怪物の遺書

愛杉 真歩

怪物

 四月の中旬、桜が未だ少し残っている季節だった。海沿いの学校では夕方に中学生が休み明けで背が伸びただとか、痩せただとかよく聞く話を大声でしている。ずらりと並んで横断歩道を渡り、それぞれが別の道で帰る。然し、学校を出てから離れることも無く同じ道を歩いている三人組が居た。彼らは住む家も、市町村も違う。だが何故同じ道を歩くか。答えは簡単で、常に仲良く遊んでいる四人組がの内一人が不登校で、昨晩放課後に三人で家に来いと言う内容の連絡があったからだ。何か嫌な予感がした三人は一緒に家に行くことにしたのだ。

「暑い、もう水筒の中身も空になってしまった。」

一人の女子が呟く。容姿端麗の運動部に所属している女子だ。人からの人気もあり、不登校の女子とは親友だ。大きな瞳の色は焦茶で、髪は限りなく黒に近い茶色だった。肩まで伸ばしているが、邪魔なので後ろで一つに結っている。静かにしていれば男子からの人気もあっただろう。

「だから買えって言ったのに。」

四人組唯一の男子が彼女に指摘する。彼女と同じ運動部で学校一足が速い。休みの日は野球に打ち込み、毎日多忙を極めている。秀才で瞬足で優しいのに女性人気が薄いのは、関わっている人間と坊主頭の所為だろう。

「まぁまぁ、家に着いたらお茶か水を出してもらいな。」

四人組を纏める女子が二人を宥める。部活動で部長を務める程にしっかりとしている彼女は、変人の集いを纏めるのにさほど苦労はしていない様子だ。毒舌だが、的確な指示ができる人物でもある。これから向かうのは突然音信不通になり誕生日前日だった昨晩連絡が来た女子の家。今日、十五歳の誕生日だ。特別な日に呼ばれたんだ。何か起こることを察知して家に近づいて行く。

 家に着き呼び鈴を鳴らしても返事はなかった。扉に鍵が掛かっていなかった為、遠慮なく家に入る。ドクドクと五月蝿い音が聞こえる。妙な不気味さを感じる三人は二階の少女の部屋の前に経つ。

「…ここまで何も人が生活している音が聞こえないと気分が悪いな。」

男子がゆっくりと扉を開ける。そこには、見たくもなかったものがあった。三人はその光景に叫んだりしたりするのでは無く、只、呆然と立ち尽くしていた。そこにあったのは、友人の、死体だった。

 警察に通報して待っている間、三人で友人を囲う。首吊りをして意識を失った後、ロープごと落ちて頭を部屋の中央にある机に強打して亡くなったのだろう。頭からは血が流れていた形跡があり、体はほぼ冷たくなっている。机の上には彼女が愛用していた黒い表紙の本型のメモ帳があり、横には買い集めた中で最も使いやすいと言っていた万年筆が置かれていた。何かこれに書いてあるかもしれないと彼女の親友は真っ先に内容を読み始めた。そこには彼女の意志と決断と生涯が細かく書かれていた。

「これを読んでいるということは、私の死体を見たということだろう。お疲れ様、忘れられないね。気持ち悪かっただろう。最期に何故か脅かしたくなったんだ。すまない。だが、これから書くことは更なる衝撃を与えるだろう。これだけは忘れないで欲しい。ここに書いてあることが嘘偽りのない本当の私だ。思っていた私と違うかもしれないが、受け止めてくれると有難い。

