第40話 夜目
「それじゃ、また来るよ」
「時々は顔を出しなさいよ。エミリスちゃんもまたね」
「はい、今日はありがとうございました」
食事を終えて、アティアスとエミリスの二人は、ナターシャと別れの挨拶をして帰ることにする。
「俺も帰るよ。またな」
ケイフィスも二人と一緒に城を出ることにして、三人は城の中を歩いていた。
エミリスはもう酔いが覚めてきたようで、アティアスの腕にしがみついているが自分で歩いている。
「楽しかったですー」
食事中、半分ほどは寝ていた彼女だったが、最後のケーキを結局3個食べて機嫌が良かった。
「良かったな。俺はもっと大変なことになるかと思ってたよ……」
アティアスの呟きにケイフィスが合わせる。
「ナターシャに気に入られたみたいだな」
「それは良かったけどな」
言いながら彼女の髪に手を遣る。軽く撫でると頭を擦り付け、もっと撫でてとねだる。
「そういえば、この子の魔法は少し変わってるな」
歩きながらケイフィスが思い出したように聞いてきた。
「なんでそう思ったんだ?」
「なんというか……溜めがない。普通は魔法を使うときに少し時間がかかるけど、それが物凄く早い。瞬きしてる間に撃ち抜かれるような、そんな感じがした。……最後のも、あれは1回の魔法じゃなくて、別々の魔法を連続で使ってたんだろ?」
あの短時間でよく見ていたものだと、アティアスは感心する。
「一瞬背筋がぞくっとしたよ。言葉通り、最初からいつでも潰せたんだろうなと」
独り言のように呟く。
エミリスは何も言わないが、代わりにアティアスが答える。
「そうだろうな。俺だって寝込みを襲うくらいしないと勝ち目はないよ」
「……私の寝込みを襲ってくれるんですか?」
何故かそれに対して、わくわくした表情で「待ってますよ」と言わんばかりに彼女が反応する。
「それ意味が違うからな」
「流石にわかってますよぅ」
ぷーっと頬を膨らませる。
「ははは。こうしているとまだ子供みたいなんだけどな。これからもよろしくな」
「はい。こちらこそ! ……って、あれ? 誰か見てますね、こちらを……」
もう少しで城を出ようとした頃だった。ふとエミリスが小声でアティアスに耳打ちする。
「どこだ? 俺にはわからんが……」
「えっと、あの右側の木が並んでる辺りです。奥の方に……」
あまり顔を向けないように横目でその辺りを見てみる。だが、暗くてうっすら木があることくらいしか分からない。それに距離が遠すぎて、昼間でも見えるかどうか……。
「うーん、黒い服ですね……。四十歳超えてるくらいに見えます」
「全くわからん……。本当に居るのか? 兄貴はわかるか?」
アティアスはケイフィスにも聞いてみるが、彼も否定した。
「暗くて見えないな」
「……エミーはなんで見えるんだ?」
「なんでと言われましても……このくらいなら普通に見えませんか?」
逆に何故見えないのか不思議だと言わんばかりに彼女が首を傾げる。
「……普通の人は見えない。そもそも遠すぎる」
「それはもういいですー。ずっとこっち見てるし、どうしましょうか?」
アティアスは考え込む。
「兄貴、なんか思い当たることはないか?」
「無いな。聞いた限り兵士でもなさそうだ」
夜の当直の兵士は若い者が多い。中年以上の人間は居ても詰所のはずだ。
「エミー……ここから狙えるか? 捕まえておきたいんだが」
「余裕です。……少し怪我させてしまうと思いますが構いませんか?」
「ああ。何かあれば俺がなんとかする」
「はい。……それではやっちゃいますね」
エミリスは見られているという木の方に顔を向け、じっと凝視する。
その瞬間――
ボンッ! という爆発が視線の先で起こった。
「ぐあっ!」
一瞬、うめき声のような叫びが響く。
(プレートアーマーを凹ませたのは今の魔法か……!)
ケイフィスは驚きを隠せない。
あれだけ離れた距離を正確に狙って放てるようなものだったとは。これでは相手は何をされたのかすらわからなかっただろう。
すぐにアティアスとケイフィスが男に駆け寄り、それにあわせてエミリスは魔法で周囲を照らす。
爆発のあった所では、確かに彼女が言うように黒いローブを纏った中年の男が、頭から血を流して気を失っていた。
「兄貴、わかるか?」
「いや、魔導士のようだが、見たことはない。すぐ兵士達も来るだろうから、確認させる」
ケイフィスはとりあえず武器を持っていないか確認する。ローブの中からナイフを1本見つけ、取り上げる。
「何があった!」
叫び声を聞いた何人かの若い兵士が駆け寄ってくる。
「ケ、ケイフィス様! アティアス様も! どうなされましたか⁉」
すぐに二人に気付いた兵士が頭を下げる。
彼らに対してケイフィスは早口で指示を飛ばす。
「わからんが、見知らぬ者が潜んでいたので確保した。確認をとってくれ。あと魔導士のようだから声を出せないようにしておけ。それと今のうちに魔力検査もな」
「は、承知しました」
気絶したままの男を兵士たちが連れていく。まずは拘束し身分を確認してくれるだろう。
「なんなんだろうな」
「さあ……。もしかすると兄貴の件と繋がりがあるかもしれんな」
ふう、と息を吐き、ケイフィスがエミリスに話しかける。
「……ありがとう」
「いえ、アティアス様をお守りするのが私の役目ですから……」
真面目な顔ではっきりと答える。
「よくやった。……何度見てもあれは凄いものだな」
アティアスが彼女の頭を後ろからわしゃっと撫でると、表情が緩む。
「お役に立てて嬉しいですー」
彼女はもっと褒めてと言わんばかりだ。
「さ、いったん兵士に任せて、俺たちはもう帰ろう」
「はいっ」
◆
城を出てケイフィスと別れ、二人は並んで家に向かう。
「目が良いのは知ってたけど、暗い所もよく見えるのか?」
アティアスが聞く。
「うーん、他の人がどう見えてるのかわからないので比べようが無いのですけど。……例えば、あの路地に白黒の猫がいる……ってくらいは見えます」
彼女が指差す路地は、アティアスにとっては全くの暗闇だった。俄には信じられない。
「……灯りよ」
彼が魔法で路地に灯りを灯す。すると確かに猫が寝ていて、急に明るくなって驚く様子が見えた。
「……信じられんが、嘘では無いようだな」
「ぶー、アティアス様に嘘をついたりなんてしませんよぅ」
苦笑いしながら言うアティアスに、彼女は頬を膨らませて抗議する。
彼女に謝りつつ、いつものように頭を撫でて抱き寄せる。
「すまんすまん、疑ってるわけじゃないよ」
「ふふ……わかってますよ。アティアス様がいつも私を信じてくれていることくらい」
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