捨て石

おおたき たつや

第一話  陸上自衛隊ヘリ墜落

 

 2023年3月××日、その中国海警局の艦艇は尖閣諸島周辺の接続水域を離れ、台湾周辺海域で二日後から実施すると発表された、中国軍の大規模軍事演習の海域に向かうため宮古島沖を航行していた。海警局艦船は日本の海上保安庁巡視船に相当し、主に沿岸警備を担っているが、この日は漁船などが演習海域に入るのを警戒する重要な任務を帯びていた。

 その艦内指揮所のレーダーに、宮古島を飛び立ち海面すれすれの低空飛行でこちら側に向かってくる目標物のプリッツ(輝点)が映し出された。飛行速度からみてヘリコプターらしかった。視認できる距離まで近づいてくると、迷彩色の機体にはっきりと日の丸が認められ、この海域で目撃されることは珍しい、日本陸上自衛隊のヘリであることがわかった。

それにしても飛行高度が低空過ぎる。まるでこちら側の航海を追跡、監視しているように映った。

 「少し驚かしてやれ!」

 艦長の声が管制室内に響いた。直後に艦艇中央部に取り付けられた光学装置から、緑色の高出力レーザー光線がヘリに向けて一直線に照射された。これまでにも中国艦艇から他国の哨戒機や艦艇に向けて、レーザー光線が照射される行為は何度かあった。

 つい最近も、南シナ海でフィリピンの巡視船が中国海警局の艦艇からレーザー光線の照射を受け、乗組員が一時的に視力を失うという危険行為があった。それに対して中国に融和的だった前ドテルテ大統領に代わって、親米的なマルコス大統領が政権を握ったフィリピン政府が、中国政府に厳重な抗議を行うという事例が発生したばかりである。そのクレームを受けて中国報道官は、周辺海域の秩序を守るために、抑制的な方法で警告を行ったと発表している。つまり中国側からすればこのレーザー照射は、攻撃の意図を意味するものではなく、あくまでも警告のためであるということである。

 航空機が自動操縦モードで通常の高度を飛んでいるのであれば、大事に至ることはなかったのかもしれない。しかし今回は、超低空で飛ぶヘリに対して至近距離で照射されたため、操縦士と、並んで着座している副操縦士の二人が目に受けたダメージは致命的だった。

 一瞬で視力を奪われた二人のパイロットは、何とか機体の高度を保とうと操縦かんを保持し続けたが、やがてヘリはコントロールを失い、先に回転翼が波頭に接触すると、機体胴体部はそのまま激しく海面にたたきつけられた。その衝撃はとてつもなく大なもので、ローターブレードの一部が吹き飛び、胴体中央部のドア枠も機体から引きちぎられた。そして胴体部分は中央から真二つに破断され、10名の塔乗員もろとも、そのまま海中に没していったのである。

 

 このとき予定されていた中国軍の軍事演習は、台湾独立を唱える現政権の総統が渡米し、対中国強行派で知られる米下院議長と、米国内で会談したことへの警告として開始されたものである。中国初の国産空母、山東の艦載機離発着訓練をはじめ、かつてないほど多くの航空機や艦船が参加して行われる大規模なものであり、周辺海域の緊張度は、いやがうえにも高まっていた。

 熊本、宮崎、鹿児島の南九州を所轄する、陸上自衛隊第八師団に着任した師団長をはじめとする幹部8名を乗せたヘリが、島周辺を視察する目的で宮古島の自衛隊駐屯地を飛び立ったのは、まさにその時期と重なっていた。第八師団は、いざ有事の際には沖縄南西諸島方面の最前線に機動的に対応するための重要な役割を担うことになっている。8名もの師団幹部が一機のヘリに同乗していたことについて、リスク分散の観点からみても、危機管理上の甘さが問われかねない視察であった。

 台湾海域にほど近い宮古、石垣両島では、近年、顕著になっている中国軍の増強に合わせ、自衛隊の基地機能が大幅に強化されてきた。特に両島に新たに実戦配備が決まった国産初の12式対艦巡航ミサイルは、東シナ海から太平洋へ抜ける際の主要ルートとなっている宮古海峡を航行する中国艦艇にとって、大きな脅威となるものであった。

