【第1章完結】「良薬草は口に苦し」とは限りません! ~薬草ソムリエ シャルロット・マテューの処方ノート~

六畳のえる

第1章 草推しのロッティー

第1話 草を愛してます

「うわっ、これスギナだ、珍しい。除草の液が効きづらいけど、むしろそこが魅力だよね! しんどくても心折れずに生きていく人間みたい。陰干しして乾燥したらお茶にしてみるかな。こっちの草は……え、待って、初めて見るかも。とりあえず洗って食べてみようっと。他に食べられる草は、と……」


「ちょっと、シャルロット! ボーっとしてないで急いでやってちょうだい!」


 ブツブツと話していたところを、何回か依頼してもらっているミトスおばさんに注意されて我に返り、「はーい」と返事して目の前の草をババッとむしった。日差しが照る中、玉のような汗の粒が額から頬を伝って腕に落ちる。かなり暑いけど、大好きな草を目の前にしていると全く苦じゃなかった。


 ラカレッタ王国、フーシェ村。北部にある王都から大分離れた南方のこの村で、私、シャルロット・マテューは草むしりの仕事をしている。他の家から依頼を受けてお邪魔する。部屋の片づけも炊事・洗濯の代行もしない。ただただ庭の草を引き抜くだけ。


「ミトスおばさん、終わりました」

「ああ、ご苦労さん」


 入り口のドアを開けて報告すると、彼女は水の入ったコップを持ってきてくれた。茶色い髪に交ざる白髪を目元に持ってきて、「年取ったみたいでやだねえ」とこぼす。


「芋が余ってるからあげるよ。この前誕生日だったんだろ? プレゼントってわけじゃないけどさ」

「ありがとうございます! はい、十七歳になりました」

「そっか、あれから二年も経つんだね……」

「そう、ですね。でも今はそれなりに元気にやってます」


 単純作業だからもらえるお金は少ないけど、十五歳のときに病気で立て続けに父母に先立たれてからは自分一人食べていければいいので、そこまで困ることはなかった。近くに親類もおらず、僅かな蓄えも尽きて十六歳でこの仕事を始めて早や一年。温暖な気候であること、丁寧な仕事ぶりを認めてもらったこともあり、絶えず仕事が入るようになった。


「それじゃ、この草、もらっていきますね!」

「ああ、いいよ。それも助かるんだ、処分するのは面倒だからね」

「いえいえ、捨てるなんて勿体ないですよ、こんな宝物! では失礼します!」


 大量の草を詰めた麻袋を担ぎ、ウキウキでスキップのような足取りで帰る私の後ろで「変わり者だねえ」という彼女の声が聞こえた。


「あ、シャルロッテ! また遊びに来て草のこと教えてね」

「もちろん! 君の庭、良い薬草あるから楽しいんだ」


 通りすがりの男の子に手を振って挨拶する。子どもは素直で可愛い。このままたくさん知識を授けて、いつか一緒に研究したい。


 でも、同年代だとなかなかそうもいかないらしい。


「見てみて、シャルロットよ。前にエイラの玄関に変な草置いておいたんでしょ?」

「え、草むしったゴミを置いてったってこと?」


 草だけに、根も葉もない噂を立てられている。実際は体調が悪いって隣の家の人から聞いたから、生のままでも食べられる薬草を置いておいたんだけど……「渡してね」って伝えた妹さんがちゃんと伝言してなかったのかな……。




「ロッティー、元気?」

「あ、イネス! うん、元気だよ」


 家に戻る途中、この村で唯一の友人と呼べるイネスが声をかけてくれた。ロッティーは私の愛称だ。


「またもらってきたの? 薬草ばっかり?」

「違うわよ。これは薬草かどうか分からないから食べたり汁を塗ったりしてみようと思ってるの」

「いつか体壊すわよ……」


 はあ、と深く溜息をつく。私とよく似た白っぽい金髪が、陽光を浴びてキラキラと輝く。私のは肩までしかないけど彼女は腰まで伸ばしているので手入れが大変だろうと思う。いつか草を原料に洗髪料を作ってあげたい。


