンジェルの神3だってことは知っているんだろうね? まさか知らないってことは無いよな、なぁ、にーちゃんよぉお!?」
見るからに不良のJKは腰まで長いロングヘアをそのまま背中に流し、皐月の右腕を捕まえている副会長の空いている方の腕を掴んだ。掴まれた腕に力が伝わると、副会長は痛さと恐怖からがくがくと足を震わせた。
「穂積いっ、カタギの高校生を虐めてはいけませんわ。離してあげて下さいな。ついでにあなた方も皐月の腕を離してくださいな。そうでないと、この人、暴れて大変なことになりますよぉ」
セーラー服姿のJKの後ろから、髪の毛をふわふわにカールしていて、お嬢様学校であるセントエターナル学院の制服に身を包んだJKがヒョコっと顔を出してウィンクした。
「
穂積と呼ばれたセーラー服姿のJKは生徒会役員の前に立ち、持っていた竹刀を横にすると、両方の口角を思いっきり上げて、にたぁっと気味の悪い笑みを見せたまま竹刀を真ん中から真っ二つに折って見せた。辺りにバキっと激しい音が響く。
恐ろしくなった役員達は、皐月を急いで離すと戦々恐々として生徒会長の後ろに回り込み団子の様に固まった。
解放された皐月は穂積と稀星の真ん中に移動して、小声で「助かったよ」と二人と視線を合わせた。
長身で脳筋・武闘派の穂積、姫ポジションの稀星、そして参謀としての立ち位置が皐月。異世界のパーティー風に言うなら、勇者が穂積で、姫騎士が稀星、皐月は賢者といったところか。
とにかく目立つ3人組なので売られる喧嘩も多くて刺激だらけの毎日だけど、それが皐月の好奇心を満たし、唯一自分らしくいられる場所だと思っている。『ブラックエンジェル』は信頼できる仲間なのだ。
「生徒会長、これで分かりましたか? 私達は、泣く子も黙るブラックエンジェルっていう組織の神3を張っているんですよ。とても次期の生徒会長は務まりませんので、悪しからず!」
皐月の高校の生徒会役員の面々は、呆気にとられる者、恐怖に慄く者、三者三様であったが、この日以降、皐月が生徒会役員に煩わせられることはない。そして孤高の人ポジションを同時に獲得して、生徒達から稀有な眼差しを向けられるようになったのは言うまでもない。
*****
「人生って何が起こるか全く分からないもんだね」
「あら、皐月には全て見えているように思いますけど?」
「止めてよ、稀星。私は預言者でも占い師でもないんだから分かる訳ないでしょうよ。現に異世界まで来ちゃっているんだから、こんなこと予測のしようがないよ」
「二人共ごめん。ラドメフィール王国に召喚されたのは自分だけだったのに巻き込んでしまって本当にごめん」
「いいよ、穂積。もう何度も謝ってもらっているし、何よりも穂積のお陰でこの夢のような魔法が使えるラドメフィール王国に来られたんだからさ」
「そうですわ。男尊女卑が横行している変わった異世界でしたけど、その問題も何とか解決できましたし、これからどんどん楽しいことが増えそうで、わたくしもワクワクしていますのよ。何しろヒストリカル・ロマンスを実体験できるなんてラノベの世界に入り込んだようですわ」
「皐月、稀星、ありがとう」
ここラドメフィール王国は、何百年もオスカービッツ王家が守る絶対王政国家であり、国内には大小様々な領主が守る領地が300からなる王国である。鉱石や鉱物などの天然資源が豊富で、広大な敷地には山や森などの自然豊かな国である。更に魔法を上手く第一次産業に活かし、100%の地産地消が成り立っていた。
この国に生まれた人は、男は体内に魔力を宿し、女は体内に子を宿す性のため魔力を持てなかったと長いこと教えられていたため、王都を中心に男尊女卑社会が形成されていった。男が全てにおいて強くなり、政治、仕事、学問、引いては家庭の中までもが発言力、決定権は全て男性に委ねられた。一方で女性は子供の頃から最低限の学問しか与えられず、女性に生まれたからには強い魔力を有する男子を宿す事だけが至上の幸せと教えられ、そのための食生活や決まり事などを遵守するよう厳しく躾けられる。
