第42話 宣告
昨日の疲れのこともあり、二人が起きたのはもう9時を回った頃になった。
まずは着替えて遅めの朝食を摂る。
「アティアス様、今日はどうなさいますか?」
エミリスが確認する。
「うーん、昨日捕らえた奴も気になるけど、ケイフィス兄さんが動いているだろうから、それは午後かな。昼まではゆっくりしようと思う」
「承知しましたっ」
「ところで……」
「はい、なんでしょうか?」
言いかけたアティアスに、すかさず彼女が反応する。
そして彼は先ほどからずっと気になっていたことを口にする。
「……なんで今日はメイド服なんだ?」
なぜかエミリスは朝からメイド服を着ていた。
最初に出会った頃以来の彼女の姿が懐かしいようにも思う。フリルのついたその服は彼女にはよく似合っていた。
「ふふ、初心に戻ってみようかと思いまして」
彼女が一度立ち上がってくるっと回ると、スカートが広がって太腿が露わになり、ついつい目が釘付けになる。
「ま、まぁよく似合ってるとは思うけどな。……とりあえず冷める前に早く食べよう」
「はい、かしこまりました」
今日はバターを塗ったパンに、オムレツとベーコンのシンプルな朝食だ。
朝が遅かったので、すぐに準備できるものをと彼女が考えたのだ。
「それはそうと、さすがに様付けはもうやめたらどうだ? 夫婦なのに変じゃないか?」
アティアスが彼女に聞いてみる。
「むむー、嫌ですー。アティアス様はアティアス様って、以前にも申した通りです」
彼女は口を尖らせて譲らないが、そのあと不敵な笑みを浮かべて代わりに対案を出してきた。
「あ、でも……そうですねぇ。『ご主人様』か『旦那様』なら、選択の余地がありますけど……?」
どっちも様付けで、結局何も意図が伝わっていない対案を出されても困る。
アティアスはそう呼ばれることを頭の中で想像してみるが、それはそれで違う方向に行きそうな気がした。
特に彼女は今メイド服を纏っていることもあって、なんとも言えない気分になる。
「それならまだ今のままがマシか……」
頭を抱える彼に、彼女は勝ち誇ったような表情で言う。
「ふふふ……。ではこれからもアティアス様と呼ばせていただきますね。……ご・主・人・様っ」
「そ、それはちょっとやめてくれ。……似合いすぎて、俺の理性がもたない」
アティアスは苦笑いしながらも正直に話す。
そんな彼に不敵な笑みを見せ、顔をグイっと寄せて上目遣いで囁いた。
「そんなにお好きなのでしたら、最初に仰っていただければよかったのに……。これからはご期待くださいね」
◆
「とりあえず親父に話を聞こうと思う」
「はい」
午後になり、城の中をルドルフの執務室に向かいながら話す。
何をするにしても、まずは当主の父に報告と相談が必要だと考えた。
当然ながら、アティアスの横を歩くエミリスは普段着に着替えていた。
「たぶんケイフィス兄さんが説明してくれてるとは思う」
「ケイフィス様はお城に来られてるのでしょうか?」
「たぶん来ていると思うけど、場所はわからないな」
執務室に着くと兵士に問う。
「親父と面会はできるか?」
「は、確認いたします。しばらくお待ちください」
中へと確認に行く兵士を待つ。兵士はすぐに戻ってきた。
「アティアス様、大丈夫とのことです。どうぞお入りください」
「ありがとう」
礼を言って執務室に入る。
ルドルフは机に座って待っていた。
「アティアスか、昨日の話は聞いてるぞ」
「兄さんから聞いたか。捕らえた男の正体はわかったのか?」
ルドルフは首を振る。
「いや……まだだ。少なくともうちの兵士ではない。城に入り込んでいたことで捕える口実はあるが、それだけではあまり拷問もできんのでな」
「そうか……ケイフィス兄さんは来てるのか?」
「地下牢のその男のところに行っているはずだ」
「魔力検査の結果はどうだった?」
「聞いている話だと、かなり強力な魔導士のようだ。うちで言えば、最も強い者と近いくらいに」
アティアスは驚く。
「それほどの者が何をしてたのか気になるな」
考え込むアティアスにエミリスが話しかける。
「そういえば、昨日私が撃とうとした瞬間、男も魔法を使おうとしたように見えました。もしかすると向こうもこちらを狙っていたのかもしれません」
「そうだとすると、俺たちの暗殺が目的だったのかも? どちらにしても、何か聞き出さないことには進まんな」
「どうしても拷問はダメなんですか?」
エミリスの問いにルドルフが少し考えて答える。
「ダメとは言わない。君の話が本当なら、そのままにしておくというわけにもいかない」
城に侵入し、その中で狼藉を働こうという気配があったのなら、しっかりと吐かせる必要がある。
「俺もその男のところに行こう」
◆
二人は地下牢に向かう。
守衛に確認し、中に入る。
昨日の男が捕えられている牢の前にはケイフィスがいた。
「兄さん、どうだい?」
「アティアスか。いや、少し痛めつけてはみたが吐く気配はないな」
男は両手を鎖で壁に繋がれていた。
そして部屋には魔法が使えないように、全体に魔法陣が描かれている。
この魔法陣は特殊な粉で書かれていて、この中では魔力を放出することはできても、うまく構成できなくなり、発動させられない。
身体には鞭の跡が無数に付いているが、男の目はこちらを睨んでいるだけだ。
「エミーが言うには、捕える前にこいつは魔法を使おうとしたようだ」
「そうか。それなら尚のこと吐かせないといけないな」
ケイフィスが考え込む。
「……俺がやろうか? 兄さんよりは良いだろう」
「しかし……」
アティアスの提案にケイフィスは躊躇する。
彼が優しすぎることを知っているからだ。
悩んでいると、突然エミリスが提案する。
「……お二方のお手を煩わすまでもありません。尋問なら私で充分かなと」
アティアスが驚いて後ろを振り返ると、彼女は無表情でじっと男を見ていた。
初めて彼女と会った時に近いが、更に凄みがあった。
「いや、エミーの手を借りるわけにはいかない」
すぐにアティアスが否定する。しかし彼女は続ける。
「ご安心ください。経験はありますので。……必ず口を割らせてご覧に入れます」
ケイフィスはそんな彼女の雰囲気に背筋が凍りつく。
昨日の陽気だった彼女とは全く違い、底知れない恐ろしさを感じた。
牢の中の男もそれに勘づいたのか、先ほどまでと違い、何か恐れるような表情をしていた。
「ケイフィス様、アティアス様、お二方以外は外して頂けると助かります。……あまり見られたくありませんので」
「……わかった。――おい、ここは俺たちだけでやる。しばらく守衛所に戻って待っていてくれ」
「はっ!」
ケイフィスの呼びかけに、立ち会っていた兵士たちが離れていく。
「……それでは、お二方も後ろに下がっていてください」
「ああ……」
二人が下がると、エミリスは牢の近くに足を進める。
「……先に言っておきます。早くすべて話してしまう方が良いですよ。私はあなたが死んでしまっても構いませんので。……話す気になったら手を挙げてくださいね」
何が始まるのかと、男が恐れる。
昨日気を失う直前、きらっと光った彼女のその目が脳裏に焼きついていた。
「――では、始めますね」
彼女が地獄の始まりを宣告した。
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