第38話 甲冑

「それじゃ、ちょっと早いけど姉さんのところに行くか」

「はい、わかりました」


 城の中でも入り口に近い前側は兵士や訪問者が多く出入りする。トリックスの自室もその付近にあった。

 一方で、ルドルフやナターシャの居室は重臣や親族以外は近づけない城の奥にある。

 その区画に行くには何箇所かの扉を通らないといけないが、許可がなくては入れない。アティアスも全くの例外ではないが、今日はナターシャが事前に話を通してくれていた。


「こっちは静かなんですね」

「そうだな、居室だから煩いと困るだろ? 俺も外に家を持つまで、子供の頃はここで過ごしたよ」

「へー、アティアス様も……」


 それを聞いて彼女も興味を持ったのか、きょろきょろと周りを見回している。とはいえ、城自体の造りはどこも似たような感じで、石貼りの壁が続いているだけだ。


 ナターシャの居室に着くと、扉の横には護衛の兵士が立っていた。もちろん信頼のおける者しかこの区画で働くことはできない。


「ナターシャ姉さんはいるか?」


 アティアスが声をかけると、若い兵士が丁寧に答えた。


「は、ナターシャ様はただいま不在です。ですが、すぐ戻られるとのことです。もしアティアス様が来られたら中で待っていただくようにと、申し付けられております」

「そうか、なら中で待たせてもらおうか」

「どうぞお入りください」


 二人は部屋に入る。

 ナターシャの居室は中でいくつかの部屋に分かれており、最初の部屋は応接室のように広くあまり物が置かれていなかった。奥への扉は閉まっている。いずれにしても部屋の主がいないのに、勝手に奥には入れない。

 壁際にはプレートアーマーが二体飾られていた。

 以前は無かったよな……とアティアスは思いながら、ソファに座って待つことにする。エミリスもその横に腰掛ける。


「俺が住んでた部屋も似た感じだったよ」

「そうなんですね。……私、こんな立派な鎧初めて見ました」


 彼女が壁際のプレートアーマーを眺めながら言うと、アティアスが説明する。


「こんな重い鎧はもう時代遅れだけどな。ただの飾り物さ。……それにしてもすぐ戻るって言う割に遅いな」

「ですねぇ……。時間はありますけど」


 二人で話ができるおかげで時間を潰しやすいのが救いか。

 雑談をしながらナターシャが戻ってくるのを待つ。


 ――ふと、何気なく彼女がプレートアーマーを見て違和感を覚える。


「あれ? なんかさっきと違うような……?」


 先ほどまでと違い、片手に剣が握られていた。

 彼もそれに気付くと、慌てて立ち上がってソファから離れ、エミリスを後ろに庇う。


「こいつら……」


 いつのまにかプレートアーマー二体ともが動き始めていた。

 そしてじりじりと二人に迫ってくる。

 今は二人とも何も武器を持っておらず、魔法を使うしかない状況だった。


「何者だ?」


 アティアスの問いにも無言だ。中に人が入っているとしか思えないのだが。

 先頭の騎士が急に動きを速めて、アティアスに斬りかかってくる。


「ちっ、――氷よ!」


 舌打ちしながらアティアスは剣に向けて氷の魔法を放つ。

 剣に氷がまとわりつくが、構わずにそのまま振り下ろしてくる。

 だが、その剣はアティアスには届かなかった。


「はっ!」


 後ろから声が聞こえる。『ぼんっ!』という音がして、剣が騎士の手からこぼれ落ちる。


「――!」


 剣を握っている手を狙い、アティアスの後ろからエミリスが小さく魔法を放ったのだ。騎士は手を押さえて蹲る。

 その隙に落とした剣を咄嗟にアティアスが拾う。

 まだ氷が付いているが、丸腰よりは良い。


「溶かしますね」


 エミリスが剣を一瞥すると、氷がすぐに水になって床に落ちていく。

 これでだいぶ戦いやすくなった。


「……何者だ?」


 もう一度聞くが、後ろの騎士が近づいてくることが答えのようだ。


「……エミー、援護を頼む」

「はい」


 アティアスは剣で騎士に向かって踏み込む。

 重い鎧騎士は動きが鈍い筈だが、彼の剣を上手く捌いていく。剣だけなら明らかに自分より格上だと感じる。


 ――キィン!


