司馬昭の一目惚れ

 王粛の提案はとんでもないことであった。


 王粛「かつて同族である王允殿も使われた連環の計を仕掛けようかと」


 呂布「本当にそんなことを考えているのか?」


 荀彧「娘を司馬昭に取り入らせると?」


 荀攸「名前しか分からぬ司馬昭なる者に女をあてがうと?」


 王凌「かつて、叔父上が仕掛けた李傕や郭汜と訳が違いますぞ」


 王朗「孫娘は、あれでいて度胸も器量もある。司馬昭という男を上手く、制御できるやもしれん」


 呂布「ふむ。このようなことを申したくはないがその孫娘とやらがわれらを裏切る可能性は?」


 この話を陣幕の外で聞いていた女性が堪らず出てくる。


 ???「ありません。お祖父様もお父様も劉備様、しいては、呂布様に孫策から匿って頂いた御恩があります。任せていただけるのなら司馬昭に近付き、籠絡してみせます」


 荀彧「貴方が、今話にあった?」


 ???「はい、王朗お祖父様の孫で王粛お父様の娘の王元姫オウゲンキと申します」


 荀攸「会ったこともない人間を籠絡できるなどと簡単に言ってのけるとは、口だけは達者のようだな」


 王元姫「確かに今は口だけです。でも、試してみる価値はあるはずです」


 荀彧「その結果、人質に取られるのが関の山でしょう」


 呂布「なら、迷い込んだ民女のフリをして近づくのはどうだ?」


 荀攸「なっ!?呂布は、乗り気か?」


 呂布「いや、民女のフリをして人質に取るのなら司馬昭も司馬懿と同じような男ということだ。しかし、この状況で間者の可能性もある人間を安全なところに案内したとすれば、司馬昭は信頼に足る人間ということだ。試してみることは、決して悪くはない。だが、人質として、取られた場合、俺は問答無用で、見捨てる選択をとることは、理解していただく」


 王粛「人質に取られれば、助ける選択は取らないと?」


 呂布「非情に見えるかもしれんが俺は例え娘を人質に取られたとしても屈することはできない。それ程の大恩を劉備様と劉丁様より賜った。それゆえ、利用されるようなら俺は容赦なくこの方天画戟を振るう。その覚悟はあるか王元姫?」


 王元姫「機会をいただけるのなら」


 呂布「良かろう。俺はお前を信じよう。この件は、王元姫に任せる。荀彧・荀攸、異論は認めぬ。責任は全て俺が取ろう」


 荀彧「承知しました」


 荀攸「フン。女に任せて、どうなるか見ものですな」


 王粛「呂布将軍、我が娘に機会を頂けたこと感謝致します」


 王元姫「期待に応えられる用に最善を尽くします」


 こうして王元姫は、この場に似つかわしくない民女となり、司馬昭の前へと現れる。


 魏兵「止まれ、何奴だ。名を名乗れ」


 ???「許昌に住んでいる叔母の無事を確かめたく。ここを通してください」


 魏兵「ならん。ここは、蜀漢の呂布との最前線である。とっとと帰るが良い。ここまで来れたのだ。安全に帰れるであろう」


 ???「そんな酷い。貴方には大事な人が居ないのですか?大事な人の無事を確かめたい気持ちがわからないのですか?」


 魏兵「あーうるさいうるさいうるさい。ここは戦場、殺しても別に構わないのだぞ」


 ???「貴方じゃ話になりません。上の人を呼んでください」


 魏兵「生意気な女が。口の聞き方には気をつけろよ。お前みたいな女に時間を割くほど、司馬昭様は暇ではない」


 魏兵の言葉にムッとした司馬昭が現れる。


 司馬昭「それは、あんまりな言い分かな。俺は暇だよ。この通りね。お嬢さん、この軍を預かっています司馬昭と申します。何か御用でしょうか?」


 王元姫は、司馬昭にだけ聞こえるように耳元で何かを呟く。


 ???「私は、蜀漢に仕える王粛の娘、王元姫と申します。父に母からの手紙を渡しに向かう途中です。人質に取りますか?」


 司馬昭はこれを受けて、とても面白いと思った。


 司馬昭「そうでしたか。叔母さんのことは、さぞかし心配でしょう。良ければ、私が案内しましょうか?」


 ???「やっと話の通じる人に出会えて、良かった。私の名前は」


 言葉が詰まったのを不思議がる魏兵。


 魏兵「司馬昭様、このようなところに民女など怪しい。捕らえておくべきです」


 司馬昭「やめよ!武装した兵が多すぎて、緊張したのでしょう文明ブンメイ殿」


 魏兵「その怪しい女の名をご存知でしたのか司馬昭様?」


 司馬昭「あぁ。許昌でちょっと付き合いがあるんだ。そうだよね文明?」


 片目を閉じて、話を合わせるんだと目で訴える司馬昭に乗る王元姫。


 ???「はい。知り合いに似ているとは思っていたのですが司馬昭殿でしたか。叔母の無事を確かめるため御同道をお願いします」


 司馬昭「私で良ければ」


 魏兵「持ち場を離れるなど呂布軍が攻めてきますぞ」


 司馬昭「固く守りを固めこちらから動かなければ何もできないよ。勝手な行動はしないように厳命しておいてくれるかい?」


 魏兵「そんな勝手が許されるなど」


 司馬昭「では、元明殿、参りましょうか」


 こうして人目のないところまで、安全を確保して、別れる2人。


 王元姫「人質に取らないのですね?」


 司馬昭「人質に取られたかったのかい?正直に言うと僕個人としては、君を妻に迎えるという人質に取りたいよ。でも、父は許さないだろうな。だから、よかったら文通をしてくれないかい?」


 司馬昭からの突然の告白に王元姫は、驚いて、どう返答したものか悩んでいた。


 司馬昭「あっ何か裏があると考えてるのなら何も無いよ。単純に僕の一目惚れさ。君はこちらの動きを知りたい。こちらは、君と文通で話したいだけ。君にとっても得だと思うよ」


 王元姫「はぁ。文通するだけですよ。結婚とかはまだ考えてないので」


 司馬昭「それは願ってもない話だね。君ぐらい美しい人に相手がいないってことだろ」


 王元姫「か、か、勘違いしないでください。引く手あまたです。多すぎて、選べないだけですから」


 司馬昭「フフッ。僕を籠絡しにきたのなら成功だよ。父は、人質を曹丕のお膝元である長安に集めている。自分は関わっていないことにするためにね。お近づきの印にどうぞ」


 王元姫「あっありがとう。これで。って、何よ。怠け者のフリして、できるじゃない。もっと本気になりなさいよ」


 司馬昭「君が妻になってくれるなら考えようかな」


 王元姫「うっ。それは」


 司馬昭「あっ返事はまだ良いよ。僕は欲しいものは正攻法で絶対に手に入れるって決めてるんだ。今は、文通ができるだけでも満足さ。さぁ、そろそろ行くと良い。怪しまれるので」


 王元姫「そうね。これで失礼するわ」


 後日、これを聞いた呂布は、笑いながら。


 呂布「手玉に取られたのは、果たしてどちらであろうな」


 などと言って、王元姫を揶揄った後。


 呂布「よくやった」


 と王元姫を労ったのだった。

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