第62話 穴掘

「しかしデカいな。ほっとく訳にもいかないし、どうしようかな?」


 ヘルハウンドの死骸を見て、アティアスが呟く。

 いつもそうだが、倒しても消えてなくなる訳ではないので、扱いに困る。

 野営なら場所を変えれば良いが、ここでは建物の前である。今日だけならともかく、夏場だけに数日後は大変なことになるだろう。


「……埋めますか?」


 エミリスが提案する。


「埋めるって言ってもな。どれだけの穴を掘るつもりだ?」

「うーん、これが入るくらい……ですかねぇ?」

「道具もないし、そんなの一晩じゃ終わらなくないか?」


 彼女は少し考え込んで提案する。


「私が魔力で掘ってみましょうか?」


 彼女は言うなり、ヘルハウンドの横の土を魔力で持ち上げ始める。

 一度に動かせるのは人の頭くらいの大きさだが、すいすいと掘ってはその横に積み上げていく。


「……いつの間にこんなことできたんだ?」


 その様子を見て、アティアスが感嘆する。


「え? 魔法覚えた頃からできましたよ。最初はもう少し軽いものしか無理でしたが」


 何を今更と言わんばかりに彼女は答える。

 その会話の間もどんどん穴は大きくなり、程なくヘルハウンドが入ってしまうくらいの大穴が空いていた。


「じゃ、入れちゃいますね。ちょっと重たそうなので声掛けないでください」


 そう言って彼女はヘルハウンドの側に立つと、両手を死骸にかざして集中する。


「むむむー……」


 唸る彼女の額に汗が滲む。

 かなりしんどそうに見えるが、声をかけるなと言われているので黙って様子を見守る。


 しばらくの後、前脚が持ち上がり始め、次に後脚……。それからゆっくりと全身が、地面からわずかに浮いた。


「……はぁ……はぁ……」


 彼女は荒い息をしている。

 人間何人分もある巨体を魔力だけで浮かせてしまったのだ。かなりの負担なのだろう。

 彼女の左手の紋様が暗闇の中で光っているのが見える。

 普段魔法を使うときに光っているのは見たことがないので、今回のように目一杯魔力を使うときだけなのだろうか。


 完全に浮いたのを確認し、ゆっくりと穴の方に動かしていく。

 途中、一度バランスを崩しそうになるが、なんとか堪える。

 身体が半分と少し、穴に入ったところでそのまま落とすと、転がって穴に納まった。


「……はぁ。やっぱりこれは重すぎますね。もう一体は無理かも……」


 エミリスは肩で息をしながら呟く。


「すごいな。この重さが上げられるのか。……ちょっと信じられないな」


 労いながら彼が言うと、彼女も顔を向けて説明する。


「人とか動物とか、動いてるものは無理です。一瞬浮かせられると思いますけど、暴れると落ちます。あと、同じ重さでも、金属や石みたいなぎゅっとしたものは上がらないんです。逆に大きいものは、かなりの重さでもなんとかなりますね」

「そうなのか。密度に関係してるのかな……?」

「詳しくは分かりませんけどね。……とりあえずこれは土被せますねー」


 言いながら、先ほど積み上げた土をさっさと被せていく。

 このくらいなら涼しい顔でこなしている。

 一度にもっと多く運べるのだろうが、恐らく疲れない適量でやっているのだろう。


 被せてしまったあと、続けてもう一体を埋めるための穴を掘り始める。

 穴はすぐに出来上がったが、浮かせて入れるほどの力は残っていなかった。


「うぅー、ごめんなさい。やっぱり、もう無理みたいです……」


 頑張って上げようと一度は試みたが、両脚が上がったところで断念した。


「そうか、すまなかったな。……それじゃ、ちょっと荒っぽいが俺がやるよ」

「……へ? どうやるんです?」


 不思議そうに彼女が彼の顔を覗き込む。


「ちょっと離れとけよ。……こうやるのさ。……爆ぜろっ!」


 ――ドカン!


