【短編】お名前、頂いてよろしいでしょうか?

天田れおぽん@初書籍発売中

第1話 お名前、頂いてよろしいでしょうか?

「わたくしの名前ですか? 赤塚ユリアと申します。血の色の赤に、貝塚の塚でございます。名前の漢字ですか? 漢字ではないのですよ。カタカナで、ユリア、と、申します。……珍しいですか? 最近は、そうでもないと思いますが。名前がカタカナというのは。え? 片親が外国人なのか? ウフフ。それはありませんわ。見ての通り。黒い髪に濃い茶色の瞳。黄みががった淡いベージュ色の肌ですから。日本人ですよ。もっとも、古い昔には思いのほか人種が入り混じっていたらしいですよね。遺伝的に『純粋な日本人』というものは判断が分かれる所ではあると思いますわ。肌の色だって白っぽい方もいれば、黒っぽい方もいらっしゃいますし。そうなると判断基準は戸籍ということになりますよね。……え、わたくしの戸籍ですか? ウフフ。そんなものに興味を持たれましたか。……ああ、それは困ったことですね」


 ユリアは言葉を切ると、私の目を見た。


「アナタ、お名前は?」

「私は神崎と申します。神崎茜です」

「茜さん、と、おっしゃるの?」

「ええ」

「漢字の名前も素敵よね……」

「アナタの名前も素敵です。ユリアさん」

「ええ、素敵でしょ」

 

 ユリアは振り返って視線を後ろに向けた。


 強い風が黒く長い髪を巻きあげながら乱していく。


「そちらに転がっているお嬢さんから、頂いた名前でございます」


 言葉は風に運ばれて茜の耳にしっかりと届いた。


 ユリアの足元、崖の近くに何かが転がっていた。


 よくよく見れば、それは人間で。


 その目を見れば、既に命がないことは明白であった。


「こんなに早くバレてしまうなんて。わたくしには『赤塚ユリア』という名前が似合わなかったのかしらね」


 本物の赤塚ユリアを眺めていた女の目が、次の瞬間、茜をとらえる。


 その口元が妖しく弧を描いた。


「……」


 茜は、固まってしまったように動けなかった。


 彼女をその場に留めていたのは、恐怖ではない。


 この期に及んで恐怖を凌駕する女の妖艶な美しさに、囚われて動けなかったのだ。


「貴方様のお名前、頂いてよろしいでしょうか?」


 他人の目も逃げ場もない、切り立った崖の上。


 女の涼やかな声が、無邪気に残酷に響いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】お名前、頂いてよろしいでしょうか? 天田れおぽん@初書籍発売中 @leoponpon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