このように性の違いによって生き方に大きな差があったが、魔女カミーラが女性の尊厳を守るためクーデターを勃発させたことに端を発し、男尊女卑思想を推進していたユウキ宰相との対立が激化した。そこで中立派であったヘンリー殿下が穂積を勇者として召喚したのだ。
JK3人組は持ち前の正義感も手伝ってカミーラ側に立ち、この悪しき慣習を覆すことに成功する。そのきっかけは「お茶会革命」と言われる大きな革命で、現国王は退位し、その嫡男であるヘンリー王子殿下が新国王となる。
大きな革命があって、社会全体が次の時代へとトランジットする最中をJK3人組は革命の立役者としての使命を果たしたのだ。
「あら、誰か来たようですわ。馬の嘶きが聞こえました。何かの先触れでしょうか?」
稀星がティーカップをテーブルに置いてエントランスへ向かった。
「デュークかキアヌじゃないのか?」
王宮から届く高級な焼き菓子を頬張りながら穂積もエントランスに目を向けた。
暫くしてエントランスからバタバタと血相を変えて稀星が戻ってきた。
「稀星、誰だったの?」皐月が稀星に近寄ると、稀星は興奮気味に一呼吸で話した。
「王宮からのお使いでしたの。ヘンリー殿下がお呼びとのことですわ。ミランダ姫の御屋敷で身なりを整えて、登城するようにとのことでした」
皐月と穂積は目を合わせた。王宮からの連絡や情報共有はいつもラドメフィール王国の協力者で上級魔術師のデューク・ウルフェンかキアヌ・ダンビュライトが来ることが多い。いつもと違う伝達に皐月は嫌な予感がした。
「王宮からの呼び出しじゃあ、行かない訳にいかないね。さぁ、急いで準備して出かけよう」
皐月が二人に自室で準備するように促すと、苦虫を嚙み潰したような穂積と、逆にホクホクして頭から2~3本花が咲いている稀星がいた。
真逆の二人の様子に皐月は、「なになに? 二人共どうしたの?」と見比べた。
「どうして、王宮に行く前にミランダ姫の屋敷に行く必要があるんだよぉ」
「それは、正式な戴冠前とは言え、ヘンリー殿下は王様なんだから、会うのに平服ではダメって事でしょう?」
穂積はげんなりして肩を落とした。穂積はドレスとか、そもそも自分を着飾ることに抵抗がある。穂積は切れ長の目元に鼻筋が通っていて、容姿もすらりとして身長が高く、それによって手足も長い。美人の部類に入るはずなのだが、切れ長の目は常に半眼か睨みつけているかで魅力を半減させている。
「まだ時間が早いからイブニングドレスまでは必要ないはずですわ。でもコルセットをしめて露出の少ないアフタヌーンドレスは必須ですわね」
一方の稀星は本を見るより自分の顔を見ていた方が好きというくらいに一日中鏡と睨めっこをしていて、オシャレには敏感。くりくりとした愛らしい瞳と靨がでるほっぺは自身のチャームポイントとして気に入っている。
「稀星はなんでそんなに楽しそうなんだよぉ」
稀星は嬉々として手を胸元で合わせると、うっとりと夢見がちな表情を浮かべた。
「あら穂積、女の子なら、お姫様やドレスに憧れるものではなくて?」
口を尖らせた穂積は、「そんなもの、一度も憧れたことないけど……」と呟いたものの稀星には完全にスルーされている。
稀星はどんな感じのドレスにしようかと頭が一杯で、フンフン鼻歌を歌ってとても楽しそうだった。
「さあ、ドレスを着たい人も、着たくない人も行くしかないでしょう! 馬車が到着したよ」
用意の為に自室に戻る二人を見送る皐月は、冒頭に感じた嫌な予感について考えていた。王宮に呼び出されるなんて、きっと、ヘンリー殿下から何か無理難題をお願いされるかもしれない。でも、正式な手順で王様から直々の依頼となると、出来ないことだって断るなんてできないんじゃないのか?