「あと毒草もあるわ。このジギタリスってのは結構強いから、毒抜きの仕方をちゃんと理解しておきたいのよね。失敗しても少量なら泡吹くくらいで済むだろうし……」


 つい饒舌になってしまった私に向かって、イネスは「まったく」と苦笑した。


「ホントに草が好きなのね」

「うん、大好きだよ!」


 そう、私は草を愛している。色とりどりの華やかな花より、地味な緑にもかかわらず葉の形も匂いも効果も異なるあの草が大好きだ。天涯孤独で交際や結婚とも縁遠く、衣・食・住すべて切り詰めている残念な自分にも似合っている。


 私が草むしりの仕事だけをしているのもこのためだった。大好きな草がもらえる。薬草も毒草も、まだ未知の雑草も、全て私のもの。医者でも薬屋でもないから店を開くわけでもないけど、ただ一人で薬草を触り、毒草を味見し、研究することができる。


 正直、この近くの誰よりも詳しい自信があるけど、こんな名も知られていない女子が「これ、自家製の薬です!」と渡したところで、不安がって誰も口にしないだろう。でもそれでいい。単に好きで研究しているだけだから、分かる人だけ分かってくれればいい。「これ以上悪くなることはないし」と私の作った薬草のお茶を飲んでくれて体調不良を治したイネスのように。



 ラカレッタ王国では、薬草は割と日常生活に根付いている。村々は長閑のどかだけど、国土全てが安心安全というわけではない。未開の森には魔物が棲みついており、時折人里までやってきては家や畑に被害を与え、ひどいときは人間も襲う。そんなわけで剣士や弓の名手達が討伐チームを組んで攻めることもあり、薬草は痛みや病気を治すものとして重宝されている。そしてそれが普通の村人たちにも広まり、薬草を食べたり、お茶にして飲む機会が多い。


 でも実は一口に「薬草」といってもその種類は様々で、よく分からないまま飲んで「この村のは苦すぎる」なんて言って飲まない人もいる。そういう人が少しでも減るように、飲みやすくなる方法を考える。それが私の趣味だ。ちなみに毒草の研究も趣味。こっちはまるで人の役には立たない。



「そういえばロッティー、この前酔っ払ってなかった? なんか、あっちの酒場の方でフラフラ歩いてるの見たよ」

「あっ、あれか。えへへ、ごめん。薬草飲み過ぎてちょっと錯乱してたかも」


「ちょっと、ホントに気を付けてよね。最近アナタ、完全に周りから奇人変人扱いされてるわよ。すぐ自分の話をする人はいるけど、すぐ草の話する人は珍しいって。草を推しすぎなのよ」

「それいいね、草推し! 草推しのロッティー!」


 冗談を言って誤魔化すと、彼女は呆れたようにがっくりと肩を落とした。


「まあでも仕方ないか。前世もそうだったんだもんね」

「そうだね、長い縁ってことで」


 こんな不思議な話を信じてくれる彼女は、やっぱり貴重な存在だ。



 私はどうやら「転生」してこの王国にやってきたらしい。もともとは日本という国で、多種多様な薬草の利用方法を知る「薬草ソムリエ」という資格を取って漢方の店で働いていた。名前も草香くさかという筋金入りだ。素晴らしい偶然にも、この国に生えている草は日本のものとほぼ一緒で、記憶が蘇った今、知識がそのまま活かせている。


 この記憶を取り戻したのは、ちょうど父母を亡くして身寄りがいなくなった頃だった。せめて父母が大事にしていた草花は大事に育てようと思い邪魔な雑草を抜こうとしたところ、思ったより根が固かったようで、引っ張って抜けた勢いで頭を強打し、その瞬間前世の記憶が脳に溢れ出した。そんなわけで、一気に草への愛に目覚め、草むしりの仕事を始め、雑草もかくや好奇心と知識をぐんぐん伸ばして今に至る。



「あ、シャルロットだ。今日も草取ってきたの?」


 そう言いながら私達の方に向かってきたのは、六歳の男の子、ジョクだった。おっとりした子でいつも妹と一緒にいるけど今日は一人のようだ。外で飲みながら散歩しようと思ったのか、コップを片手に持っている。


「やあ、ジョク、元気?」


 うん、とイネスに手を振る姿をジッと見た後、私は彼の肩をトントンと叩いた。



「ねえ、風邪だよね?」

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