overflowing あふれた生命

@luyluy

第1話 終の始まり

西暦2035年 1月  新世界暦元年




JAXAの衛生探査機【はやぶさ4号】が木星軌道上の小惑星より


採取した わずか150グラムの鉱石が人類の歴史に急激な変化をもたらす事になる 




筑波宇宙センター環境適合確認研究所 所長室


「所長 昨年はやぶさ4号が持ち帰った この鉱石なのですが」神宮寺博士が小田所長にタブレット端末を見せる


「たしか木星軌道の小惑星から採取された物でしたか?」一見すると水晶に見える鉱石がタブレット端末に映し出されている 形状は歪な楕円形で長い部分が4,8cm 短い部分が3,4cm 厚みが1,2cm〜0,7cm 


タブレットの画面では、様々な波長の周波数を当て それが地球上の物質に与える影響を観察した結果が映し出されている


「ええ 初めて接触出来た惑星なのですが 実に興味深い実験データが出ていまして ご覧のように121nmの化学線を照射します、当然植物や生物に多大なダメージを与える波長ですが これを見ていてください 原因はまだ解析できていないのですが」


そう言うとタブレットを操作して 2つの画面に別れたミトコンドリアの電子顕微鏡による映像に切り替わる


「左が直接照射したもの 右が鉱石を通して照射したものです」


時間毎の経過が映し出されていく 


「これは、左は経過とともに細胞分裂も止まり、生命活動を維持できなくなります ところが右ですが、なんの抵抗も受けることなく生命活動を維持していることがわかります」


「ふむ それは、つまり?」


「はじめは、この鉱石を通す事により 有害な周波が緩和されるか中和されるかと考えたのですが どうやらそうでは無いようなのです」


淡々と話す 神宮寺博士であるが徐々に熱を帯びてきたことがうかがえる


黙って話の続きを目で促す 小田


「この右側のミトコンドリアですが、通常の周期で分裂するのですが 驚くべきことに、すべてが減数分裂なのです


通常は、減数分裂というのは配偶子形成において遺伝的な多様化を生じさせ、環境変化への対応や進化に貢献していると考えられていますが


そうですね、例えば2組4本の染色体を持つ生物では、22=4 通りの組み合わせをもった配偶子が作られ、ここから得られる次世代は 42=16 通りであるわけですが ヒトの場合では23組の相同染色体、計46本の染色体を持つため。。。。えっと 簡単に?」


研究職という人達は、関連した知識は今の本題から脱線していても 皆が共有したいという欲求を持っていると


勘違いしている人達が多いようである


「そうですね 専門ではないので簡単にしてくれると助かる」


所長の仕事というのは、研究ではなく運営であり 極端な話


優れた研究を提出し、より多くの予算を得るのが仕事である




一口 お茶を口に運ぶ 神宮寺博士




「今の段階でわかっていることは、減数分裂をし融合を繰り返すということです つまり分裂しなくなった細胞は、死滅するわけですが ここ数ヶ月の観察で全くそれが確認できていません