(本当に嫌な予感しかしないんだけど……)
皐月は能天気な二人を当てにすることはできないので、何を言われても困らないように頭の中でヘンリー殿下との想定問答を思い描いていた。
*****
王都の中心から少し外れたところにユウキ宰相の屋敷がある。日本から来た一行は、王宮と間違えるくらいにそれは豪華で立派な城のような屋敷だった。何しろ門を抜けてからエントランスまでは林の中を抜けるくらいに離れているのだから敷地だって広大だ。
革命前は、前ユウキ宰相の悪意ある政策により、王都のとりわけ女性達は我慢を強いられ男尊女卑の社会の中でひっそりと生活していた。その悪しき慣習を穂積、稀星、皐月のJK3人組の活躍により覆され、前ユウキ宰相は失職し逃亡している。それにより、現在はユウキ家の長男が宰相職を引き継いだ。ユウキ家の嫡男は優秀でまともな考えの持ち主だったので、ヘンリー殿下の新しい片腕となり新しい時代の為に奔走しているそうだ。
ユウキ家には新宰相の妹に御年15歳の愛らしいミランダ姫がいた。ヘンリー殿下の婚約者候補となっていて、深層のお姫様の割にぶっ飛んだ考えがあったりするところなどJK3人組とすっかり気が合って懇意にしている。
馬車がユウキ邸のエントランスに到着するとミランダ姫の侍女が待機しており、すぐにミランダ姫の私室に案内された。
「皆様、よくいらっしゃいました。お久しぶりです」
「よお、ミランダ姫、こんちは」
「おじゃまします」
「ミランダ姫、本日は御面倒をおかけして申し訳ございません」
「穂積さん、皐月さん、稀星さん、わたくしは皆様にお会いできるなら、どんな些細なことでもとても心躍りますの。来て下さって嬉しいですわ。まずはお茶をどうぞ」
ミランダ姫の目配せにより侍女たちがお茶とお菓子の給仕を始めた。ロココ調の白いローテーブルに可愛らしい野イチゴの模様が描かれたティーセットに香り良い紅茶が注がれ、上品な焼き菓子が用意されると、侍女たちは人払いされた。
「ミランダ姫、急に王宮からの呼び出しなんて何だと思う?」
お茶を一口含んで唇を湿らせてから、皐月が口火を切った。
「わたくしも詳しくは分からないのですが、国の辺境の領地で問題が発生したようですわ」
「――やっぱりね……」
皐月は考え込むように腕を組んだ。皐月の心配を知らずに、穂積はまだドレスについて納得していないらしく往生際が悪い。
「なぁ、ミランダ姫、王宮に行くのにドレスを着なければならないものなのか?」
「穂積、まだそんなことを言っているのですか? 勿論いけませんよね、ミランダ姫?」
「はい。穂積さん、大変申し訳ないのですが、王宮に上がるのにはドレスを必ず着る必要があります。特に王族にお目にかかるのに平服はありえませんわ」
「はああぁぁ……ぁ」
頭を抱える穂積の隣では、稀星が「ほらね」と満足気に頷いている。
「でも、皆様達の世界には馴染みのないことかもしれないし、ドレスの用意もないかもしれないと王宮からドレスが届きましたの。皆様同じ形のAラインのローブデコルテ、穂積さんはピンクで、皐月さんは水色、稀星さんは若葉色ですわ」
「へっ!? ええーーっ、誰だよ、自分にピンクとか選ぶやつ!!」
穂積は驚きのあまり椅子から転げ落ちた。
「デュークじゃないですか? 穂積さんを可愛らしく飾り立てたいのはあの方しかいませんでしょう?」
穂積はギリギリと歯ぎしりしながら、今度デュークに会ったら絶対にぶん殴ると憤った。でも直ぐに情けない顔になるとミランダ姫に泣きついた。
