第146話 辞退
「おはようございますー。良く寝られましたか?」
朝起きると、先に目が覚めていた彼女が間近から声を掛けた。
「ああ、おはよう。エミーは?」
「はい、良く寝ましたよ」
横並びになった寝袋にそれぞれすっぽりと包まって、顔だけ出した状態で会話をしていた。
「そうか。どうする?」
「もう少しのんびりしてから起きますー。付近に何の気配もないですし」
昨晩の間にターゲットのハルハウンドが来てくれれば楽に仕事が終わったのだが、残念ながら昨夜は現れなかった。
日中に来ないとも限らないが、夜行性の魔獣ということもあって、可能性は低かった。
つまり、明るいうちは暇なのだ。
「……こっちから探しに行くって手もあるぞ?」
「うーん、そうですねぇ……。急ぎませんし、数日様子見て来なければ、山を虱潰しに探しましょうかね?」
「わかった。そうしようか」
「私は二度寝しますー」
彼女は一言そう言うと、そのまま目を閉じた。
◆
「……あ、来たようですよ。――獲物が」
山で野営を始めて3日目の夜、そろそろ来なければ、明日から探しに行こうかと話をしていたときだった。
夕食を食べて寝袋に潜り込み、しばらくしたときに彼女が目を開けて彼に話しかけた。
もっとも、暗くて彼からは彼女の顔は見えないのだが。
「そうか。1頭か?」
「いえ、2頭……あ、いいえ。もう1頭小さい反応がありますね。子供でしょうかね……?」
彼女はそう答えると、寝袋から上半身を出した。
それに合わせてアティアスも起き上がる。
いつでも戦えるようにと服は着たままなので、あとは靴を履いて剣を持つだけだ。
「……灯りよ」
アティアスがほんの少しの灯りを、テントの中に灯した。
「たぶん、テントには近づけないとは思うのですけど、念のため離れましょうか」
「わかった」
先に彼女が靴を履いてテントを出ると、彼もそれに続く。
テントから少し離れた広い場所に明かりを灯して、ヘルハウンドが来るのを待った。
程なく、暗闇の中、高い位置から2対の赤い目が光っているのが視界に入った。
「前のよりずっと大きいですねぇ……。あと、小さな1頭は離れたところで待ってるみたいです」
「そうか。どうする?」
「さくっとやっても良いんですけど……。私、アティアス様の格好良いところが見たいです。サポートしますから、お願いできますか?」
「わかった。もし危なくなったら頼む」
「はい、お任せを」
軽く言う彼女の要望に応える意味合いもあるが、確かに自分も腕試しをしたいと思っていたところだったので、それには都合が良かった。
アティアスは数歩、彼女より前に踏み出して、剣を構えた。
明かりの範囲に入ってきたヘルハウンドは、一頭がより大きく、もう一頭はそれよりは少し小ぶりだった。
とはいえ、どちらも大きいのは変わらない。
『グオオオオーッ!』
小ぶりな方が前に出て、2人を威嚇した。
振動で肌が震える。
アティアスは怯みそうになるが、堪えて先制で魔法を放つ。
「――爆ぜろ!」
発動の言葉だけで放ったそれは、威力は弱いが目眩しのためだ。
放つと同時に地を駆け、ヘルハウンドに斬りかかる。
――ガッ!
