第137話 無力

「うん、静かになりましたねー」


 完全に男たちを沈黙させたあと、エミリスは他にどれくらい残っているか確認しようと、意識を集中させた。


「……んん? アティアス様かな?」


 離れたところにワイヤードとアティアス、2人の存在が確認できた。

 逆に自分の近くには誰もいないようだ。


「じゃ、合流しましょうかね」


 エミリスは自分の仕事は終わったとばかりに、鼻歌まじりに彼のいる方に足を向けた。


 そのとき――。


「――ほう。聞いた時は驚いたが、まさか本当に存在していたとはな……」

「――――!」


 突然背後から聞こえた声に、エミリスは咄嗟に振り返りながら距離を取った。


「ふむ。なかなか良い反応だ」


 そこには1人の男が立っていた。

 格好は先ほどまでの男たちと同じで、黒いマスクをしていて見かけ上の区別はつかない。

 だが、明らかに雰囲気が異なることに危機感を覚える。


(何者……? 全く気づけなかった……)


 彼女が魔力で探知できなかったというのは、ワイヤードと同じ感じがした。

 ただ、この男は幻ではなく、明らかにそこに存在していた。呼吸があり、独特の匂いが感じられたからだ。


 棒立ちでありながらも、全く隙がないその立ち姿に圧倒されそうになるが、彼女はそれを押さえ込んで表情を消し去る。


「あなたが、ここの親玉ですか……?」

「だとすれば、どうする?」

「死んでいただくことになりますかね」


 男が質問で返したのに対して、彼女が答えた。

 それを聞いた男は、声を殺して笑う。


「くくく。それは無理だろうな。……お前が仮に魔人だったとしてもな」

「……なら試してみましょうか?」

「なかなか自信があるようだな。まぁいい。好きなだけ試してみればいい」


 そう言いながら両手を広げ、いつでも来いとばかりに男は挑発した。


「――雷よ!」


 得体の知れない男に対し、エミリスは一撃で仕留めようと、先ほどとは比較にならない魔力を込めて雷撃魔法を放った。

 彼女が注ぎ込んだ魔力によって、一瞬――周囲が真っ白に光る。


 ――だが、それだけだった。


 放ったはずの魔法は、男に収束する前に霧散してしまったのだ。弾かれた訳でもなく、最初から無かったかのように。


「…………えっ⁉︎」


 それまで表情を押さえ込んでいたエミリスだが、初めてのことに何が起こったのかわからず呆然と呟く。

 ドワーフの森では発動すらしなかったが、明らかに発動しているのに途中で消えてしまうことに、理解が追い付かなかった。


「……どうした。それだけか? こっちから行ってもいいか?」


 男は余裕の口調で、ゆっくりと懐からナイフを出した。


「――くっ!」


 エミリスはもう一度、今度はこの建物ごと破壊することもいとわず、爆裂魔法を男に放った。


 ――しかし、それも男の目前で消えてしまう。


(魔法が……届かない⁉︎ そんなはずは……!)


 心の中で叫びながら、必死にどうするべきか考える。

 仮にこの男に魔法が全く通じないのであれば、武器を持っていない今の自分ができることは、先ほどを同じように何かを操ってぶつけることくらいだ。

 ただ、男と自分の間には……何もない。


 となれば――逃げるしかない!


 そう一瞬で判断し、男に背を向けて走り出す。


「――おっと。逃がさんぞ?」

「えっ……!」


 エミリスは慌てて足を止める。

 先ほど後ろにいたはずの男が、なぜか自分の前に立っていた。


 何が起こったのかわからないが、いつの間にか回り込まれていた。


「その力は惜しい。私に従うなら命は助けてやるが?」

「……死んでもごめんですね。私が従うのはお一人だけです」


 道を塞ぐ男の言葉に、彼女はきっぱりと言い放つ。


「……なら少し痛めつけてやろう」

「くっ……」


 ゆっくりと近づく男に対し、彼女は自分の周囲に結界を張り巡らせる。

 魔法でこじ開けでもしない限り、この壁は誰も突破できないはず。

 だが、男と触れたところから壁が失われ消えていく。

 壁の意味を為していないことは明らかで、男が進むたびにエミリスも後ずさる。


 もう考えられる手段はほとんど残っていなかった。


(何があっても……アティアス様の所に!)


 覚悟を決め、エミリスはドレスの胸に付けていたブローチを引きちぎり、男に投げつける。

 男はそれを何気なく手で払うと、ブローチは乾いた音を立てて床に転がった。


「……無駄なあがき――があっ!」


 振り返って言いかけた男の言葉は、自分の脇腹に走る鋭い痛みによって、途中で叫び声に変わった。

 見るとその場所には、先程払ったはずのブローチが深々と突き刺さっていた。

 気を逸らした隙に彼女が操り、武器に変えたのだ。


(――今っ!)


 そのほんの一瞬だけ男にできた隙に、エミリスは天井を見上げた。

 そして、そこに向かって視線で爆裂魔法をぶつける。


 ――バコッ! ガラガラ……


 天井に大穴が開くと共に、大量の瓦礫が2人に落下してくる。


「――ちっ!」


 男はそれを避けるように後ろに飛ぶ。

 逆にエミリスは――瓦礫をその身に受けながらも、開いた天井の穴に飛び込んだ。

 そして、次の階でも同じことを繰り返す。


 最後は屋根を破壊し、屋根の上に降り立った。


「ぐぅ……っ!」


 ある程度魔力で防いだとはいえ、ドレスは破れ、防ぎきれなかった瓦礫で肌から血が流れていた。


 流石にここまでは追ってこられないようで、エミリスは一度大きく息を吐いた。


「――アティアス様!」


 とはいえ、ゆっくりはしていられない。

 あの男は健在だろう。

 このあとあの男が出てきて、アティアス達と鉢合うことになってはいけない。


 急いで屋根から飛び降りて、アティアスの方に向かった。


 ◆


「あれは――エミーか⁉︎」


 入り口を破壊して建物に入ろうとしていた時に、屋根を壊して飛び出したエミリスが目に入った。

 ドレスが破れ、所々に赤く血が滲む様子は、只事ではないことがわかる。


「……ちっ、これは撤退だな」


 ワイヤードもそれに気づいたのか、舌打ちする。

 屋根の上の彼女は、こちらに気づいて飛び降りてきた。


「アティアス様、早く逃げてください……!」

「大丈夫か⁉︎」

「ええ、詳しくは後で――」


 彼の腕にしがみつき、エミリスは体を浮かせる。

 アティアスはそのまま彼女を引きずるようにして、急ぎその場を離れた。

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