第65話 遭遇
「とりあえず、しばらく大人しくしてようか」
ギルドからの帰りに、両手いっぱいの葡萄を買い込んだ。
「はい! 葡萄の季節の間ここに居たいくらいですー」
彼女は帰って葡萄を食べるのを楽しみにしていた。
「この街には葡萄狩りってのがあって、畑でそのまま好きなだけ葡萄が食べられるんだぞ?」
「え、なんですかそれ⁉︎ 最高じゃないですか‼︎」
「そう言うと思ったよ。エミーなら畑全部食べてしまいそうだな」
「いくらなんでもそんなわけないですよ! 私をなんだと思ってるんですか⁉︎」
「たぶん、エミーの胃袋は異世界に繋がってるんだろ」
アティアスが笑いながら話す。
「酷いですー」
それを彼女も笑いながら抗議する。いつもの日常だった。
◆
アティアス達がウメーユに来て1週間が経った。
その日、前後に護衛の騎馬を伴った一台の馬車が街に到着し、真っ直ぐに砦に向かう。
「この街は平和だな」
馬車に乗る人物は、正面に座る従者に呟く。
「は、領地の中でもここは治安も良いと聞きます。ゼバーシュ領と近いですが、間に山脈があります故」
丁寧に答える。
もちろんそんなことは言わなくても知っているのだろうが、聞かれたことに答えるのが彼の仕事だった。
「うむ。だが山脈があるということは魔獣の脅威もある。警備を疎かにするわけにはいかん」
「はい、承知しております、マッキンゼ卿」
馬車に乗っていたのは、この地を治めるマッキンゼ子爵その人だった。
見た目にはまだ若い。30歳代だろうか。短めの金髪に精悍な顔つき。目つきは遠目には柔和に見えるが、青い目は鋭い眼光を放っていた。
「そろそろか……」
馬車は大通りを行く。
あと5分も走れば砦に着くだろう。
彼は馬車から外を眺める。道行く人が馬車を振り返るのが見える。
ふと――その中の1人に目がいく。
「馬車を止めろ!」
咄嗟に声を出す。
それに呼応し、何事かと慌てて御者が馬を止める。
少し行き過ぎたが、気になった少女が連れの男とこちらを見ているのが目に入る。
気になったのはその帽子から覗く少女の髪の色だった。25年ほども前、まだ子供の頃に噂を聞いて以来、ずっと探していた女がここにいたのかと思った。
しかしその頃少女だった女は今では30歳代くらいになっているはずで、いま眼前にいる少女は明らかにそのような歳ではなかった。
とはいえ、他にその髪の持ち主がいるというのが信じられず、確認するためにマッキンゼ卿は馬車を降りる。
すぐに従者がその後に続く。
2人の近くまで行くと、少女の連れの男が緊張した面持ちで彼女を守るように少し前に立つ。
そのとき、気づく。
「……貴公はゼバーシュ卿の……確か、アティアス殿」
彼も麦わら帽子を被ってはいたが、以前何度も見かけたことがあり、見間違えたりはしなかった。
「……お久しぶりですね。マッキンゼ卿」
立派な馬車を見かけた時に、まさかとは思ったが、こんなところで領主本人と会うことになるとはアティアスも思っていなかった。
しかも、向こうから話しかけてくるとは。
エミリスの視力ならともかく、あの速度で走る馬車の中からアティアスを見分けられたとは思えない。ならばなぜここで停まったのか。
「アティアス殿が良く旅をしていることは知っておりましたが、ウメーユに来ておられたとは。いかがですか、この街は?」
マッキンゼ卿は世間話をするかのように話しかけてきた。
アティアスとエミリスは失礼に当たらぬよう、帽子を取る。
「ええ。この季節、この街は賑わっていますから、つい長居をしてしまっております」
「それは良かった。ごゆっくりしてください。……ああ、そういえばこの度ご結婚されたそうですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
アティアスは礼をする。
「とすれば、お相手はそちらのお嬢様ですかな?」
「はい、お初にお目にかかります。エミリスと申します。」
