第115話 海鮮
「うわっ! これすっごく美味しいですっ! あぁ、こっちもっ!」
テーブルに所狭しと並んだ料理をがつがつと食べながら、エミリスが感嘆の声を上げる。
「……そんな慌てて食べなくても大丈夫だぞ」
いつものことだが、呆れながらアティアスが諭す。
せめてもう少し上品に食べてほしいところだが、美味しいものを目の前にした彼女はそう簡単には止められない。
「だって美味しいんですもん!」
「そうは言ってもな……」
仕方なくアティアスは自分の食事を進める。
確かに彼女が言うように、ここの海鮮料理は美味しかった。
あっさり目の味付けだが、どれも魚介の出汁の旨味が豊富で、普段あまり食べ慣れないこともあって絶品と言えるものだった。
あっという間に半分ほどの料理が彼女の胃袋に格納された頃、厨房から彼女をちらっと見ていた料理長が話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、いい食べっぷりだな。そんなに美味しそうに食べてくれるとこっちも嬉しくなるぜ」
料理長は長年料理を続けてきたのだろうか、良く日焼けした肌がいい味を出している50代くらいの男だった。風貌としては漁師のようでもある。
「はいっ! すごく美味しいので、いくらでも食べられますねっ!」
彼女が笑顔で返事をする。
「よし、サービスするからどんどん食ってくれ」
「ええっ! いいんですか⁉︎ ありがとうございます!」
「良いって。もう閉店も近いし、残っても捨てるしかないからな。食べてくれた方が助かる」
そんな彼女のことが気に入ったようで、料理長は更に料理を並べていく。
本当に良いんだろうかと心配になる量だ。
周りを見渡せば、他の客はいなくなっていた。
その時だった。
「相変わらず、しけた店だな! ほとんど客がいねぇじゃねぇか」
入り口から3人の男が文句を言いながら、ずかずかと入ってきた。
まっすぐ奥に向かったところから、どうやら客ではなさそうだ。
「……お前らか。何の用だ? まだ期日には早いが」
先ほどの料理長が不機嫌そうに対応する。
「あん? 誰に向かってそんな口きいてんだ? 利息の代わりにでも飯食わせろや」
どうやら借金取りか何かのようで、タダ飯を要求している、というところか。
店の問題に首を突っ込む訳にはいかず、静観することにする。
「あいにく今日の食材は使い切ってな。出せるものはない」
「何だと? そんなに繁盛してるならさっさと金返してほしいもんだ。……どうせ嘘だろ⁉︎」
――ドン!
言いながら男はカウンターの椅子を蹴飛ばした。
機嫌よく食事をしていたエミリスの顔色が変わるのが見えた。
「あそこのテーブルに山ほどあるじゃねぇか。早く出せよ。痛い目見てえのか?」
「だからそこに出した分で最後だ。諦めろ」
料理長の話は本当なのだろう。
今日最後の客だったアティアス達で全部材料を使い切ったのだ。
納得のいかない男が今度はアティアス達のテーブルに向かってきた。
それを見てアティアスはため息をつく。男達のこのあとを予想して。
「お前らのせいで飯食えねぇそうじゃねぇか。どうしてくれる⁉︎」
そんな言いがかりを付けられても困る。
喚く男を横目に、エミリスが小声で聞く。
「食事の邪魔なので、つまみ出しても良いです?」
「ああ。死なない程度にな」
平然としている2人に、男達は更にイライラが募るようだ。
「客に手を出すな!」
「てめぇは黙ってろ!」
それを料理長が止めに入るが、男は一喝する。
そしてエミリスの方に向かって言った。
「1人でどんだけ食ってんだ! おかしいだろ。――ってよく見たら結構可愛いじゃねぇか。身体で払ってくれるなら許してやるぜ?」
急に下品な言い方になり、彼女に顔を近付ける。
しかし、彼女は「ふぅ」と一息ついて、久しぶりに見せたあの無表情なままで、男達に視線を向ける。
「……な、なんだ⁉︎ てめぇ……」
一瞬怯んだ男に向けて言う。
「さっさと出て行くなら何もしませんけど、そうじゃないなら……」
「どうするってんだ⁉︎ ああん?」
彼女の話を遮って手を伸ばしてくる。
しかし、その手は途中で止まる。
伸ばそうと力を入れているが、それ以上何かに当たったように進まない。
「な、なんだ⁉︎」
何か見えない壁のようなものがあるのに気づいて、何度も叩いてみるが、どうしてもそれ以上彼女に近づけない。
「……ふふ、何遊んでるんですか?」
無表情な目のままで、エミリスが笑う。
以前と違って、今の彼女には自信が溢れている。それとともに、ある意味では悪役のようでもある。
「くっそ、何かしてるのか、テメェ」
「お答えする必要はありませんね。――それじゃ、初めましてですけど、さようなら。海で泳いで来てくださいね」
そう呟いたあと、男達はふわっと浮き上がった。
暴れるが彼女はそれを抑え込み、そのまま男達自身で開け放たれたままの入り口から、文字通り彼女につまみ出された。
しばらくして、遠くから『バシャーン!』という音と、男達の悲鳴が聞こえてきた。
「ふふふ。さ、残りの料理をいただきますー」
何もなかったかのように表情を崩して、彼女はまだ手を付けていなかった料理に箸を伸ばした。
◆
「すまないな。あんな見苦しいところ見せて」
あれから男達は戻ってくることはなかった。
料理を全部平らげて満足そうにしている彼女を席に残したまま、アティアスは会計を済ませようと料理長と話をしていた。
「いや、良いんだ。……ただ、あいつらまた来るんじゃないか? 大丈夫か?」
「だろうな。前に一度金を借りてしまったら、法外な金利を取ってきてな。返しても返しても減らなくて、こんなことに」
あくどい金貸しにカモにされているということか。
良い店なのに残念に思う。
しかし、ここ以外にも被害に遭っている人は多いのではないかと予想でき、問題だろうと考えた。
「どこの金貸しだ? 決められた金利以上を取るのは領令違反だ。なんなら俺が指導に入るが……」
料理長はその話に目を見開く。
指導できる立場の者などそういるものではないからだ。
とはいえ、指導といっても、改めるか取り潰すかのどちらかしかないのだが。
「……あなたは一体?」
「俺か? 俺はアティアス・ヴァル・ゼルムと言う。まぁこの街には遊びに来ただけだけどな。そのついでだ」
「ゼルム卿のご子息ですか。どうりで……」
「で、俺が動いても構わないのか?」
再度確認すると、料理長は深く頭を下げて言った。
「よろしくお願いします。本当に困っておりました」
アティアスは頷く。
そこに思い出したかのようにエミリスが声をかけた。
「あ、そういえばアティアス様、結局今晩の宿どうするんです?」
「そうだったな。どうするかなぁ……」
指導などの前に、今晩の宿がないことには文字通り路頭に迷うことになる。
「……もしかして宿が決まってないんですか?」
「ああ。恥ずかしいことにな」
頭を掻きながらアティアスが答えると、料理長が提案してきた。
「なら、今晩はここの2階に泊まられると良いです。今は使ってませんが、以前は民宿をしておりましたので」
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