その剣を、ヘルハウンドは前脚の長い爪で受ける。大きな身体とは思えない俊敏さだ。
二度三度斬りかかるが、うまくあしらわれてしまい、一旦距離を取ろうとアティアスは少しバックステップを踏んだ。
その時を狙っていたのだろうか。
ヘルハウンドの開けた口の奥に炎が光る。
『ゴガァー!』
そして、勢いよく炎が吐き出された。
「――壁よっ!」
一瞬焦るが、その炎は彼の体に到達する直前で方向を変えた。
咄嗟に張った防御魔法がそうさせたのだろう。
「ふっ!」
アティアスは一息吐いてその炎に飛び込むと、ヘルハウンドの口に剣を突き刺す。
『グギャーーー!』
叫びと共に炎を周りに吐き散らしながら、ヘルハウンドは首を振って悶え――そして倒れた。
アティアスは一度後ろに下がってエミリスと合流する。
「お見事ですー」
のんびりした声でエミリスが言う。
最初から、万が一の時にはフォローするつもりでいたのだろうが、その必要もなかったようだった。
「炎を受けたら危なかったけどな」
「ふふ、その時はちゃんと治癒しますから。……じゃ、もう一体は私にお任せください」
そう言うと、彼女は抜身の剣をぶら下げて、真っ直ぐヘルハウンドに向かって歩く。
その余裕に炎が効かないということを理解しているのかいないのか、ヘルハウンドは僅かに後退りをした。
ヘルハウンドの間合いに入ろうかという時、彼女の胴体ほどもある太さの前脚を振り上げた。
しかし、その前腕が振り下ろされることはなく――
鈍い音と共に、半ばで切断された腕が地面に転がった。
そして、彼女が2度目に剣を振るうと、今度はヘルハウンドの頭部がドサッと地に落ちた。
◆
「……圧倒的すぎだろ」
棒立ちのまま軽く剣を振ったようにしか見えなかったのに、あの硬いヘルハウンドの爪や毛皮をあっさりと切り裂いたことに、アティアスは呆然とした。
「やっぱり、この剣凄すぎますね。……相手が人間だと、使うのは危険すぎます」
「そうだな……」
アティアスもそれに同意する。
2頭のヘルハウンドが地に倒れたことを確認し、エミリスは思い出したように呟いた。
「そういえば、あと1頭いましたね。動かないみたいなので、こっちから行きますか?」
「ああ」
アティアスは彼女に先導され、残る1頭の気配のするところに向かった。
「……あ、いましたよ」
彼女が指差す先には、低い位置に赤く光る眼が見えていた。
「やっぱり子供か……?」
「みたいですね」
両目の間隔を見る限りでは、成犬程度の大きさに感じられた。
明かりを放ってその全貌を確認しようとした。
そのとき――
『くぅーん……』
怯えた様子で小さく鳴く声が聞こえてきた。
見ればまだ毛の色もグレーっぽく、明らかに成長しきっていないが、ヘルハウンドの特徴を持った獣が蹲っていた。
こちらを見て震えているようにも思える。
「……さっきのヘルハウンドたちの子供でしょうかね?」
「そう……なんだろうな」
「アティアス様……こんなこと言ったら怒られるのかもしれませんけど、可哀想なことしちゃったなって思いました。魔獣って言っても、この山でただ生活してただけなんですよね……?」
「あまり考えたこともなかったけど、確かにそうだな。こいつらにとったら、俺たちが侵入者なんだろうしな」
この山に住みながら子供を育てていただけだとすれば、彼らはその生活を守ろうとしただけなのかもしれない。
そう思うと、自分たちのしたことが本当に正しかったのかと、自信を持って言えなくなってしまった。
「……この子は逃がしてあげても構いませんか?」
彼女の訴えに、アティアスは頷く。
「ああ。まだ人を襲うってこともないだろ」
そう言うと、彼は子供のヘルハウンドに背を向けた。
◆
その後、倒したヘルハウンド2頭を地中に埋めてから、2人は夜を明かした。
翌日、王都に帰ったが、ギルドには依頼については辞退すると連絡した。
理由についても聞かれたが、期限内に現れなかったなどと言って適当にはぐらかした。
「ん~、やっぱりクレープが美味しいです~」
クレープを頬張りながらエミリスは機嫌よくしていた。
「もう少しで王都から離れるんだ。しっかり食べておけよ」
「はいっ! それじゃいっぱいお代わりしますねっ」
笑顔で答えた彼女に、アティアスは苦笑いする。
「ま、ほどほどにな」
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