第13話 Quietly, Stealthily, Carefully
「では、急ごう、アオイ。ここは安全地域から危険地域になったとマッティは判断する」
「そ――そんな! 急に言われても……!」
「ドローンとビデオカメラとLEDライトは確保した。水と食料は持てる分だけでいい」
か、か、か、かん!
鉄板製の階段を駆け下り、スチールドアから建物内の階段へと飛び込むように移動する。そして、できるだけ早く二階の売り場フロアまで駆け下りると、仮の
(この中身は……もういいや!)
それから、浦和暁月女子の校章が入ったボストンバッグを逆さにして、中身を一気に
「いけるか? では、ここを出よう」
「ね――ねえ? マッティ? お願い――!」
あたしはマッティが指示する方向に薄闇の中走り出しながら、乱れる息の合間に尋ねた。
「マッティを疑ってるワケじゃない。けど! 何があったか、あたしにも教えて欲しいよ!」
「そ、それは……」
「あたしは大丈夫だからっ!」
あの人たちがどうなったのか――いや、これから先、あたしたちの前に何が待ち受けているのか知らなければいけない。この先に進もうとするなら、何を覚悟しなければいけないかを。
マッティはしばらく考えてから、ゆっくりと『見た光景』を説明する。
「あの、もっとも規模の大きかった『敵』の封鎖戦の中央に、スフィアが落着しているのが見えた――それも複数。そして、戦闘の痕跡が見えた。しかしそれは……恐らく一方的な虐殺」
「――! ……つ、続けて?」
「辛うじて生き残った者たちと、『ノグド
「そ……う……」
「さらに説明が必要か、アオイ?」
「……ううん。もう、いい」
マッティが悪いワケじゃない。
あたしがそう望み、マッティが説明してくれたのだから。
それでも今は、少しも取り乱すことなく冷静に状況を説明するマッティを、怖い、と思った。
「こちらのルートを使おう。念のためだとマッティは補足する」
「……うん。分かった」
「やはり、衝撃は大きかっただろうか、アオイ」
「………………うん。ありがとう、マッティ。大丈夫だから」
電気屋さんの裏手から出て、慎重に周囲の状況を確認したあたしたちは、そのまま国道4号線沿いには進まず、環状7号線と並行に走っている裏道を東へ進んでから、鬱蒼とした木々が生え半ば廃墟化している空き家らしきものがある小道を曲がった。しばらくすると正面にMEGAドン・キホーテが見えてきた。あそこはもう環状7号線だ。全身に緊張が走り、
「そこの建物の陰で一旦停止して欲しいとマッティは依頼する。偵察機を使おう」
「了解」
まもなく、というあたりに小さなY字路があり、その右側に大きな倉庫があった。これなら向こうからは見えないだろう。そこに寄りかかるようにして、ドローンを飛ばす準備をする。
「電線に引っかからないことを祈ってて、マッティ! あたし、この暗さじゃもう見えないよ」
「大丈夫。アオイは幸運の持ち主だ」
ふるるるる――。
ドローンの四枚の羽根が静かに回転し、ふわり、と機体が宙に浮かび上がった。倉庫に背中を預けた状態では、進行方向と旋回方向はいつもと逆だ。そのことを意識しながら操作する。
「……ど、どう? マッティ? 見える?」
「ああ。順調だ、とマッティはこたえる」
スマートフォンのスクリーンに映し出された映像は、もうすっかり陽も落ちてほぼ真っ暗だった。あたしは操作に集中するためだけ、と言い聞かせて凝視することはなかった。怖いのだ。
「……なるほど。グッド」
と、マッティが何かを見つけたようだ。
「この先には封鎖線がない。『敵』らしき存在も確認できない。進むことができそうだ」
「あそこ……灯りがついてるね」
環状7号線沿いのMEGAドン・キホーテは
「ああ。だが動きらしきものは見えない。誰もいないことを願おう」
もしも、あの店内に、あたしと同じようにまだ生きている人がいたら――とすがりたい気持ちが湧いてきたけれど、今はどんな人間よりも、あたしの手を借りなければ動くことすらままならないくまのぬいぐるみ――マッティの方が心強かったのも事実だ。あの時のこともあるし。
「偵察機を帰投させよう。今がチャンスだとマッティは判断した」
「わ、分かった。今やるね」
集中力を切らさないよう慎重に操作を続けて、ドローンを目の前のアスファルトの上に着陸させると、折り畳んでボストンバッグにしまい込む。バッテリー残量が気になったが、確認するのはあとにしよう。今はまず、この先へ進むことが第一なんだから。LEDライトも消した。
「慎重に、音を立てずに、だ。アオイ。路地を出たら、いつものように」
「わ――分かってる。マッティを先頭に、周囲の安全を確認、だよね?」
そろり、そろり、と進んで行ったあたしは、環状7号線と合流する地点で立ち止まると、マッティを右手に握り締めてこっそりと突き出した。マッティのプラスチック製の目が油断なく周囲の状況を確認する。しばらくそうしていると、マッティは振り返った。
「誰の存在も確認できない。今なら進んでも問題ないとマッティは判断した」
「うん。姿勢を低くして、だよね?」
姿勢を変えた途端、ボストンバッグの中身が、がちゃがちゃと音を立てたが、あまりに静かすぎてあたしには建設現場の騒音並みのボリュームに感じられて、ひやり、としてしまう。
両側二車線ずつの広い環状7号線上には、ほとんどと言っていいほど車の姿は見えない。でもそれって逆に言えば、動くあたしの姿はどうしたって目立ってしまうということだ。
「……余計なことは考えない方がいい。動き続けることだ」
「わ、分かってるよ」
中央のガードレールをまたいで、急ぎ過ぎず、ゆっくり過ぎないスピードで動き続ける。誰かに見られているような緊張感が続く中、ようやく反対側の路地まで辿り着いた時には、心底、ほっとしたため息が漏れていた。さっきまで気づいてなかったけれど、手が汗でびっしょりだ。
「よくやった、アオイ」
「う、うん。ありがとう。……止まらない方がいいんだよね? このまま、まっすぐ進む?」
「元のルートに戻りたいが、しばらくはこのまま進もう。大きな道は、リスクも大きい」
「そ、そうだね」
あたしはうなずき、LEDライトをつけて、誰もいない夜の街を歩いていく――東京を目指して。
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