 先ず、私の産まれた時から幼稚園児までの頃の話を書こう。私は一般の家庭より少し金持ちの家に産まれた。然し普通に生まれた訳じゃない。私の胎盤で産道を塞いでしまったのだ。到底、自分では出られない。故に帝王切開で産まれることになった。恐らくこの頃から母は私が嫌いだっただろう。母は理想に生きる人だった。理想じゃないものはとことん嫌い、理想に無理矢理でも近づけようとする。そんな人間だ。母の理想の出産は小さな病院で、静かに、豪華な食事を摂り乍らするというものだった。その理想は叶わず、市立病院で病院食を摂り手術台の上で私を産んだ。母は、十四年経っても私にその話を恨めしいと言わんばかりにしてきた。凄く申し訳なかった。そこからは理想通りに育ったと思う。外に出ても家に居ても泣いたりはせずに、大人しくずっと寝ているような子だった。祭の大きな音でも目覚めることはなく、手間がかからなかった。そして幼稚園に入り、様々な子達との交流を持つようになった。成長に伴い玩具も増えてきた。人形やぬいぐるみ、音のなる楽器の玩具。どれも丁寧に扱ったと思う。今見たら傷があまり付いていなかった。親に言われずに片付けをして驚かれたこともある。周りの子達が親をママパパと呼ぶ中、私はお母さんお父さんと呼んでいた。これも驚かれた。級が上がる事に年下の子とも関わる機会が増えてきた。私は同級生の弟や妹などを押し付けられたが、人の為尽くせるのは幸せだとその頃から思っていた私は喜んで遊んだ。そして、毎朝の体操の時間になるとその子の組まで送り届けていた。先生に褒められて嬉しかったのを覚えている。家ではと或るゲームの二次創作を見ていて、話が通じる子が居なかった故に私だけの楽しみという秘密のような背徳感がたまらなく好きだった。理想通り育った私は、母にとっては宝のように大切だっただろう。

 楽しかったのはここまで。小学校に入学した私は地獄のような、否、地獄の方がマシだと思う程最悪の人生を歩むことになる。一年生になり、私の胸の中は夢と期待でいっぱいだった。どんな子がいるんだろう、友達はできるかな。そんな、ありふれた夢を持つ普通の女の子だった。現実は甘くない。近所に住む女の子と仲良くしようと、友達になろうと私は共に遊んだ。かけっこ、だるまさんがころんだ、おにごっこ、一度は聞いた事があるようなもので遊んだ。ふと思ったが、我々は何時いつこの遊びの規則を知るのだろうか。不思議だ。人間というものは。そんなことはさておき、上記の遊びを繰り返していたら私はいつの間にか六年生に目を付けられていた。本当に意味がわからなかった。どうやら、遊んでいる時に何時も私が勝つから姉とその友人一人にいじめさせたらしい。成程、卑怯だ。年上から受ける暴言は幼い子供からすると恐怖だ。私は時が経つにつれ我慢が出来なくなっていった。そして、当時の担任に相談した。彼女はとても生徒思いの良い人間で、接しやすかった。彼女は六年生二人と私を呼び話し合いをして、接触禁止という結果に導いてくれた。その後も話を聞いてくれたりした。本当に良い人だった。

 二年生になり、環境も変わった。怖い六年生は居ないし、優しい人ばかりだろう。油断した。私は理由が解らない儘、無視された。そして濡れ衣を着せられたり、暴言を吐かれたり、本当に意味がわからなかった。どうして、と言っても聞いてもらえなかった。当時の担任は厳しくも愛情のある人だった。私に心配をしてくれたり、話を聞かせてと言ってくれる人だった。私は迷惑をかけたくなかった。明るく元気な先生の顔を、心配で染めたくなかった。そこで私はと或る決断をした。カウンセラーだ。そこなら親身になって聞いてくれるだろう。予約制だった為、空いている時間を記入し、提出。短い期間で話し合いができた気がする。私はされた事を素直に全て話した。心が一瞬軽くなった。一瞬だけ。翌日、私は担任に呼び出された。どうして相談せずにカウンセラーの所へ行ったのと言われた。カウンセラーには守秘義務がある筈だ。私の許可なしに担任などの人間に話す事は禁止されている。何故だ。私はそこから少しずつ人を信用出来なくなっていったと思う。担任には謝り、無視をした子達は私に表面上のみ謝罪した。その後も軽く続いたから反省はしていなかっただろう。全く、気味が悪い。この頃から人に対する不信感が、私の中にふつふつと湧いてきただろう。

