陰キャの決意

「…………」


 ミルを見送ってからというもの、俺は気が気じゃなかった。


 いくら考え続けても、彼女が緊急モンスターに勝てる可能性は皆無。

 河崎たちは四人チームだったからまだ脱出できただろうが、彼女がひとりで挑むには……明らかに無理のある相手だ。


 しかもこういうときに限って、新たな探索者が姿を見せてくれない。


 自分より強い人間に彼女の援護を頼もうにも、それさえもできない状況だ。


 もちろん、できることなら俺自身が彼女を助けたい。

 しかしそれができるほどの実力がないことは……自分が悲しいほどよくわかっている。


「父さん……」


 なかばパニックに陥りかけていたとき、ふと父親の顔が浮かび上がった。


 

 ――筑紫。おまえは父さんの血を引いてるんだ。きっと強いスキルを獲得するに違いないぞ――

 ――ん? なんで父さんがいつも片目閉じてるかって? はっは、これはな、大事な人を守った証なんだ――

 ――だから筑紫も、大事な人を守れる人になりなさい。決して自分のことだけを考えているような愚か者になるな――


 そう。

 生前、父さんは凄腕の探索者としてその名を全国に知らしめていた。


 母さんも同じく探索者で、ピンチに陥りかけていた当時の母さんを、その身を挺して助けた。それが二人の出会いだったらしい。


 そんな父さんが亡くなった理由も……やっぱり人助けだった。


 とあるダンジョンを探索していたとき、急に大型の魔物が数体現れたんだったか。

 当時は父さんと母さん――そして他二人の探索者パーティーだったと聞いている。


 ただでさえ強敵との戦闘後で疲弊しきっていた父さん一行いっこうは、あまりにも絶望的な状況に、その場にいた誰もが死を覚悟したらしい。


 それでも……父さんだけは震える身体で立ち上がったんだ。


 ――俺が時間を稼ぐ。おまえらはとっとと逃げろ‼――


 ……このような事件があってから、母さんは探索者を引退した。


 自分が最愛の人を見殺しにしたのだと。

 自分に探索者たる資格はないのだと。

 そしてなにより――自分がまた不慮の事故で死んでしまったら、俺を育てる者がいなくなるのだと。


 だからいまはスーパーのパートと夜間の新聞配達を兼任し、この歳まで俺を育ててくれた。


 母さんはいまでも父さんを愛してると思う。

 いついかなる時も、誰かのために行動できる男。それが父さんであったと。


 その血を引く俺は――ここでミルを見殺しにするのか? それでいいのか?



「やぁぁぁぁぁあああああああ‼」



 突如聞こえてきた悲鳴に、俺は身を竦ませた。


 これは間違いなくミルの絶叫だ。やはり無謀な戦いに挑んでしまったか。


 わかってる。

 俺が行ったところでなんの意味もなさない。

 彼女が逃げる時間の、せいぜい三秒を稼ぐので精一杯かもしれない。


 でも、それでもいい。

 たった三秒でも稼ぐことができれば、俺は少しは――幼くして亡くなった父の背中に追いつけるかもしれない。


 そう決断した俺は、咄嗟に悲鳴のした方向へ駆け出すのだった。


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