しかも 分裂、融合を繰り返していくうちに染色体異常が確認された細胞をも正常な細胞に修復しているようなのです」


「ん? それは、凄いことじゃないですか!」


「凄いことですね 先天性の染色体異常によるダウン症などの病気も治せてしまう可能性があります」


「国には、どのように報告すれば?」


「まだ年単位の経過観察が必要ですが 資料をお渡ししますので、不死の細胞を発見した可能性があるとでも報告して下さい」


「不死の? 本当にそんな報告でいいのかね? ちなみに


そのミトコンドリアは、なんの生物から採取したのですか?」


「えっ? ヒトですが??」


意気揚々と退室する 博士




「2020年のはやぶさ2号による、小惑星リュウグウでのアミノ酸採取以上の成果になるかもしれんな」


1人ほくそ笑む 小田所長であった






西暦2038年 9月  新世界暦0003年




JAXA相模原キャンパス 惑星物質試料受け入れ設備内


ここ相模原キャンパスで最大の予算を投入し


最新の設備を導入し 考えうる最高の頭脳を結集した


プロジェクト·アイオーン


神宮寺博士を責任者に本格的に始動する


「皆さんプロジェクト·アイオーンにようこそ


 我が国、最高の頭脳の皆さん


 これまで国家機密とされてきた情報を皆さんに限り開示します


 当然 守秘義務が生じますので 後ほど誓約書にサインを


 ところで皆さん ラットの寿命をご存知ですかな?」


「通常は1年から1年半ですわね」


「ありがとうございます 確か細胞生物学の白河玲子博士ですね なんとも儚い命ですが こちらのラットなのですが」


そう言うと ガラスのケースに掛けられていた布を取る


「来月で4歳になります これが、これからの皆さんの


 仕事になります」






西暦2045年 6月  新世界暦0010年






JAXA筑波宇宙センター内 スペースドーム


「内閣府 大和田大吾事務次官にご挨拶を頂きました


 では、続きましてJAXA山川豊理事長より、ご来場の皆様へ


 ご挨拶をいただきます」




「皆さんようこそおいでくださいました 理事長の山川です


 本日、お越しいただいた皆さんには


 人類の歴史の分岐点を体感して帰って頂くこととなります


 時の女神の名を冠したプロジェクト·アイオーン


 2038年に発足され、今日に至るまでの7年間の成果の一端を


 ようやく世界に発表できると確信が持てました


 私が長々と話しますより


 このプロジェクトの責任者であり、生命科学の第一人者である


 神宮寺大介博士にお願いしたいと思います


 それでは博士 よろしくお願いします」




「皆さん 私が神宮寺です よろしくお願いします


 さて 早速ですが このプロジェクトのきっかけと言いますのが


 2034年に我が国の【はやぶさ4号】が木星軌道上の小惑星から採取してきた鉱石が始まりです


 こちらをご覧ください」


神宮寺博士の後方の巨大プロジェクターに【はやぶさ4号】の機体下部からロボットアームが伸び


鉱石を採取する映像が流されている


画面が切り替わり 水晶のような鉱石がアップで映し出される


「この鉱石がプロジェクト·アイオーンの始まりで 人類のいや、すべての生物の新たな歴史の始まりなのです


 ある周波数の化学線をこの鉱石を通過させて照射します すると その光を浴びた生命体は劣化も死滅もすることの無い


 細胞分裂と融合を繰り返すのです


つまり永遠に生き続ける細胞ということですが」


会場内がざわつき 何人もの手が挙がる


「質問は後ほど受け付けます こちらを見てください」神宮寺博士が背面を指差す


プロジェクターの画面が一匹のラットを捉えている 


日付が2035年1月6日9時42分秒数が刻々と進む


アクリル製の四角い箱の上部に先程の鉱石を据え、青紫色の光が照射される


白いラットの身体が青紫色に染まる 特に照射前も照射後もラットに変化は見当たらない


「通常ラットの寿命は1年半程ですが このラットは。。。


名前をイブと名付けましたが現在でも生存しています」


どっと会場内がざわめき あちらこちらで手が挙がる 立ち上がる者まで見受けられる


「皆さん どうか落ち着いてください」


また画面が切り替わり ラットが定点カメラで映し出されている 


その日付が2045年6月13日14時36分現在の日付で時刻である


「その技術は、人間にも応用できるのか!?」


誰かが、全員が一番聞きたかった事を叫ぶ


その声を無視して画面を見ながら続ける


「10歳を超えるイブですが 様々な実験に協力をしてくれました 例えばガン細胞を植え付けた実験では ご覧のように


 周囲の健康な細胞と同じように分裂し融合をした時点で


 正常な細胞へと と言うよりガン細胞だけを排出しています」


プロジェクターに電子顕微鏡による ラットの細胞が分裂し融合をしていく様子が流される


会場のほぼ全員が腰を浮かせ 食い入るように見つめている


「現在 開示出来る情報は、ここまでですが 各国関係機関の


 方々、プレスの皆さん2ヶ月後の8月25日ここスペースドーム


 にて さらなる人類の進化の可能性について言及したいと思います 詳しくは、JAXA広報まで問い合わせ下さい」


壇上から降りかけた神宮寺博士が思い出したようにマイクを握り


「失礼 質問を受け付ける約束でしたな


 では、1つだけ 人間に応用できるか?で宜しいかな?


 他にあれば、そちらをお答えしますが」


ざわめく場内 「それでお願いします」「それで〜」


「お答えしましょう 当然できます できない理由が無い


 何かしらの副作用が発生するのか どの程度 効力が


 持続するのか 8月25日をお楽しみに」


不敵な笑みを浮かべ退出する 神宮寺博士




控室の扉を開け 小さなテーブルを挟んで向かい合ったソファーに腰を落とす


簡易キッチンでお茶を淹れていた 白河玲子が向かいに座り


神宮寺博士の前にお茶を滑らせる


「ありがとう どうでした?」長年の癖で肩を回し、コリに抵抗するのだが 最近は、肩に凝りを認められなくなっている


「上出来だと思います 十分に興味を惹けたのでは?」


「だと良いのだがね この程度の規模の会見で発表していいものではないからな」


「8月が楽しみですね」


「そうなのだが 原因がまったく究明出来ていないのが


なんとももどかしい限りではあるがね」


「なぜ出来るのか? ではなく なにが出来るのか?を優先した


結果ですから 致し方ありませんわ」


「究明していく時間は,これからいくらでもあるのだからね」
















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