第二章「演劇祭」
12.なぜうちに女のパンツが落ちているんだ!?
(良かったな!! 本当に良かった。これで『おさげの天使様』と楽しいキャンパスライフを送れるぞ!!!)
その夜、ベッドに入った龍之介は、ひとり興奮しながらこの先に待っている明るい大学生活を考え興奮していた。電車でのひと目惚れ、きっかけがなかった彼女との接点が見つかったと興奮し、寝るに寝れない。
(彼女と付き合ったらふたりで一緒に出掛けてご飯食べたり、映画見たり、お洒落なカフェに入ったり、その後は、むふふふっ……)
まだ面識すらない状態でひとり妄想に走る龍之介。
『おさげの天使様』を彼女にできるという根拠のない自信による妄想だが、彼自身このような無謀な思考による突撃を繰り返した結果、これまでの無残で哀れな人生となってしまっていることに未だ気付いていない。
(ああ、今『おさげの天使様』はどこにいるんだろうな。何を考えているんだろうな。きっと俺に会いたがってるんだろうな。すぐに会いに行くぜ!!!)
根拠のない自信。龍之介はベッドの中でもう自分の彼女になったかのようなおさげの少女に想いを寄せた。
(どうしよう、どうしよう……)
一方でその想いを寄せられている『おさげの天使様』は、同じ屋根の下で龍之介と同じく眠れぬ夜を迎えていた。
(龍之介さんが、まさか
龍之介には色々と感謝している。もし仮にお付き合いをするなら彼以外ないとは思っている。
(だ、だけど、私が男の人とお付き合いだなんて……、無理っ!! 絶対に無理っ!!)
男装したマコなら不思議と色々なことにチャレンジできる気がするが、素である真琴に戻ると急に極度の恥ずかしがり屋の女の子が顔を出す。
(お付き合いするってことはふたりで一緒に出掛けてご飯食べたり、映画見たり、お洒落なカフェに入ったり、そ、その後は……、きゃー!! 無理無理っ!!!!)
偶然なのか、すぐ近くにいる男と全く同じことを考える真琴。
(と、とりあえず絶対にバレない様にしなきゃ。まずはそこが最重要だわ……)
龍之介同様、真琴も眠れぬ夜を過ごしていった。
翌朝。朝食を作っていた真琴の耳にリビングにいた龍之介の大声が響いた。
「マコ!! マコ、大変だああああ!!!!」
料理の手を止め、真琴が慌てて龍之介の元へと向かう。
「ど、どうしたんですか!? 大きな声出して」
真琴はリビングに居てとある物を持ったまま固まる龍之介を見て驚く。
「何を持ってるんですか……?」
龍之介は手袋をはめ両手で水をすくうような形で、白い布のようなものを大事そうに手に乗せている。真剣な眼差しの龍之介。そしてゆっくりとそれを手で持ち上げながら真琴に言った。
「マコ。これって女のパンツじゃないのか……?」
(ぎゃっ!!!)
真琴は一瞬で顔を真っ赤に染めた。
恐らく今朝洗濯した際にかごから落ちた自分のもの。突然の出来事に同じく固まってしまった真琴に龍之介が言う。
「な、なんでうちに女のパンツがあるんだ……、しかもしっとり濡れている。洗ったばかりなのか……?」
(ど、どどどどうしよう!? あれは、わ、私のパンツ。いやーーーー!!! 恥ずかしいっ!!!)
龍之介が真琴の振り向いて震えた声で言う。
「おい、マコ。お前まさか……」
その言葉を聞いて真琴の脳が動き出す。
「お、おばあちゃんのよ!! そう、おばあちゃんのがまだあったからさっき洗濯して……」
龍之介が小さく首を左右に振って言う。
「違う。違うと思う……」
「え、なんでよ!!」
龍之介がパンツの両端を手で持って真琴に見せながら言う。
「だって、キヨさんがこんな『クマさんがプリントしたパンツ』を履いていると思うか……?」
(ぎゃああああああ!!! よりによって、あれを落とすとはアアア!!!!!)
それは真琴が中学から履き心地が良くてずっと愛用しているもの。確かに子供っぽいものだが、誰にも見せることはないと気にせず使っていた。真琴が龍之介の元へ歩み寄りパンツを奪う。
「かして!!!」
「あ、おい!! て、丁重に扱えよ!!!」
涙目になりながらクマさんパンツを後ろに隠した真琴が言う。
「これはおばあちゃんのなの!! それよりどうして手袋なんてしてるのよ!!!」
真琴は龍之介がはめている手袋を見て大きな声で言う。
「だ、だって、女性のパンツを直に触れるなど畏れ多くてできる訳ないだろ。罰が当たる。ていうかお前、キヨさんのパンツ洗っていたのか?」
(うっ……)
家族とは言え、男子高生が祖母のパンツを洗うという設定は確かに無理がある。
「ち、違います!! おばあちゃんが忘れて行ったから一緒に洗ったの!!!」
「そうか、まあ分かった。それより丁重に扱えよ。気安く男が触れていいものではないからな」
「も、もういいから!!!」
真琴はそのまま駆け足で自室へと向かう。
(さ、最悪……、よりによって一番恥ずかしいパンツを見られて触られるなんて……)
真琴の中でももうちょっと大人っぽいのもあったのに何故、と言う絶望感が襲う。真琴はため息をつきながら龍之介から渡されたクマさんパンツをベランダに干し、リビングへと戻る。
「ごちそうさまでした!」
その後ふたりで朝食を食べ、皿は龍之介が洗う。
真琴にとっては何だか新婚生活のような気持になってしまいそうだが、龍之介にとってはただの男との同居。パンツのアクシデントはあったが、基本ときめきもどきどきもない。
学校の支度をして出かけようとする真琴を見て龍之介が尋ねる。
「なあ、マコ。お前、その格好で学校へ行くのか?」
龍之介は真琴のゆったりめの衣服や深く被った帽子を見て言う。
「う、うん。クラブやっているから朝はこの格好で……」
まさか自宅から女子高生の制服を着て行くわけにはいかない。
龍之介と同棲を始めてから真琴は、男装衣装のままマンションを出て少し離れた公園のトイレで学校の制服に着替えるようにしている。面倒だが女だとバレない様にするためには仕方がない。龍之介が尋ねる。
「クラブ? へえ~、何やってるの?」
咄嗟に着いた嘘。陰キャの彼女がクラブなどやっているはずがない。
「な、なんでもいいじゃないですか!! 詮索しないでください! じゃ、行ってきます!!」
「あ、ああ。気を付けてな……」
龍之介は何故真琴が怒っているのかさっぱり分からなかったが、思春期の難しい時期だろうと思って深く考えるのをやめた。
「さて、俺も大学に行くかな」
午前中の遅めの講義。
龍之介もゆっくりと出掛ける支度を始める。
(今日、マコが帰ってきたら、もうちょっと『おさげの天使様』についてサーチして貰うようお願いしなきゃな)
外へ出かける準備を終えた龍之介が、明るい未来を胸にドアを開け外に向かって歩き出した。
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