 三年生までは幸せに過ごすことが出来た。担任に恵まれたと思う。とても優しい若い男性教師だ。誰に対しても平等に扱い、人から愛される性格をしている。二年の頃の担任と関わりがあったようで、とても素晴らしい対応をしてくれた。私はこの時漫画を描くのに夢中になり、寝る前や風呂に入っている時に構想を練っていた記憶がある。初めて大好きになれるようなアニメに出会い、家に帰れば時間が許す限りずっとそのアニメを見ていた。学校で嫌なことがあっても、そのアニメ見れば忘れることが出来た。私もこういう様な演技がしてみたい、声優になりたい、という様な夢を見てしまう程に大好きだった。学校では幼稚園の頃から仲の良かった女の子に騙され、好きだった男の子から離れる決意をした。今となってはどうでもいいが当時は迚も辛かった。他にも少しでも変な事をしたら責められ晒されるという風潮が流行り始めて、周りの言う普通になれなかった私はその標的になっていた。然し辛いと担任に訴えれば相談に乗ってくれて、助けてくれた。私は担任が大好きだった。そういえばこの生徒たちから逃げる方法を見つけた。中学受験。私は自分が助かるために勉強を始めた。

 四年生からの記憶が曖昧になっている。調べたら辛く苦しい記憶は脳から消される様だ。便利な作りになっているもんだ。覚えていることといえば、担任が最悪の人間だったということと、周りの人間を人間と認識したくないと思い始めたという二点のみだ。風潮は収まらずに寧ろ悪化していた。然し担任は助けてくれずに、何とかなるよという感じだった。腹立たしい。見世物にされる状況に耐えきれず便所に逃げ込むも、二、三人の生徒に引きずり出されまた見世物にされる。慣れというものは恐ろしい。人々が喜んでいると考えたら耐えれた。担任にも我慢強いと言われた。私の中には三つの信念が呪いのように蔓延っている。努力、貢献、奉仕。そのどれかが満たされていないと私は私を保てなくなっていた。満たすために友を作ったことを今でも後悔している。アイドルになるという夢を見る三人の少女。思い出すだけで吐き気がする。傲慢で怠惰な三人の手伝いを自ら名乗り出た私も、傲慢で怠惰だったのだ。心の癒しといえば、受験の為に通い始めた塾だ。そこで何人か愚痴を話せるような友を作れるようになった。些細な幸せが私を支えてくれた。塾はそんな幸せのみでは無い。現実は辛いものだった。試験の成績が毎月張り出されるが、私は常に最下位だった。教師には落ちこぼれと称された。この落ちこぼれという称号は今この瞬間も私を苦しめている。

 五年生になった時には周りの人間が怪物にしか見えなくなった。三人の友には裏切られて、担任は私を嫌い、私の言うことを何も信じなかった。何かあれば私の所為にしてきて無理やり解決させてきた。人を好きになれば呼び出され、お前は人を好きになってはいけないと怒られた。そんな学校に通うのが嫌になり、時々休むようになった。母はそんな私を見て狂ったのか、突然部屋に入ってきては殴る蹴るの暴行、理想というくだらない思想で染めようとしてきた。その所為で両親が良く喧嘩をするようになり、私がいけないんだ、もっとちゃんと強くならないと、そんな考えで頭がいっぱいになっていた。助けてくれる大人はいなかった。自殺を何十回も企てた。風呂で入水、部屋の天蓋で首吊り、カッターで斬首、何度も何度も自殺をしようとしたが、痛みと恐怖に耐えきれず失敗に終わった。一度母の目の前でしようとしたら、お前は死んでしまえ、早く死ね、お前なんて産まなければよかった、死ぬ度胸も無いくせに、クソ野郎、と責めて、挙句の果てには二階の窓から突き落とそうとしてきた。父が止めてくれなかったらその時死んでいたかもしれない。私に居場所は無かった。本当の自分なんて見つけられないし、見つけて貰えない。人生に対する諦めがあった。

