ざまぁ回① あまりにもお粗末な嘘

「え……?」


 突然の来訪者に、俺は驚きを隠せなかった。


 さっき時間を確認したとき、まだ18時にもまわっていなかったのを覚えている。

 郷山がくるにはまだまだ早いのに――なぜこんなにも早くダンジョンに姿を現したのか。


 それだけではない。

 郷山の後ろには、見覚えのある男子生徒が三名も見て取れる。


 いつも郷山に付き従っている子分的な存在で、もちろん、いじめの加害者でもある。みんなサッカー部か野球部に所属していて体格がよく、基本的に力では敵わないんだよな。


 その子分たちは、どういうわけか対魔物用の地雷を片手に持っていた。ここは弱い魔物しか出現しないので、基本的にそんなものは不要なはずなのに。


 こうなってしまっては、もう生配信どころではない。


「美憂――いや、ミル。配信の停止を」


「う、うん」


 小声でそう呟くと、美憂は急いでスマホの操作に取り掛かる。その際、なんだか「あれ、おっかしいな……?」と困った声を発していたが、正直それに構っていられる場合ではなかった。


「あん……?」


 そして、いったいどうしたことだろう。

 そんなミルを見て、郷山がぎょっとした声を発した。


「ああああああああああっ! まさかあんた、綾月ミルか⁉」


「……え?」


 スマホをいじっていた手を止め、美憂がきょとんとした表情を浮かべる。


「う、うん。そうだけど」


「おお、やっぱあんたこのへんに住んでたんだな! どうりで――って」


 郷山の言葉が途中で切れたのは、きっと脳内にひとつの疑問が浮かんだからだろうな。どうして綾月ミルと俺が一緒にいるのか……と。


「おい霧島。テメェまた綾月ミルにちょっかいかけてんのか? やめとけやめとけ。テメェみたいなカス、綾月ミルが相手するわけねぇだろ」


 ほらきた。

 いつものように上からヘラヘラ笑みを浮かべて、馬鹿にしたような言い方だ。


「綾月ミルに憧れるのはわかるけど、ストーカーまでやるなんてさすが霧島だな。うっわ~~、キメ~!」


「…………っ」


 怒りを抑えるように、俺が右拳を握り締めたその瞬間。


 そんな俺を宥めるようにして、美憂が俺の肩に手を載せてきた。


「違うよ君。それでいったら、私が筑紫くん・・・・を追っかけてる側かな?」


「は……?」


 ……おお。これはすごい。

 美憂はいま完璧に《綾月ミル》を演じているが、その声に若干の怒りが滲んでいるのがわかる。


「なに言ってんだよ。おかしいだろ」

 そんな美憂に対し、郷山が困惑顔で応じる。

「あんたが霧島を追っかけてる側って……どういうことだよ? しかもなんで下の名前で……」


「ふふ、そうね。まだ発表してないけど、この際言っちゃおうか」


 美憂は両手を腰にあてると、大きな胸を張って宣言した。


「霧島筑紫くんを、私のチャンネルのレギュラー出演者にしたいと思います! 彼は最初遠慮していましたが、私がストーカー・・・・したことで見事に実現したんでっす☆」


「な……なななな……!」

 そこで郷山が見せた間抜けな表情を、俺はたぶん一生忘れない。

「なんだとぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお‼」


「だから筑紫くんがここにいるのは、別に全然不思議なことじゃないよ? あなたと会うまでの時間を、配信にあてようと思っただけ」


「…………」


「それで……えっと、なんだっけ?」

 そこで初めて、美憂が少しだけ表情に怒りを見せた。

「たしかあなたたち、20時にここで待ち合わせするんだったよね。なのにこんなに早く訪れて……しかも対魔物用の地雷まで持ってて。……いったい、なにをするつもりだったのかな?」


「そ、そそそそそ、それは……!」


「しかも四人で来るなんてさ。これはちょっと、私も見逃せないかなぁ~?」


「くっ……!」


 なにも言い返せなくなったのか、ぐったりうつむく郷山。


 ……おかしいな。

 いつも論破されそうになったら、絶叫するか暴力に逃げるか、その二択なんだけどな。


 今回はそのいずれにも走らないらしい。珍しいこともあるもんだ。


「……俺のほうが、いいと思ったんだよ」


 果たして数秒後、郷山がぼそりと呟いた。


「霧島より、俺のほうがあんたのパートナーにふさわしい。俺のほうが――そいつより強い。それを証明するために、ここに早く来たんだよ」


「へぇ……? じゃあ、その地雷はどういう意味?」


「こ、これはこいつらが収納し忘れただけだ。俺は知らねえ」


「ふ~ん……」


 あまりにもお粗末な嘘だが、美憂はそれを指摘しない。あまりにも馬鹿馬鹿しいと思ったんだろう。


「それで? あなたはわざわざ、筑紫くんより自分のほうが強いって証明しにきたってこと?」


「そうさ。俺の所有スキルは《攻撃力アップ(特大)》。どうだ、俺のほうがパートナーにふさわしいと思わねえか?」


「そうねぇ……」

 そこで美憂はなにを思ったか、一瞬だけこちらを振り返ってウィンクしてきた。

「そしたら、サシで決闘してみたらどう? それならあなたの強さを証明できるんじゃない?」



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