 ヘルハウンド死骸のすぐ横に魔法を打ち込み、爆破の勢いで転がった巨体が穴にすっぽりと納まった。


「うわぁ……絶対こっちのが楽じゃないですか……」


 口を開けて唖然とする彼女の頭を撫でる。


「エミーの力持ちなところが見えたから、よしとしよう」

「ぶー、あれはものすっごく疲れるんですから、こんなのできるなら最初からやってくださいよっ」

「ははは、すまんすまん」


 口では文句を言っているが、髪を撫でてもらってしっかりと顔は緩んでいた。


 最後にもう一度彼女が土を被せて、ヘルハウンド二頭は完全に埋められた。

 男達四人組も途中で意識を取り戻したのか、その様子を見ていた。


「……何者なんだ? ……あいつら」


 最初にヘルハウンドの爪にやられた男が呟く。最後に無傷で残った男は知っていたが、黙っていた。


「さあな。……とりあえず俺たちが生きてるのはあいつらが居たからだってことだけは分かる」

「後で謝らんといかねぇな」

「……ああ」


 ◆


「そのまま出発しちゃいましたけど、良かったんですか?」


 相変わらず馬にしがみついて荷物になりきっているエミリスが聞く。

 峠を越えて、下り基調になったということもあって、昨日よりも更に恐怖心が煽られるようだ。


「ああ、色々聞かれると面倒だからな」


 アティアスが答える。

 あのあとすぐに少し寝てから、朝早くに出発していた。

 彼女は眠そうにしていた。朝になり男達と顔を合わせるのを避けるため、かなり早起きをしたのだ。方向が逆と言っていたこともあり、もう会うこともないだろう。


「そうですねー」


 昨晩のことでアティアスへの見下しも無くなっただろうことに、彼女はすっきりした気分だった。


「ところで、昨日あれだけのものを持ち上げられたんだろ。もしかして自分自身を上げられたりはしないのか?」

「はえ? ……それはどういう意味ですか?」


 いまいち理解できずに聞き返す。


「そりゃ、そのままさ。自分の身体を浮かせて飛べたりしないのかなと」

「うーん……考えたこともなかったです……」


 確かに彼のいう通り、自分の身体くらいの重さなら、今なら充分持ち上げられる。

 もしそれを応用して自由に空中を移動するようなことができたら、こうして怖い思いをしてしがみつかなくて済んだのにと思う。


「まあ俺の思いつきだ。気にするな」

「そのうち試してみますね。……ちなみに、アティアス様を浮かせてさしあげることはできますよ。……暴れると落ちますけど」


「ちょっと怖いけど、それは楽しそうだな。1回やってもらおうか」

「ふふ、今度ぜひー」


 ◆◆◆


【第4章 あとがき】


「ようやく第4章が終わって、久しぶりのあとがきコーナーですね!」

「そうだな」


 嬉しそうに両手を挙げるエミリスに、アティアスは頷いた。


「久しぶりにミリーさん達にも会えましたし、やっぱり旅は楽しいですね!」

「俺が旅が好きなのも分かるだろ?」

「はい。でも、アティアス様と一緒じゃないと嫌ですけど……」


 そう言いながら、彼女は嬉しそうに彼の腕に抱きついた。


「それはそうとして、エミーの食欲がどんどん増してないか? 最初はここまでじゃなかったろ?」

「え……? いやぁ、なんのことでしょうかねぇ……。あはは……」

「なるほど。猫を被ってた……と」

「だって聞かれませんでしたし……?」


 エミリスは冷や汗を流しながらとぼけた。


「まぁ良いけどな。……さぁ、次章からマッキンゼ領での旅だな」

「ですねー。私が大活躍するはずなので、乞うご期待!」

「……主人公は俺なんだけどな?」


 胸を張る彼女に、アティアスは頭を掻きながら呟いた。


「えぇっと、たぶん読者の方々は、私が主人公だと認識してると思いますよ……?」

「…………」

「あぁっ! いじけないでくださいって!」

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