 六年生になったらと或る感染症が世界中に蔓延した。その為二ヶ月ほどの休校、分散登校が行われた。分散登校の時に仲良くなった女の子は学級の中心人物で皆の人気者だった。私は金魚の糞のように彼女に着いて回ることしか出来なかった。何ヶ月か経った後には人との関わりが出来始めて、特技も目立った長所も綺麗な顔も無かった私は、人から求められることが迚も嬉しかった。少しの優しさで満足していた私は、言われた儘動くことしか出来なかった。人の為に働くことは幸福だ。そう信じて疑わなかった。だが、恩を恩で返される訳が無かった。帰ってきたのは仇のみ。良いように使われた後、私は再び晒し者にされ、人々の正義とか普通に反すると罵詈雑言を浴びせられた。五年生の時と同じ担任だった為、救いは無かった。私は自分の身を守る為に逃げた。一月から私は不登校になった。そして受験勉強に励んだ。二月に合格し、私は救われた気になっていた。

 中学に入学後、私は初めて人に優しくされた。人の温かさは一度知っては戻れない事を知っていたが、自分で自分を甘やかしたかった私は、何も考えないようにした。友達も出来た嬉しさは何よりも甘美なものだった。ただただ、楽しかった。だが落ちこぼれは何処まで行っても落ちこぼれだ。成績は最低で、運動は最下位。母との関係も悪く、人は変われないんだなと痛感した。夏休みになったら、初めて三人の友達とお泊まりをすることになった。一泊二日、友達の祖母の家に泊まった。最初は楽しかったが、夜になったら恐怖を覚えるような体験をした。隣で寝ていた女子に首や胸、臀部や太腿を触られた。耳には荒く熱い吐息がかかっていた。不愉快極まりない。然し友達を失う恐ろしさから逆らうことは出来なかった。お泊まりが終わった後に遊びに行ったりもしたが、服を変だと弄られたり、身体を触られたり、貧乏だと言われたり、私のいない所で悪口を言ったり、耐え難い事をされた。故に一月に担任に相談した。厳しくも平等に扱ってくれる人だと思っていた。どうやら期待をしすぎたみたいだ。相手の方が成績もよく、先生に気にいられていた為、私の言うことは信じて貰えず私が謝って絶交で終わった。彼女の口から謝罪を聞くことは出来なかった。その事を十二月位に出来た当時の親友に相談したら、私の味方だと言ってくれて、私を守ると言ってくれた。私達は常に二人で居て、壁は殆ど無かった。私達は最強なのだと、確信していた。

 二年生の頃は本当に幸せだった、差別無き自由とはこの事を表すのだと、心の底から思っていた。勉強以外に悩みは無かった。皆平等に話してくれて、本当に楽しかった。毎日幸せな気分で学校に通い、友達を作ったりした。理科の実験班で仲良くしていた三人とは、今でも仲良くしていた。死体を見せてしまって本当に申し訳ないが、許してくれ。九月に某遊園地に遊びに行った時、ずっと会いたかった尊敬している憧れの人物に会うことが出来た。予告も何もされていなかった為、私は感激してずっと泣いていた。彼は四年生の頃に観た動画に出ていて、映画に登場する人物に関する遊園地独自の人物達らしい。自分を美しいと称し、仲間思いだ。生き方や信念も素晴らしい。詳しいことは特定されたくないので書かないが、本当に大好きな人物だ。会えて本当に良かった。彼を親友も知っていて、彼の仲間と話したことがあると永遠に自慢されたが、尊敬している彼では無いのであまり嫉妬はしなかった。そんな親友ともお別れだ。私を弄った彼女とやけに仲良くしているので、相談した事を忘れたのかと思い聞いてみたら本当に忘れていて、あろう事か彼女の味方をし始めた。全部お前が悪いと、責任転嫁された。私は怒りに包まれ、彼女を罵った後絶交した。嫌いな彼女は親友だった人に推薦されて副生徒会長になった。私は会長に立候補するも落選した。