彼女もマッキンゼ卿に深く頭を下げる。
「ヴィゴール・マッキンゼと申します。どうぞお見知りおきを」
マッキンゼ卿も彼女に軽く礼をする。
「それにしても、良く馬車から私達がわかりましたね」
アティアスが気になっていたことを質問すると、マッキンゼ卿は少し考えるようにして答えた。
「いえ、たまたま貴公の奥方の髪の色が見かけないものだったのでね。つい気になってしまいました」
髪の色なら馬車で走っていてもわかるかもしれない。それに嘘は言っていなさそうだ。
――ただ、それが気になっただけで、果たして馬車を停めるだろうか。
「確かに……少し珍しい色ですからね。ただそれだけですが」
当たり障りなくアティアスは答える。
「そうですか。私の気にしすぎだったようです。25年ほど前に同じ髪の色の女の子がいたのですが、行方が分からなくてね。しかし貴女の歳とは大きく異なりますから、別人でしょう。……失礼しました」
「そうだったんですか」
「それでは予定もありますので、今日はここで失礼します。またいずれお会いしましょう」
マッキンゼ卿は、すっと馬車の方向に向きを変え、従者とともに乗り込んでいく。
「こちらこそ」
アティアスはそれを見送った。
◆
「……オスラムが失敗するとは考えられなかったが、音信がないのは……もしかすると先程の……。いや、まさかな……」
マッキンゼ卿は考え込む。
魔道士のオスラムとは歳も近く、よく話し相手になってもらっていた。
やり方は問わないがゼバーシュをかき回してこい、と送り込んだがもう長らく連絡がない。恐らく捕えられているか、死んでいるのかのどちらかなのだろう。
彼はマッキンゼ卿の部下の中でも上位の魔道士だったし、ヘマをする男でもない。
そして、あの少女は探していた女とは違ったが、少なくともあの髪を持つ者が常人であるはずがない。
それにあのアティアスには以前は腕の立つ護衛が常に側にいたはずだ。護衛もなく、たった2人であの危険なマドン山脈を越えようとするとは考えられない。
つまり、他に護衛が要らないほどの力があの少女にある……?
――ゼバーシュ領と事を構えるのは、慎重にしておくほうが良いかもしれんな。
言い伝えが本当ならば、いくら優秀な魔導士を集めたところで、まともに戦うのは危険だろう。
とはいえ、常に周りに気を配っているということはないだろう。不意打ち、あるいは毒でも盛れば、始末することは簡単だ。
ただ――
(一般人なら、なんとでもできたのだがな……)
先の話では、今のあの少女はゼバーシュ伯爵家の貴族だ。自分の領地内で下手に動くと外交問題になりかねず、今は慎重にならざるを得ない。
「せめて……あの研究が完成するまでは……」
◆
「ちょっと焦ったよ」
コテージに帰りながら、ほっとした様子でアティアスが話す。
「まさかでしたね。……馬車の中からこっち見てるなーとは思ったのですが」
「……馬車の中まで見えるのか? どんな目だ」
彼女の視力の良さに感嘆しつつも呆れる。
「ふふーん、こんな目ですっ」
眼鏡を少しずらし、特徴ある赤い目を上目遣いにして、彼を見つめる。
「相変わらず宝石みたいな綺麗な目だな。……それにしてもマッキンゼ卿が話していた25年前の……って、それエミーの事じゃないのか?」
「うーん、私もそうかもって思ったんですよね。その頃の私なら、普通の人での5歳くらいに見えたはずです。でも私はゼバーシュ領からは出ていないはずなので……」
「マッキンゼ卿に詳しく聞くこともできないしな。エミーの他に同じようなのがいるとも思えないが……」
「ですよねー」
とはいえ、別人だと勘違いしてくれたのならそれはそれで都合がいい。
しかしあまりマッキンゼ卿と会うのは危険だろう。この街に彼が滞在している間は、あまり出歩かないほうが良いと判断した。
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