「ミランダ姫、お願いだよ。他にドレスは無いのか? ピンクだけはマジで勘弁してほしいんだ!!」
「致し方ありませんわね。勇者殿に機嫌を損なわれては困りますので、わたくしのワードローブからお好みのものをお貸ししますわ」
「有難う。恩に着るよ。とにかく地味で目立たないものを頼む!!」
*****
穂積のドレス騒動と着付けで2時間を要し、JK3人組が王宮へ登城する頃には日が傾きかけていた。
(逢魔が時……)
夕陽の美しい時間帯であるはずなのに皐月の心は晴れないままだ。王宮で通された応接室の金で縁どられた窓から見える夕焼け空を皐月は眺めていた。
30分程待たされた後に、ヘンリー殿下がデュークとキアヌを従えて部屋に入ってきた。
「やあ! 先日の革命では大変お世話になったね。本当に有難う」
ヘンリー殿下はJK3人組の向かいの椅子に座ると開口一番にそう言って頭を下げた。
「嫌ですわ、殿下、勿体ないお言葉、有難う存じます」
こんな時すぐに対応できるのはお嬢様育ちの稀星だ。目の前にいるロイヤルブルーのジュストコールを着こなし、キラッキラの王子様スタイルのヘンリー殿下を前にしても臆することがない。一方の穂積と皐月はヘンリー殿下の存在感に言葉をのみ込んだ。以前にも増して堂々と威厳があり王族の貫禄が備わったのは、紛れもなく王様になる責任感からだろう。
皐月はどことなく居心地の悪さを感じ、帰りたい心境になる。それでなくても穂積はさっきから「きついぃぃ」を連発して、コルセットの窮屈さに限界だったのもあり、皐月は直ぐに切り出した。
「ヘンリー殿下、私達を呼んだのは、お礼を言うためではないんでしょ?」
「わたくしはドレスを着られて嬉しいですけどね」
頭からお花が生えている稀星にキアヌはフンと鼻を鳴らした。デュークは自分の選んだドレスを穂積が着ていないことに不満があるようで、さっきから穂積と睨み合っている。穂積も負けじとデュークにガンを飛ばしていた。
「ちょっと、穂積も稀星もいい加減にして。今日登城した要件を聞かないと」
「はーい」と、不満そうに二人は背筋を正す。
「で、ヘンリー殿下、早く要件を聞かせてよ。ミランダ姫から寝る暇が無いくらい忙しいって聞いているよ」
「――ああ、ぁ……ぁ。気を使わせてしまって済まない。実は頼みがあって呼びつけたんだ。本来なら国の問題で、私や私の部下たちが対処しなければならない問題なのだが、前例がない事態に対応に悩んでいてね。是非、君たちの意見を聞きたいと思って」
ヘンリー殿下は幾分疲れた様子を見せた。さっきは王子スタイルに目が眩んだが、よく顔を見ると確かにあまり寝ていない様子で、目の下にはうっすら隈があった。
「何から話したらいいのか……」
「殿下、では私から説明します」と、キアヌがキビキビと厳しい表情でJK3人組を見た。
「ラドメフィール王国には300からなる領地があって、それぞれの領主が領地の運営をしているのは前に話したと思うが、その中でも隣国との国境に位置する辺境の一つに『ドメック領』がある。その領主は国王より辺境伯の爵位を拝命している」
日本から来たJK3人組は貴族の爵位にはピンときていない様子だったので、デュークが説明を付け加えた。
「つまり、辺境における全権を任されている方で、王族の下に公爵、その下が辺境伯だ」
「よく分かんないけど、偉い人ってことだな?」
「そうだ、穂積」
「その人がどうしたんだよ」
キアヌがわざとらしく咳払いして口元を手で拭った。
