第2話 公爵家を襲った『神罰』の正体


「私が何を分かっていないっていうのよ?」


「いいから一度、風呂に入ってこい。準備ができたら、屋敷の入り口に来い」


 ヴェスターはそれだけ言うと、きびすを返して去っていった。

 どうやらアリスに有無を言わせない気らしい。



「……分かったわ」


 ここで言い争っても意味がない。

 アリスはヴェスターに反抗的な態度を取ることが多い。だが彼女自身、彼が意味もなく厳しいことを言うことはないと知っている。


 そう考えたアリスは、メイドたちにお湯の準備を頼んでから浴室へと向かった。




「……それで、これからどこに向かうつもりなの?」


 数十分後。

 入浴を終えたアリスは、ブラッディ公爵家の門前に用意された馬車を見て、目の前に居たヴェスターへたずねた。


 公爵家が扱う馬は大きい。その馬は体高が二メートルを超えており、毛並みは漆黒のあでやかな色をしている。ただし、いつもとは違う人物が御者を務めていた。



「今からウチの工場に向かう。話はそこでする」


「……工場? お父様たちが寝込んでいるのに?」


「そうだ。だからこそ、僕と二人で行く。これはブラッディ家の問題で、一刻を争う状態なんだ。どうせならジェリック父さんかアルバート兄の方が起きてほしかったんだが……」


「ちょっと、どういうことよ。私じゃ不満だって言いたいわけ!?」


 だが何も答えず、さっさと馬車に乗り込んでしまった。エスコートさえないのは別に構わない。だけどそこまで言わなくたっていいのに……。


 ぼうっとしていても置いていかれそうなので、アリスも仕方なく彼の後を追って乗り込んだ。



 そうして馬車に揺られて半刻ほど。

 ブラッディ領都にある保存肉工場へと到着した。


 アリスは、その現場をみて唖然とした。



「なによ、これ……」


 工場でメインに作られているのは、モンスター肉の加工品だ。それらは日持ちするように塩漬けや燻製にして作られる。


 だから肉をカットする部門や塩漬けにする部門に分かれていた。近頃では新商品の開発にも挑戦していたのだが……今はどの部門にも人がいない。作業は交代制で、基本的に休業日は無い。


 いつもなら多くの従業員たちが、あちこちで食肉を加工するためにあくせくと働いているはずなのに。



「ブラッディ家で新しい商品を作っただろ? アレをアリスの誕生日に領民にも振舞ったそうじゃないか」


「ちょっと待って、まさか……」


「それを食べたブラッディ家だけじゃなく、領民にも『神罰』が下ったんだ。おかげで工場の稼働は全面的にストップせざるを得なかった。――この状態が続けば廃業。僕たちは終わりだ」


 ここでようやく、アリスは何が起きていたのかを理解した。

 自分の家族のみならず、領民にまで被害が出ていたなんて。


 保存肉の製造販売で収入を得ていたブラッディ家は、地の底まで信用が落ちてしまった。



「ヴェスター、あなたは大丈夫だったの!?」


「運良くまぬがれたんだ。僕まで倒れていたら、この領は完全に終わっていた」


「そう……だったの……」


 アリスは自分の無能さに悔しくなって思わず歯噛はがみする。

 異世界の知識を手に入れた今だからこそわかる、この工場に生じている問題点の数々。


 もっとしっかりと衛生管理ができていたら、こんなことにはならなかったはずなのに。やはり一刻も早く『賞味期限』を導入しなければならない。


 まぁそもそも『食中毒』にならなければ、その知識も女神様からもたらされなかったのだが。



「とにかく、まずは領民たちを治療しましょう。それに原因を突き止めないと」


「ああ、すでに領内の治療魔法使いや薬師を派遣して治療済みだ。今のところ死者は出ていない」


 その言葉を聞いて、アリスはホッと胸をでおろした。自分の誕生日を祝ったせいで人が死ぬなんて、あまりにも嫌すぎる。



(さすがはヴェスターね。事件の対応はすでにしていたみたい)


 ちなみにアリスの父や兄も治療済みらしいが、未だに目を覚まさないらしい。そのため、王都の教会に所属する優秀な治療魔法使いの派遣を依頼したそうだ。



「『神罰』の原因はこっちでも調べているが、まだ何とも言えない状況だな。僕は他の五大公爵からの妨害じゃないかと疑っているんだが……」


 ジャイール王国には五つの伝統的な公爵家がある。


 といっても、王家の血筋が重要なのではない。


 魚のマール家、塩のソルティ家、穀物のグルテン家、蜂蜜のミード家。そして肉のブラッディ家。


 この五つの特産品は女神のお気に入りとされ、食品の中でも特別扱いされている。それらを建国の時代から産出し続けることで、公爵家として成り立っているのだ。



「まさか、肉を使った新作料理の開発を邪魔しようとしたってこと?」


「あぁ、その方が効率的だろ? 既存商品の信頼失墜、というダメージまで与えられるんだしな」


 彼が自分よりも当主や次期当主の兄が起きてほしかった、と言っていた意味が分かった。たしかに彼の言うとおりである。だが――。



「いえ、そうとも限らないわ」


「その根拠はあるのか?」


 ヴェスターにそう訊ねられ、「本来ならお父様たちに説明しようと思ったんだけど」と前置きしてから説明を始めた。



「ええ。まずは『神罰』について説明させてちょうだい。そもそも『神罰』というのは、正確には食中毒と言って――」


 食中毒とは、食べるには不適切な物を口にすることで体調を崩すことをいう。


 ではどんな食べ物が不適切なのか?

 それは腐敗していたり、人体に害をなす生物や物質に侵されていたりするものだ。


 アリスの目には、工場の中に食中毒を起こすであろう要因がいくつも映っていた。


 それが人の手による故意的なものなのか、単なる管理不足による自然発生だったのかは、現段階では判断できない。


 どちらにせよ。工場を再建するためには、食中毒を防ぐ対策をしなくてはならない。



「――お願い、ヴェスター。だからこの工場から世界に向けて『賞味期限Best-Before』を広めたいの」


 真剣な表情でそう訴えるアリスだったが、ヴェスターは縦にはうなずかない。



「君の言っていることはどこからの情報なんだ?」


「そ、それは――!」


「信じたいのは山々だけど、悪いが確証がない」


「でもこのままじゃ、ブラッディ家はお取り潰しになってしまうのよ!?」


 それでもヴェスターは譲らない。それどころか今までの冷静さを失ったかのように、目に涙をたたえながら訴える。



「お取り潰しだけじゃない! このままじゃ、僕たちの母さんが死んでしまうんだ!」

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