 学校の話はもう辞めよう。母の話を書いていこうと思う。九月の後半だったか。私は暴行や暴言や思想の押しつけに耐えきれず、父が出張している時に喧嘩をした。そして、頭に携帯電話を投げつけた。母は痛みで怒り狂い私の腹を何回か蹴った後通報した。救急車と警察が来て私は警察署に連れて行かれ、一時間程取調べが行われた。虐待の詳細などを詳しく紙に書き、父方の祖父母の家で預かってもらえることになり警察官二名と家に車で行って、必要最低限の物を持って、家を出た。祖父母の家に着いてしばらくの間警察と祖母が話していた。そして二ヶ月ほどそこで暮らした。祖母は毎日のように母が可哀想だと言ってきて、家に帰り仲直りしなさいと言ってきたが、断った。祖父は頑固だと思っていたが、意外に話を聞いてくれて、優しくしてくれた。一週間に一度父と外食をして、話し合いをした。児童相談所の人は母と仲直りしようね、と私を守り話を聞く気は無かった。母が家を出ていくことになり私は家に帰れた。自分の住んでいた家は落ち着く。料理を自分でしたり色々大変だったが、母の居ない家は暮らしやすかった。暫くした後、住む所が無くなった母が家に戻ってくると父に言われ、私は憤怒したが、結局何もすることは出来ず母は帰ってきた。会わないように父が試行錯誤し、時間を細かく決め家で暮らすようになった。母の作る料理を口にするのも苦痛で、母が居るという状況も苦痛だった。そして母が怪物だと思うようになった。部屋にいる時に扉の向こうからする足音、声、何もかもが恐怖でしか無かった。怪物と暮らすのはもう嫌だった。

 そして今に至る。全部書きたいことを書けた訳では無いが、書いて良かったと思う。遺書を書くのは初めてなので、所々可笑しい点が有ったと思われるが、まあ、笑ってくれ。私は気付いたんだよ。この世界に怪物なんて居なかった。元同級生も、母も、人間だった。怪物は私なんだ。正義に歯向かい普通に生きられなかった私が怪物なんだ。そして死ぬ事を決意した。この世から怪物は滅ぶべきと昔から考えていたからね。私は産まれてきたこと自体が罪なのだ。理想を嫌ったことは悪なのだ。罪から逃れてはいけない。私は此処で死に、世界を怪物から守る。縄を買った。机もある。準備は完璧だ。心残りが無い訳では無いが、誰かがやらねばいけない事で、その誰かが偶然私だっただけだ。仕方が無かったんだ。私はこれまで人々に嘘をつき夢を見せてきた。我慢強く、優しいが馬鹿な私という夢、嘘からしか得られない夢がある。解ってくれ。私には私を見つけることが出来なかった様に、誰も本当の私を見つけることは出来なかった。私は許されたいんだ。許されたいんだよ。だから罪を認めて死ぬ。今此処で死ぬ。逃れない。私は世界を怪物、私の手から守る。お前達が幸せに暮らせるように死ぬ。死体は煮るなり焼くなり好きにしてくれ。私はやる。夢は結局死ぬ迄諦めることが出来なかったな。それ程なりたかったのだろう。夢を諦める努力は沢山したよ。喉が壊れるように無理矢理大きな声を出したり、色んなアニメを見て実力の無さを感じたり、歌ってみて音痴という事実を認めようとしたり、声を録音して聞いてみたり。でも、諦められなかったな。何でだろう。私の声は低くて、気持ち悪くて、嫌われているのに。いや、怪物の声としては合っているのだろう。そういえば産まれたばかりの時に看護師さんに泣き声が怪獣と言われていたらしい。その時から人間では無かったのかもしれない。もう、どうでもいいな。

 最後にお前達に言うことがある。愛している。こんな怪物と仲良くしてくれてありがとう。優しくしてくれてありがとう。お前達は私の心の支えだった。お前達のおかげで死ぬ事を決意できた。本当に心の底から愛している。ありがとう。逝ってきます。」