「ドメック領主から緊急の知らせが飛び込んだ。空気の状態が急に悪くなり口を覆わないと外出できないらしい」
「空気の状態が悪くなるってどういう意味? その原因は分かっているの?」
皐月は鋭い視線をキアヌとデュークに向けた。デュークが応えて頷いた。
「ああ、ドメック領は魔法石の産地なのだが、その採掘中にガスが噴出したと聞いている。恐らくかなりの魔力をため込んでいた地層があり、そこを知らずに掘って穴を開けたから溜まっていた高濃度の魔力が放出されて空気の魔力濃度が一気に濃くなったのだと考えられる」
「魔力って、有難いものなのではないのですか? 魔力の少ない男性や女性などが取り込めば、逆に良い事なわけですよね? だって、先代の王様は無理して魔力を集めていたはずでしたし。そうですわよね? 皐月」
「うん、そのとおりだよ。稀星」
「魔力には適正濃度というものがあって、自然発生した魔力は普通の人間が取り込めば中毒になるほど強いものなのだよ」
ヘンリー殿下が苦しい表情を見せた。
「しかも濃い魔力は魔物の大好物なので、ドメック領に魔物が集まってきてしまいその対応にも苦慮している。もちろん王都から何度も騎士や魔術師を派遣しているが、解決の糸口すら見当たらない厳しい状況なのだ」
皐月は考え込んだ。言ってしまえば大気汚染で公害ということか。
「口を覆うってことは、つまりマスクを付ければ普通に生活できるレベルですか?」
皐月はヘンリー殿下の方を見た。
「ああ、但し『今のところは』と言わざる負えない。外気中の魔力濃度が高くなれば、魔力で結界などを構築できる家は別だが、木造や石造りの住宅を完全に密閉することはできないから、高濃度の魔力が家にも入り込むだろう」
「人間が住めなくなるエリアが増えるということだ」
キアヌの物言いに皐月は引っ掛かりを覚えた。
「増えるってどういうこと?」
「魔力濃度が高いエリアは、国の中に幾つも点在している、その拠点が一つ増えるっていうことだ」
「それって、良くない状態と知りつつ放置しているのか!?」
「穂積、仕方が無いんだ。今まで国の魔術師が広範囲に結界を張ったり、魔力が放出されている穴を埋めたり、色々やってみたんだが、全部うまくいかなかった」
ヘンリー殿下は静かに頭を左右に振った。
「そこへ来て、今回、隣国との国境にある辺境という重要な場所でも発生してしまった」
「辺境ってそんなに重要なのか? 外れにあるなら逆に影響無いんじゃないの?」
穂積は皐月の方を見た。
「だって隣国と国境を接しているのだから、こちらに問題があると攻め入れられる隙を作っているもんだよ」
「そーかぁ、そういう考えなのか……」
島国育ちの穂積と稀星は国境とか言われてもしっくりこないし、危機感もない。
「皐月、何か知恵はあるだろうか? アイデアがあればご教授いただきたい」
「うーーーーーん、直ぐにこれといった解決策は思い浮かばないけど、実際にドメック領に行ってみて、現場を見ればアイデアが湧くかも……」
皐月の発言にラドメフィール王国側は嬉しそうな表情をし、逆に穂積と稀星は不安な表情を浮かべた。
「皐月、そんな危険な場所に行くなんて、とんでもございません」
「そうだよ。危ないって、別に王都で考えればいいじゃないか」
「穂積、稀星。これは日本風でいうと、いわば公害問題だよ。このまま放置すると国を蝕むことになる。それに理論はどこにいても考えることはできるけど、机上の空論という言葉があるように、行ってみたからこそ現場でしか見えない気づきみたいなことがあると思うんだ」
