呉の滅亡

 劉備は、まだ孫翊が操られているのでは無いかと不安な面持ちで、孫尚香を伴い玉座の間に向かう。


 孫翊「よく来てくれた劉備殿。孫策兄上のこと、何から何まで、感謝に耐えんというのに。操られていたとはいえ、暗殺の危険性があることに巻き込んだこと。重ね重ね、申し訳なく思う」


 劉備「いえ。私は何もしていません。孫策殿を救ったのも呉王様が無事なことも全て、我が弟のお陰でしょう」


 孫翊「呉王様、か。俺には重い荷であった。そろそろ降ろしたいと思うのだが。返すのは、霊帝様で良いだろうか。呼び名は、劉備首相で良かったか?」


 劉備「はい。私は、霊帝様から内部のことを一任されているだけに過ぎませんので」


 孫翊「では、劉備首相。改めて、霊帝様と会談の席を設けて、貰えないだろうか?勿論、今度はこちらから蜀漢に伺わせていただく」


 劉備「そういうことであれば、わかりました。霊帝様と相談の上、綿密な日時をお知らせさせていただきます」


 孫翊「劉備首相、感謝する」


 孫尚香「やっとまともな孫翊兄様ね」


 孫翊「尚香。大きく美人になったな。そのお腹は。成程、大層劉備首相に可愛がられているようで何よりだ」


 孫尚香「孫翊兄様こそ。毎晩、徐薊義姉様とお楽しみなんじゃなくて?」


 孫翊「そうだな。だが、俺は取り返しのつかないことをしてしまったよ」


 孫尚香「えっ?」


 徐薊「大丈夫ですよ尚香。離婚とかじゃ無いですから。その子供をね。流してしまったのよ」


 孫尚香「そんな。徐薊義姉様。孫翊兄様。軽率なこと言って、ごめんなさい」


 孫翊「気にするな。アイツは、俺たちの心の中で生きている。薊には、心労をかけた分、これからは夫婦の時間を大切にしたいのだ」


 徐薊「迷惑をかけた私にしっかりと尽くしてくださいね叔弼」


 孫翊「あぁ。まぁ、そういうことでな。俺にとってもこの重荷を降ろせることは、利点でしか無いのだ。劉備首相、霊帝様との会談の件、くれぐれもよろしく頼む」


 劉備「承知しました」


 かくして、涼州を支配下に加え、司隷の制圧も終え、荊州の安全が確保されたこの日、蜀漢の首都である襄陽に孫翊が訪れた。


 劉備「お待ちしておりました。孫翊御一行様。こちらへ霊帝様がお待ちです」


 孫翊の護衛として、孫静。

 親善大使として、孫匡・孫朗。

 孫翊の妻として、徐薊。

 そして、供回りの兵と共に、劉備の案内に従い襄陽城内へと足を踏み入れ、霊帝を前に跪く。


 霊帝「呉王よ。面をあげよ」


 孫翊「漢を守る立場の武門の家でありながら霊帝様に弓を引いたこの身、どうして面を上げられましょう。このままで、お願いしたい」


 まるで地面に額を擦り付けるかのように孫翊は、頭をあげることはしなかった。


 霊帝「誰にも間違いはあろう。これは、ワシの昔話だ。ワシは、外の世界に憧れるあまり、顔が瓜二つの人間と入れ替わったことがある。その男は、暴虐無人な奴でな。略奪は当たり前と部下に教えているような男であった。知らなかったとはいえ。ワシは、その男と入れ替わるにあたって、愛する者を失うかもしれなかったのだ。いや、息子は見捨てたようなものだな。どうだ。ワシとて、間違える。完璧な人間など存在せんのだ。そのままでは、ワシが辛い。孫翊よ。頭を上げてくれぬか。ワシにその顔をよく見せてみぃ。今まで、良く頑張ったのぉ」


 孫翊「うっうぅ。俺は、俺は。父上の想いを踏み躙り、孫策兄上の想いを継いで、この国を武力で統一するのが近道だと。しかし、呉王になってみると理想と現実は程遠く。武官と文官は毎日のように言い争い。武力で統一するためならと俺も武官を優遇し、結果多くの才人に愛想を尽かされました。全て、俺が俺が愚かな選択をしたばかりに」


 孫策「それは違う。それを言うなら。お前に愚かな選択をさせたのは、この俺だ。この俺が項羽と同じような夢を抱いてしまったがためにお前を巻き込んだのだ」


 霊帝「自分たちを責めるな。間違えない人間などおらん。あの孫婿もな。率いた兵を全滅させて塞ぎ込んだ挙句、孫娘に愛想尽かされたこともある。誰だって、失敗する。大事なのは、失敗から学べるかである。孫翊に孫策よ。これからは、蜀漢の一員として、ワシに力を貸してくれぬか?」


 孫翊「勿体無い御言葉です。俺なんかで良ければ、力をお貸ししましょう。呉の地は、蜀漢に譲渡します」


 孫策「この命ある限り、霊帝様と蜀漢のために働くと誓おう」


 霊帝「うむ。ここにワシは蜀漢に呉を統合することを持って、呉の滅亡を宣言するものである。劉備よ。お前が見届け人だ」


 劉備「かしこまりました」


 霊帝による呉の滅亡宣言は、前線で戦う蜀漢の兵を大きく高揚させ、その加速する勢いに司馬懿は、さらに追い詰められることとなる。

 涼州を失い・司隷を失い・献帝まで失った魏に大義は既になく。

 暴動や一揆が起こるのは、時間の問題であった。

 これを抑えるために司馬懿は曹丕の責任を追求することとなり、曹丕と司馬懿の仲は険悪。

 双方の間で、戦となるのも時間の問題だった。

 そして、今まで耐えていた漢中でも大きな動きがあった。

 許昌の曹操が曹仁の説得のため漢中へと赴いたのである。

 人質となっていた妻子を連れて曹操が来たことも大きく。

 曹仁は、曹操との会話を条件に漢中を無血開城するのだった。

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