第59話 回答

 結局、ドーファンから首輪について回答があったのは、ワイルドウルフの襲撃から1週間が経ってからだった。


 その間、新たな獣達の襲撃も無く、徐々に警備を元に戻していった。とはいえ、何かあればすぐに応援の兵士を出せるようにしておくことと、魔導士を配備することは維持していた。

 魔導士がいればしばらく防御できるため、その間に援軍を呼ぶことも可能だからだ。


 ドーファンからの回答は、早馬に託された手紙で受け取った。

 その手紙に書かれていたのは――


「えーっと。首輪に付いていた宝石は……魔法を溜めておくためのものらしい……とのことだ。トリックス兄さんが研究してた物に近いのかな」

「ふむふむ。詠唱無しってのもそれでなんでしょうかね」

「かもな。……で、5つの宝石でまだ使われてなかったのがひとつ。それにはもうひとつ雷撃の魔法が入ってたそうだ。……となると、2つが防御で、爆炎が1つと雷撃が2つか。つまりあれ以上はもう魔法で防御できなかったんだな」

「……ふむふむ。……でも、そもそも誰が首輪を付けたんでしょうか?」


 単純な疑問だが、ワイルドウルフが自分から首輪を付ける筈がない。

 誰が後ろで糸を引いている者がいるのだ。


「使えない魔法は入れられないだろうから、少なくとも雷撃の魔法が使える魔導士だろうな。となると、マッキンゼ領の方の魔導士の可能性が高いと思う」

「そうなりますよねぇ……。それにあれって厄介な気がします。狼が持つならともかく、魔導士が自分で持つこともできるんですよね? 先に自分の魔法入れておけば、魔力を消費せずに、簡単に無詠唱で魔法使えるってことじゃないですか」


 エミリスの考える事も尤もだ。

 元々の魔法の強さを超えることはできないだろうが、それでも事前に準備さえしておけば、かなり危険なものとなり得る。


「確かにな。あとはどのくらいの距離まで放てるか。だけど、あくまで俺の予想だが……そこまで長距離には使えないんじゃないだろうか」

「それは何故でしょうか?」

「魔石を使って魔法を使うとしたら、どうやって狙いを定めてるんだ? 魔導士なら意志で魔力を制御できるけど、そういう感じじゃない気がする。……だから防御の魔法か、もしくはある程度広い範囲を、無差別に攻撃するようなことしかできないんじゃないかと思ってね」

「なるほどですー」

「とはいえ、まだわからないことだらけだからな、用心しないと」

「はい、気をつけます」

「じゃ、首輪のことは一旦置いておくとして、そろそろこの町を出てマッキンゼ領に入ろうと思う」


 アティアスが切り出す。

 今ここでできることはもう無い。ならば北に向かい、新しい情報を得る方が良いだろうと考えた。


「私はここより北に行ったことが無いのですが、どんな感じなんですか?」


 彼女が聞く。


「そうだな、この先はマドン山脈があって、それを越えないとマッキンゼ領には行けない。だから、しばらく山道を行くことになる。一応街道はあるけど馬車が通れるような道じゃないな」

「ああ、あの見えてる山ですね。あれ越えないといけないんですかぁ……」

「そうだな。馬でも次の町まで1日では難しいと思う。途中で一泊かな……」

「……野営ですか?」


 できれば山で野営はしたくないが、選択肢が無いなら仕方ない。


「いや、前の旅の時も街道沿いに泊まれる建物があっただろ? 確か途中の峠にそういう場所があったはずだ」

「ふむふむ。それならまだ少し安心できますね」


 彼女は少し安堵する。

 アティアスと二人で野営するとなると、見張りをどうするかなど、大変だからだ。


「それじゃ、今日はゆっくりして明日の朝早くに出発するか」

「承知しましたー」


 ◆


「それじゃ、気をつけてな」


 ナハト達は傭兵の仕事に行く前に、二人を見送りに来てくれた。それにアティアスが答える。


「ああ、そのうち戻ってくるから、またどこかでな」

「エミーも元気でね」

「はい、どうもお世話になりました」


 エミリスもミリー達に頭を下げる。

 そして二人は馬に乗り、テンセズの町を出る。



「これから向かうマドン山脈は危険が多くてな。商人達は遠回りすることが多いんだ」


 山に向かう街道を進みながら、アティアスが説明する。


「どんな危険があるんですか?」

「山自体に険しいところがある訳じゃないんだが、魔獣が生息しているんだ」

「魔獣……ですか。私見たことないです」


 エミリスが首を傾げて、見たことのない魔獣とやらを頭に思い浮かべる。


「だろうな。数はかなり少ないから、滅多に出くわさないと思うけど、魔法を使ったり火を吐いたりしてきて手強い。エミーがいれば大丈夫だと思うけど、あんまり出会いたくはないな」

「アティアス様は戦ったことあるんですか?」

「ああ、何回かだけだけどな。俺が防御しながらノードが剣で攻撃してって感じかな」

「魔法使える人が味方にいないと大変そうですねぇ」

「そうだな。少なくとも、この前のブラウンベアーよりは手強いと思っとけ」

「えぇ……。あれより強いんですか……」


 彼女はこの前の洞窟で戦ったことを思い出して眉をひそめた。


 ◆


 マドン山脈はもう目の前、というところまで来たところで、昼食の休憩を取ることにした。


「ここから山に入ると、どこから獣達が来るかわからない。周りには注意しておけ」

「はい。だいぶ周囲が感じ取れるようになってきたのでご安心くださいっ」

「それは頼もしいな」


 彼女は魔力を周りに張り巡らせて、周囲の変化を感じ取ったり、ある程度なら人や動物の体温なども感じられるようになってきていた。

 あまり離れたところまでは無理だが、今はそれで充分だ。

 事前に準備しておいた弁当を食べながら、アティアスは横に寄り添うように座るエミリスの頭を撫でる。

 彼女は両手が塞がっていたこともあって、彼に頭を擦り寄せることでそれに答えた。


「ふふふー」


 ◆


「馬で坂道怖いです……」


 馬は山道を器用に歩く。

 ただ、乗っている彼女にとっては視点が高く、急な段差も馬がそのままいくので、もし転けたらと思うと怖くて仕方ない。


「あんまり緊張せずにな。しっかり掴まっておけば大丈夫だよ」


 先を行くアティアスが振り返りながら言う。さすがに馬の扱いには慣れているようだ。


「そうは言っても……わっ!」


 急に馬が動いて、つい声が出てしまう。


「馬を驚かせる方が危険だぞ。気をつけてな」

「は、はい……」


 いつも落ち着いている彼女だが、こういう時は自分の力でどうにもならないせいか、緊張するようだった。

 自由に止まれない人がスキーをするとき、怖いと思うのに似ているかもしれない。


「ま、あまり緊張すると疲れる。力抜いて馬にでも抱きついておけ。勝手に歩いてくれるさ」


 笑いながら彼が言う。

 抱きつくなら彼に抱きつきたい……と思ったが、仕方なく馬に抱きつき、荷物に擬態することにした。

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