突然稀星が真顔ですっと手を上げた。
「あのぉー、ドメック領って、遠いのでしょうか?」
デユークは頷いた。
「ああ、王都からは馬車で7日はかかるな。無論、転移魔術なら直ぐに行けるがな」
「ええーーっっ、そんなの無理だ――ぁ」
「何が無理なのさ、穂積」
「だってさ、皐月、自分は王都の復興の手伝いとシャングリラの手伝いもするってカミーラと約束しちゃったから……」
稀星も申し訳なさそうに右手を再度そろりと上げた。
「わたくしもウィルの看病があるから、そんなに遠いなら無理ですわ……」
先日の「お茶会革命」は、いわばカミーラ率いる騎士団対ユウキ宰相率いる魔術師団の構図となっており、肉弾戦や魔術合戦やらで王都の中心広場は滅茶苦茶になった。そして戦いでは、多くの怪我人が出た。
稀星の剣術の弟子であるウィリアム・ブラウンもその一人で、稀星を庇って攻撃の魔術を身体に受けてしまい、生死の境を彷徨ったが、デュークの治癒魔法の応急処置で一命を取り留めたのだ。
「わたくし、2日と開けずに看病に行っていますので、どう考えてもドメック領へは行けませんわ。でも、かと言って、皐月一人をそんな遠くへ行かせることも心配ですわね……」
「そうだよ。何しろ、皐月は自分たちの中で一番頭がいいけど、一番弱いもんな!」
「そのとおりですわ!!」
穂積と皐月はドヤ顔をして、どうでもいい理由で勝ち誇っている。
JK3人組の話しを注意深く聞いていたヘンリー殿下は、「ふむ」と頷くとキアヌを呼んで耳打ちした。
「お嬢さん方の言い分は、あい分かった。もし、皐月がドメック領への訪問を前向きに考えてくれるのなら、穂積や稀星に代わる護衛をつけるつもりだが、他に気になる点は?」
「別に、いいよ。独りで行っても」
「ちょっと!! 皐月、安請け合いはしないで下さいな」
「大丈夫だよ、稀星。実はヘンリー殿下に正式に呼ばれたなんて、頼み事だろうと思っていたけど、想定したより酷いものではなかったからね」
「どんなお願いだと思ったんだよ」
穂積は表情を曇らせて、飄々として表情を崩さない皐月を睨んだ。
「うーーん、例えば、ずっとラドメフィール王国に永住してくれないかとか?」
「えっ!?」 稀星が目をハートにした。
「例えば、穂積を勇者として神格化していいかとか?」
「いいわけない!!」 穂積が目を三角にした。
「例えば、……」
「もう、いいよ!!」
穂積が皐月の言葉を遮った。と、同時に応接室にノック音が響きヘンリー殿下の入室許可の合図に伴って扉が開けられた。
ドアから入ってきた人を見た途端、JK3人組は目を見開く。
「うっわー可愛い!!」
扉から入ってきたのでは、狐耳とフサフサのしっぽを持った、JK3人組と同世代位に見える女の子だ。耳と髪の毛、しっぽは銀色をしていて、ロングヘア―を一つにまとめている。腰にはサーベルを帯剣し、騎士の装いをしていた。
「皐月様、穂積様、稀星様、初めまして! エミリー・フォックス・ドメックです」
フサフサのしっぽがピンと上に上がった。
「エミリー少佐は、ドメック領の領主の令嬢であり、ドメック領にあるバジリスク騎士団の騎士でもあるのだ」
ヘンリー殿下の座る椅子の背後に立ったエミリーは、JK3人組に向かってキリっと敬礼した。しかし、後ろのしっぽはユラユラ揺れていて、彼女がJK3人組に興味津々な様子を隠せていない。目敏い皐月は「ぷぷっ」とこっそり吹き出した。
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