27.カエデの恋心
早朝の令華高校。
少し早めに学校についてしまった橘カエデが、靴入れの前に立ち真琴の上履きをじっと見つめる。面白半分でやっていた悪戯。彼女の靴を隠したり投げたり、何気なくやっていた事だが今はその手が止まる。
(三上さん……)
カエデの脳裏には『演劇祭』の時にひとり立ちあがって真琴を応援した龍之介の姿が焼き付いている。憧れだった三上龍之介が真琴と繋がっている。
蒸し暑くなってきたこの時期。カエデは汗が滲み出た手で掴もうとした真琴の上履きをじっと見つめてからひとり教室へと向かった。
「真琴、一緒にお昼食べよ」
その日の昼食、友人の涼子が真琴に声を掛けた。
「食べよ!」
真琴もそれに笑顔で答える。
ずっと教室の隅でひとりで食べていた昼食。本を夢中で読んでいるように見せかけ、『私はひとりで大丈夫』と言ったオーラを必死に出していたあの頃。誰かと食べるお昼がこんなに楽しいとは思っていなかった。
「朝比奈さん、隣いい?」
そう声を掛けてきたのは一緒に劇を練習した女の子。『演劇祭』以降仲が良くなった子だ。
「いいよ、ここ空いてるから!」
真琴は隣のスペースを空け、彼女が椅子を置く場所を作る。
「うわー、これ誰が作ったの?」
その女の子が真琴の弁当を見て驚く。料理が得意な真琴。もちろん弁当も自作だ。
「一応自分で作ったんだけど、昨晩の残りだよ」
キヨと同居していた時よりたくさんの料理を作るようになった真琴。単純に龍之介が食べる量が多かったのだが、真琴自身そんな彼がご飯を食べる姿が好きで、いつも頑張ってたくさん作ってしまう。
「朝比奈さん、家で料理してるの?」
「うん、一応」
少し照れながら答える真琴だが、意外な女子力の高さに友達が驚く。女の子が真琴の弁当を覗き込んで言う。
「ねえ、このから揚げ貰っていい?」
真琴の弁当の中にあった美味しそうなから揚げを見て女の子が尋ねる。
「いいよ、食べて食べて!」
真琴は笑顔と共に弁当箱を女の子に差し出す。
「ほんと? ありがと!!」
そう言って真琴のから揚げを食べる女の子。
「美味しい~!! 朝比奈さん、料理めっちゃ上手じゃん!!」
「そんなことないよ~」
真琴が照れながら答える。涼子も身を乗り出して言う。
「真琴、私もちょうだい!!」
「いいよ!!」
涼子にも弁当箱を差し出す真琴。それを食べた涼子が言う。
「本当、美味しい!! いつでも嫁、行けるじゃん!!」
「そ、そんなこと考えたことないよ……」
そう言って照れる真琴だが、無意識にその頭に彼の顔が浮かぶ。その会話が聞こえた隣の男子が言う。
「え、朝比奈って嫁に行くの?」
突然の質問。驚いた真琴が顔を赤くして言い返す。
「い、行く訳ないでしょ!!」
女の子も言い返す。
「そうよ、お弁当の話。朝比奈さん、料理めっちゃ上手なんだから!」
男子が立ち上がり真琴の弁当を覗き込んで言う。
「うわー、本当に美味そうじゃん!! 俺にもちょっとくれよ」
涼子が手を前に突き出して言う。
「ダメダメ!! これ以上食べたら真琴の分がなくなるでしょ。これを食べていい男は『将来の旦那様』だけ!! いい、分かった??」
そう言われた男子がちょっとむっとして言う。
「じゃあ、俺が将来の旦那様候補になってやるよ。だからいいだろ? ちょっとだけ」
「ダメです!!」
涼子が大きな声で断ると皆がそれを聞いて笑った。渋々引き下がる男子を見ながら女の子が尋ねる。
「ねえ、朝比奈さん。今度料理教えてよ!」
「え、料理? うん、いいよ!!」
真琴もそれに笑顔で答える。
(楽しいな……)
灰色だった学校生活。
食べても何の味もしなかった弁当。それが今ではこんなに色彩豊かに感じられる。それはいつも自分に元気をくれる彼のお陰。塞ぎ込み気味だった自分に自信を与えてくれた。
(あれ、涙……)
真琴は自然と目から涙が流れるのを感じた。
「あれ、真琴。どうしたの??」
その涙に気付いた涼子が尋ねる。真琴は涙を手で拭いながら答える。
「ううん、涼子が面白くって涙出ちゃった」
「やだ、笑い過ぎだよ~」
再び笑いに包まれる真琴達。初めてのかけがえのない時間を真琴は過ごしていた。
(……)
そんな真琴達の様子をカエデは教室の隅で取り巻き達と見つめていた。
誰も口にしないが、明らかに教室内のパワーバランスが崩れ始めている。『演劇祭』の主役を見事に演じきった真琴を皆が仲間と認め、以前のように彼女をからかう空気はもうない。クラスカースト上位のカエデすら表立って苛めることは、そのクラスの空気が許さない。
ただカエデ自身、そんなことどうでも良かった。ただただ思うのはひとつ。
(一体どういう関係なの、三上さんと……)
憧れの年上の大学生。
『お客と店員』という関係ではこれ以上を望むのは難しいと思っていた矢先に知った真琴との関係。カエデはもうこれ以上我慢できなくなっていた。
「朝比奈」
授業が終わった放課後、家に帰ろうと校舎を出た真琴にカエデが話しかけた。ふたりの間を吹き抜ける少し蒸し暑い風。一瞬の静寂。真琴が身構える。
「な、なに……?」
明らかにおびえた様子の真琴。
最近でこそクラスでも一緒に過ごす人が増え嫌がらせされることは減ったが、それでも彼女は苛めっ子。声を掛けられて平然としては居られない。カエデが腕を組みながら言う。
「あのさ。ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」
(教えて欲しいこと?)
