第10話 後悔

 ロウは、喉が焼けそうなほど叫んだはずだった。


(俺を人間に戻せ!!!)


 強制的に狼へ戻され、魔力をメルトに使われた瞬間。

 ロウの頭に過ったのは『やられた』という後悔だ。


 初めて許可なしに魔力を使われたこと。簡単な魔法式すら学ばなかったゆえに、ひとりで人間の姿へ戻れないこと。

 何より、強く、深く抱きしめられた瞬間に、動揺を掻き消すほど胸が高鳴ってしまったこと。


 きっとこの鼓動すら、メルトは計算に入れてロウを狼にした。そうしたらロウが驚き、隙が生まれるとメルトは知っていたのだ。



 扉から入って来たのはケーキを持ってくる女ではなく、見知らぬ男たち。


 ロウが自分で戻ろうとしても、上手く詠唱できない。吠えることも出来なかったとき、ロウはメルトの魔法を感じ、どうしようない事を悟ったのだ。

 男共の足に噛みついても、狼の姿で出来る攻撃は限られる。それでも、噛みついた牙がロウにとって一番の最適解だった。


 威嚇と共に唸り声が漏れる。


(――俺を人間に戻せ!!!)



 その願いは、残念ながら届かない。三十分の間、叶わないのだ。


 メルトはロウに言った。


「大丈夫だから」


 にっ、と笑ってロウを見下ろす。普段と異なる視点が、嫌に不安を煽る。

 黒い翼を溶かされていた、メルトを思い出す。


 頭を雑に撫でられたと思えば、メルトはまた何かを呟いた。


(やられた)


 


 

「あんの、バカ!! ふざけてる、なんで」


 次にロウが目を覚ましたとき、声は出るようになっていた。一匹の狼が、飼い主の居ない部屋で喚き散らす。


(なんで、俺を置いて行った)


 メルトは勝手に魔法式を展開して、ロウの魔力を使った。それだけは事実だ。ロウは自分に宿る魔力がメルトに使われる感覚を思い出し、悲しい寂しさを覚える。


「なんで、連れて行かれた?」

「なんで、声が出なかった?」

「なんで、俺はメルトを守れてない?」


 誰にも届くはずのないロウの嘆きを、拾う者がいるのを狼は知っていた。


「――あの子が決めたこと。お前は悪くない」


 ロウに聞こえるこの声は、何度か聞いた知らない声だ。気に入らないその声を、ロウはずっと、ずっと無視していた。


 だが、あの時。


(――俺を人間に戻せ!!!)


 どうしようもなくなったから、その声に初めて縋ったのに。


「うるせえよ。神だか何だか知らねえけど、俺はお前が心底どうでもいい」

「やっと答える気になったか。いくら呼び掛けても、反応がないからお前には届かないのかと思っていたよ」

 

「うるせえんだよ、いつも! その癖、さっきみたいな大事な時に、出てこねえ!」

「自分が困ったときにだけ、私を頼るのは人間らしいな」


 ロウは、深い溜息を吐かずにいられなかった。これは、八つ当たりだ。こちらを心配したフリをする、知らない野郎の暇潰しになる気はなかった。

 

「なんなの。俺は、もうお前に用はない」

「あの子が決めたことを知りたいとは、祈らないのか」


「……お前には祈るんだ。言語って難しい。俺が、もっと魔法式をあいつに教わってれば、さっきもすぐ戻れたかもな」


 いちいち癇に障る。何をされても、怒りが湧き出る。一番の怒りの対象は、自分自身であるべきなのに。



「俺はお前に祈らない。メルトが決めたことは、本人から聞く。お前の言葉は嘘かも知れない。――俺はあいつの言葉しか信じない」

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