 警察が来た時、三人は何も言わずに警察署に行った。遺書の内容は良く覚えている。屹度死ぬ迄忘れられないだろう。彼女が自分を怪物と称さねばならなかったという事実は、強くこの世に残っている。と死亡した少女の一番の親友は語った。遺された三人が出来ることはもう彼女が天国に無事行けることを願うばかりだ。

 彼女が死んで何日か経った。周りはもう彼女の存在を忘れようとしているのかもしれない。一人が死んだところで世界の動きが止まる訳は無い事は知っているが、世界の残酷さには何時も驚かされる。彼女の葬式に出た時に、三人はやっと死を実感したようだ。死体まで見ているのに。親友がこっそり彼女の家からと或る物を持ち去った。夢、と書かれた封筒の中にはコンパクトディスク二枚と、様々な声優養成所の冊子が入っていた。片方には親友専用と書かれている。三人でパソコンにコンパクトディスクを入れると。ボイスサンプルがあった。自己紹介と書かれたファイルを選択し、再生する。彼女は名乗った後に続けてこう言った。

「特技と長所は今、探しているところです。短所は弱虫で長文を覚えられないところです。外郎売も最初の所までしか覚えていません。好きな食べ物は刺身こんにゃくです。酢味噌をたっぷり付けて食べるのが好きです。宜しくお願い致します。あぁ、やっぱり駄目だ。良い所が何一つ無い。こんなので声優になりたいですなんて頭可笑しいな。はは。どうせ提出しないし、台詞も言っちゃって良いよね。誰にも聞かれませんように。」

この後台詞を四個読んで、気持ち悪いなと言った後に録音を停止したようだ。聞いてしまったことに罪悪感を感じたが、初めて彼女の地声を聞けて良かったと三人の中で完結した。これが彼女の言う低い気持ち悪い声なんだなと思った。彼女がそう言うのならば、そうなのかもしれない。その後親友専用と書かれたコンパクトディスクを再生する。それは動画だった。

「久しぶり、自己紹介聞いちゃったか。恥ずかしいな。動画残した方がいいかなって思って。喋ってる方が言いやすいしね。単刀直入に言うと、最近全然眠れてないんだ。ほら、隈が出来てる、隈だよ、気持ち悪いね。肌荒れも酷いんだ。最悪。後で遺書書くんだけどさ、それ先読むかな。家庭環境が良くなくてね。かなり精神的にキツいんだ。頭痛吐き気とか常にするし。嫌だね。薬飲んでも治らないんだ。医者に医療の力ではもうどうすることも出来ないって言われちゃったよ。そうだ、お前達には夢はあるか。あったら絶対諦めんなよ。私は諦めるけど。ははは。私は怪物だから夢を見る資格なんて無いんだけど、お前達はただの人間だ。夢見て、叶えて、墓に来て教えてくれ。幸せだよって。遺書は公開するなり自由にしてくれ。公開してくれた方が私的には嬉しいが。何故かって、秘密だよ。お前達の事を思って話せてよかった。不幸にならないでくれよ。じゃあな。」

三人はこれを見て何を思ったのだろうか。其れは解らないが、彼女の願いを叶えようと決意した事は解った。このコンパクトディスクは宝箱にでも入れて、何時でも見れるようにした。

 怪物はこの彼女だったのか、それともその他の人間だったのか、そもそも居なかったのか。真実は誰も知らないし、哲学的な内容であることは解っているが、考える事に意味があるのかもしれない。これだけは言える。彼女以外に自分を怪物だと思う人間を生み出してはいけない。普通から逸れていても、大多数の正義に適していなくても、人間は人間だ。怪物は滅し、この世にはもう居ない。今この世に居る人間が自殺してもしなくても彼女が知る可能性は低いが、少なくとも見知った人間には死んで欲しくない。自分の為にも。三人は遺書を世間に公開し、議論を生んだ事を後悔していない。

 願わくば、怪物と自称する人間が居ませんように。伝えたかったのはそれだけだ。

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