真琴は持っていた鞄をぎゅっと抱きしめてカエデを見つめる。カエデが一歩近付いて言う。
「三上さん、この間の演劇祭の時来て、朝比奈の応援してたでしょ? なんで?」
(三上さん……、あ、龍之介さんのことか)
真琴が龍之介、そして演劇祭に来て応援してくれたことを思い出す。
「龍之介さんは、その……、お友達と言うか……」
(龍之介さん……!? 下の名前で呼び合っているの??)
カエデは『演劇祭』の時、龍之介が真琴のことをマコと呼んでいた事をはっきり覚えている。
「どうして友達になったの? 三上さんと?」
「……」
龍之介との関係を聞かれ口籠る真琴。
きっかけは祖母キヨであったが、色々あって今一緒に暮らしている。
(橘さん、やっぱり……)
女としての真琴の直感。
それはカエデから感じる龍之介への想い。はっきりとした言葉で聞いてはいないけど、間違いなくカエデは龍之介のことが好きであろう。
「おばあちゃんの知り合いの関係で、知り合って……」
極力嘘は言いたくない。真琴がそう説明するとカエデは頷いて言った。
「そうなの。おばあさんの知り合い……」
一応納得したようだ。今度は真琴が聞き返す。
「た、橘さんはどうして龍之介さんのことを知ってるの?」
(うっ……)
カエデは真琴に龍之介のことを聞きたい気持ちが強すぎて、自分が何故そんなことを尋ねるかのという理由を考えてはいなかった。焦るカエデ。強い口調で答える。
「喫茶店ちょっと寄っただけだよ。せ、詮索するなよ!!」
(やっぱり、やっぱり橘さん、龍之介さんのことが好きなんだ……)
真琴は意外とモテる龍之介のことを思い、なぜだか面白くなくなる。カエデが尋ねる。
「あと、知ってたら教えて欲しいんだけど、三上さんって、その……、付き合っている人とかいるの……?」
一瞬恋する乙女になったカエデ。真琴はこれまで自分に対して見せて来た威厳あるクラスカースト上位の女子とは全く違うカエデの姿に驚きを隠せない。真琴が答える。
「いや、多分いないと思うけど……」
いないはずである。何せ彼が目標としているのが自分なのだから。
「本当か? 本当なんだな?? 分かった、でも変な勘違いするんじゃないよ。それからこのことは誰にも言わないこと、いい?」
「い、言わないよ……」
カエデはそれを聞くとプイと顔を背けて立ち去って行った。
(何だか面白くない……)
真琴は解放された安心感と同時に、なぜかふつふつと沸き起こる不快感を感じ苛立つ。そのままむっとした顔でマンションへと帰って行った。
「ただいまー、マコ」
夕方過ぎ、バイトを終え龍之介が返って来る。
「……おかえりなさい」
それを迎える真琴。だが声のトーンは低い。龍之介が尋ねる。
「ん? マコどうした? 何かあったか」
いつもと違って暗い真琴を見て龍之介が心配そうな顔をする。真琴がぶっきらぼうに言う。
「今日の夕飯はカップ麺です。いいですか?」
「カップ麵? まあ、いいけど、疲れたんか、マコ?」
龍之介はそう言ってキッチンに座る真琴の後ろへ行き肩を軽く揉み始める。慌てた真琴が体をひねりながら言う。
「ち、違います! ちょっと龍之介さんに聞きたいのは、龍之介さんは女子高生が好きなんですか??」
「は? 女子高生??」
龍之介はその意味がすぐに『おさげの天使様』のことを言っているのだと思った。マコに言う。
「女子高生が好きっていうよりか、好きになったのが女子高生だったってこと。だから彼女が女子大生でも社会人でもそれならそれで良かっただけ」
「……どのくらい好きなんですか、その天使様って子のこと?」
真琴は硬い表情のまま尋ねる。
「どのくらいって、いっぱい」
龍之介は両手を真上にあげて手を広げて言う。真琴が尋ねる。
「それじゃあ、分からないです。ちゃんと言ってください」
少し考えた龍之介が息を吸い込んで大声で言った。
「大好きだあああああああああああああああ!!!!!」
「ひゃっ!?」
それは夜のマンションに響き渡る龍之介の大声。あまりの大声に真琴は思わず椅子から落ちそうになってしまった。龍之介が言う。
「分かった? マコにはしっかりと俺の『天使様』への愛を理解して貰わないとな!!」
真琴は椅子に座りながら嬉しそうな顔で頷き、そして言う。
「わ、分かりました。ありがとう、龍之介さん。ご飯準備しますね」
「え? カップ麺でしょ?」
驚く龍之介が尋ねる。真琴が首を振って答える。
「なに言ってんですか、ちゃんと作りますよ。料理大好きなので!」
真琴はキッチンに掛けてあったエプロンをつけると、嬉しそうな顔で料理の準備に取り掛かった。
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