第147話 秘密
「王宮って大きすぎますね……」
ワイヤードから王宮に来いと呼ばれたのは、事前の話通り2週間ほど経ってからだった。
2人はゼバーシュとは規模の違う、巨大な王都の城を仰ぎ見る。
「そうだな。……にしても、なんで城なんだろうな?」
「さぁ……」
ワイヤードからは、入り口に話を通してあるからこの時間に来い、としか言われていなかった。
ただ、登城するのに恥ずかしくない程度の服装にしてきてはいた。
「まぁワイヤードが知ってる人ってことだから、先に待ってもらってるんだろ、たぶん……」
2人は王宮……と言いつつも、実質は巨大な城の城門で、衛兵に声をかけた。
「すまない。俺はアティアス・ヴァル・ゼルムという者だ。宮廷魔導士のワイヤード殿に呼ばれて来たんだが、話は通っているか?」
2人をじっくりと見る衛兵は、敬礼しながら答える。
「はっ! ワイヤード様からお伺いしております。アティアス様、エミリス様。……念のため、身分証をご提示いただいてもよろしいでしょうか?」
規則通りハキハキと答える衛兵に、2人は身分証を懐から取り出して見せた。
それを手に取り確認した衛兵は、改めて礼をする。
「大変失礼いたしました。間違いありません。……それではご案内いたします」
身分証を2人に返した衛兵は、別の衛兵とその場を代わり、そのまま2人を先導する。
真っ直ぐに王宮を進む衛兵の後を、2人は黙って着いて行く。
初めて見る王宮の様子に、エミリスはキョロキョロと周りを見回しながら、時折「ほぇー」とか「うわー」とか呟いていた。
「どこまで行くんだ?」
アティアスが衛兵に尋ねると、足を止めて答えた。
「は、大広間でございます」
すぐに衛兵はまた歩き始めるが、アティアスはその答えに驚く。
王宮の大広間といえば、通常は王宮の主――つまり女王と謁見したり、重臣と会議をしたりするのに使われる場所だからだ。
「……来たか」
衛兵に連れられて歩いていると、途中でワイヤードが立っていた。
「ワイヤード様、お連れしました」
「ご苦労。戻っていいぞ」
「はっ!」
ワイヤードに言われた衛兵は、アティアス達にも礼をして、入り口に戻っていく。
「待たせてすまない」
アティアスが声をかけると、ワイヤードは「気にするな」と一言行って、そのまま背を向けて歩き出す。着いてこいということだろう。
2人はそのまま続く。
「呼ぶのが遅くなってすまないな。……色々と根回しが必要だったんでな」
「どうせ暇だから構わないさ」
長い廊下を抜けると、程なく大広間にたどり着く。
「……ひっろーい!」
高い天井を見上げながらエミリスが感嘆する。
「舞踏会とかもここで開催されたりするからな。すごいだろ?」
「はい。こんなの初めて見ました」
大広間の中ほどでワイヤードは足を止めた。
「……ここで待っていてくれ」
「わかった」
ワイヤードはそう言うと、1人で大広間の奥――無人の玉座の更に奥に歩いていき、その姿が見えなくなった。
10分ほど待っただろうか。
エミリスが気配を感じたのか、顔を上げたそこには、先日顔を合わせたエレナ女王がワイヤードと並んで姿を見せていた。
ワイヤードが改めて2人に近づき、声をかける。
「待たせたな。……こっちへ」
そのまま女王が座る玉座に向かい、その前で膝を付く。
「立って良いわよ? ……この前はありがとう、2人とも」
和かに声をかける女王に、立ち上がった2人は改めて礼をして、アティアスが答えた。
「お言葉ありがとうございます。私たちの問題でもありましたから……」
「そうね……。その子も前は奴隷だったみたいね。大変だったでしょう?」
女王がエミリスに声をかける。
エミリスは少し戸惑う素振りを見せたが、女王にしっかり目を向けて答えた。
「はい。確かに……すごく辛い日々でした。死んでしまえは楽になるのにと、毎日思っていたくらいです。……でも、アティアス様に出会ってからは、すごく幸せです」
最後は少し恥ずかしそうにしながらも、ちらっと彼の顔を見る。
「ふふ……。良い人を見つけられて良かったわね。……2人を見てると、わたしも若い頃を思い出すわ。ねえ、ワイヤード?」
「ふん。……勿体ぶらずにさっさと本題に入ったらどうだ?」
女王に振られたワイヤードは、いつものようにぶっきらぼうに答えた。
「あなたは相変わらずね。……わざわざあなたたちに来てもらった訳、ワイヤードから聞いてるんでしょう?」
女王の言葉に、エミリスが頷く。
「はい、ワイヤードさんからは、私の両親に会わせていただけると……」
「そうよね。……それじゃ、なぜここにあなたたちを案内したか、わかる?」
女王は含み笑いをしながら、エミリスに問う。
「なぜって……なんでですかね? ……アティアス様、わかります?」
「……俺に聞くなよ」
顔に疑問を浮かべたまま、アティアスに助けを求めるが、彼も首を振るだけだ。
「えっと……すみません。わかりません……」
エミリスは頬に指を当てながら正直に答えた。
「察しが悪いな。……それじゃ、これならわかるか?」
それを見ていたワイヤードは、呆れた様子で自分の髪を手でかき上げる。
その瞬間、手品のように彼の髪が鮮やかな緑色に染まった。エミリスの濃い緑とは異なり、もっと明るい色に。
「……見ての通り、だ。薄々気付いていはいただろうが、俺は魔人でな。……こう見えて、もう100年は生きている」
確かにその可能性は2人で話してはいたが、いざその髪を見ると、驚きのほうが先に出た。
「えっと。――ってことは……もしかして……?」
「ああ。……俺がお前の父親ってことだ」
「…………以前、娘が奴隷商に……って言ってましたよね……?」
「当然、お前のことだ」
即答するワイヤードだが、エミリスはまだ実感が湧かない様子だった。
頭がまだ混乱していたが、そこでふと気づく。
「……え? ま、まさか……その……お母さんってのは……!」
もう彼女はそうに違いないと確信してはいたが、震える声で恐る恐るワイヤードに確認する。
――その答えは別の方から聞こえてきた。
「そう。わ・た・し。……ふふっ」
茶目っ気たっぷりに、自分を指差して笑う女王がそこにいて――。
エミリスは開いた口が塞がらなかった。
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