 そのため自衛隊にとって海峡を挟んだ石垣島とともに、港湾設備、空港を有する宮古島の防衛は、台湾有事の際のきわめて重要な拠点となることが想定されていた。

 自衛隊幹部を乗せたヘリは、その地形を確認するように島を海岸線沿いに飛び、約1時間の視察飛行を経て離陸した駐屯地に戻る予定であった。しかし離陸してからわずか10分後に、その航跡がレーダーから忽然と消失してしまったのである。空港管制官との交信は、その2分前に行われたものが最後であった。

 視察飛行に使われたUH60JAは、ブラックホークの通称で知られる米国製軍用ヘリUH60の機体をベースにしており、その派生型は陸上自衛隊のみならず、海上自衛隊や航空自衛隊に配備されてから20年以上の運用実績を持つ多用途ヘリで、極めて信頼性の高い機体と言われている。そのヘリが白昼の視界良好な天候の下で、地上との交信でも異常を知らせる兆候もないまま突然、消息を絶ったことに関係者には衝撃が走った。

 同日、夕方までには海上保安庁の小型艦艇の捜索によって、機体のドア枠や回転翼の一部、そして折りたたまれた状態の救命ボートが発見されるに至り、緊急会見に臨んだ防衛大臣は、深刻な「航空機事故」として発表した。野党からは、同水域を通過した中国軍の情報収集艦と事故の関連などについての質問があったが、会見では当該艦船の通過時間と事故発生時刻との、大きくかけ離れている時間差を根拠として挙げ、これを強く否定した。


 自衛隊や海上保安庁の懸命の捜索にもかかわらず、ヘリが消息を絶ってから一週間を経過しても、数点の部品発見以上の新たな手掛かりは得られなかった。特にヘリ本体に取り残されたとみられる10名の搭乗者や、事故原因の特定につながると考えられるフライトレコーダーの捜索に重点が置かれたが、時間だけが過ぎていった。

 ようやく現場水域に向かった海上自衛隊の潜水艦救難艦から、深い海での作業を可能とする、飽和潜水という特殊な作業で専門のダイバーが捜索した結果、付近の海底100mの地点から5人の事故機搭乗者の遺体を発見したのは、事故からすでに10日が経過していた。

 遺体が見つかったのは、大きく損傷した機体の中だった。5人の遺体は海上自衛隊の潜水員によって引き揚げられたが、フライトレコーダーを含む機体本体の引き上げには、民間のサルベージ船を手配する必要があった。水中捜索用の作業ロボットなどを積んだ二隻のサルベージ船が、現場水域での作業に取り掛かったのは、五月に入ってから。墜落事故からはすでに一カ月が過ぎていた。

 機体の激しい損傷状態から、引き上げには袋状にしたネットで、ばらばらになった機体を包み込むようにしてゆっくりと引き上げるという方法がとられた。引き上げられてサルベージ船の甲板上に置かれたヘリは、原形をとどめないほど見るも無残な姿であった。墜落時に途方もない強い衝撃で海上にたたきつけられたのではないかとの解説が、事故を報道する番組のコメンテーターなどから語られた。

 しかしその鉄くずと化したヘリの残骸は、間もなくブルーシートで覆われ、報道各社取材ヘリのカメラからも隔絶されてしまった。そして墜落現場に近い宮古島や沖縄ではなく、ヘリの所属する熊本の駐屯地まで運ばれ、そこで詳しい調査が行われることになるという。

 幸いにも事故原因解析のカギを握るとされるフライトレコーダーが機体の中から発見されたというが、果たして真実が公表されるのかどうか、これまでの自衛隊の隠ぺい体質からすれば大いに疑問が残るところではあった。

 フライトレコーダー回収から半月ほど経過し、ようやく発表された解析結果から明らかにされたのは、事故原因はエンジントラブルによるというものだった。 墜落直前にエンジンの出力が急激に低下して、トラブルを知らせる警報音が機内で鳴り響いていたことが、フライトレコーダーとボイスレコーダーの分析から明らかになったという。

 だが、2基あるはずのエンジン出力が急激に低下してしまった原因については何も言及がなかった。もう一点、不可解なことは、レーダーから消失した位置と墜落した地点にかなりの差異があっということである。

 要するに自衛隊の発表は、当時 SNSで拡散されていたような、近くの海域で予定されていた中国軍の演習との関連性についてはきっぱりと否定し、異論を封じ込めるためのものとも受け止めることができた。

 そして時間の経過とともに、自衛隊史上にも残るこの重大事故は、人々の記憶からも次第に薄れていったのである。





  

 

 

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