 アティアスが振り下ろした剣だったが、鎧騎士に上手く弾かれてしまい、剣を取り落としてしまう。


「――ちっ!」


 カラカラ……と床を滑る剣を横目に騎士は剣を振りかぶる。


「弾けろ……」


 そのときエミリスが呟く。


 ――パンパンッ‼︎


 瞬間、立て続けに小さな爆発音が響き、騎士は動きを止めざるを得なくなる。

 見ると鎧のあちこちに、小さな凹みができている。


「……もうやめましょう。これ以上やるなら、鎧ごと潰しますから」


 無表情な声でエミリスが宣言する。

 やろうと思えばいつでもできる。

 ナターシャの部屋で怪我人を出したくなかったので本気を出していないだけだった。


 それを聞いて騎士は剣を下ろした。

 もうひとりの騎士も立ち上がり、やれやれ、という仕草を見せる。


「あーあ、ちょっと驚かそうと思っただけなのに」


 急に軽い口調で話始めた騎士が兜を外すと、中からは黒髪の女性が現れた。

 この部屋の主、ナターシャだった。


「いや、驚いた。これほどとはな」


 アティアスの剣を手玉に取っていたもう片方の騎士も兜を外す。


「……やっぱりケイフィス兄さんか。相変わらず剣ではとても敵わないな」


 途中から薄々気づいていた。

 これほどの腕を持った剣士はこの城でもそう多くない。ましてやこの部屋に入れる人間など限られている。


「???」


 エミリスは訳が分からず、顔に疑問符を浮かべている。


「……ええと、アティアスさま……どういうことですか……?」

「単にナターシャ姉さんの悪戯、ってこと。相変わらず趣味が悪い」

「うわっ、酷い。お姉さまに向かって趣味が悪いだなんて」


 ナターシャはぷんぷんと怒ったような顔をするが、本当に怒っている訳でないのは明らかだ。


「しかも兄さんまで巻き込むって」

「ははは。悪い悪い。ナターシャに頼まれてね」


「……なるほど。覚悟しておけって、こういうことだったんですね……」


 ようやくエミリスにも理解できたのか、ぼそっと呟く。

 よく考えれば、中で争っているのに衛兵が入ってこないのもおかしい。

 最初からそう言う筋書きだったのだ。


 ◆


「襲いかかったら、この子を庇ってちょっとは男らしいところ見せるかなーって思ってたんだけど。なんか思ってたのと違う……」


 ナターシャは心底がっかりした表情を見せる。


「そうだな。むしろアティアスが庇って貰ってるようにしか見えなかったぞ?」

「我が弟ながら情けないわねー」


 鎧を着ていた二人は、身軽になると勝手に話し始める。アティアスは酷い言われようだ。


「でもでもっ、アティアス様はとてもお優しいので……」


 エミリスが必死にフォローしようとする。


「あらあら、エミリスちゃん。強いのに可愛いわねぇー。不出来な弟だけど捨てないであげてね……」


 ナターシャがエミリスを抱いて頭を撫でている。

 ……その子は姉さんよりずっと歳上なんだぞ?

 とは、口が裂けても言えない。


「はい! ご心配はいりません! ……アティアス様には、私の……全てを捧げると……誓いましたから……」


 元気よく返事をしたものの、途中から恥ずかしくなってだんだん声が小さくなる。


「……んー、なんて健気な! ……アティアス。この子に意地悪したら私が潰すわよ?」

「そんなことしないよ……」


 何もしていないのに何故か睨まれてしまい、理不尽さを感じる。

 ただナターシャは前からこうだったからもう諦めていた。


「じゃ、充分楽しんだし、そろそろ食事にしましょう」


 ころっと切り替わったナターシャは、エミリスを解放しつつ言った。



 ナターシャの自室から食事が準備されている部屋に向かう。


「そういえばエレーナは来ないの?」


 ナターシャがケイフィスに聞く。

 エレーナはケイフィスの妻で、元々この城で兵士をしていたこともあってナターシャとも仲がよかった。


「一応声はかけたんだけどな。兄弟の方が話しやすいでしょ、って断られたよ」

「ふーん、そんなの気にしなくて良いのに、相変わらず固いわねぇ」

「そう言うな、俺はそこが気に入ってるんだ」

「うわっ、熱い熱い……」


 パタパタと顔を仰ぐ仕草をしてナターシャが笑う。


「……アティアス様、お二人は仲がいいんですね」


 兄妹二人の後ろを歩くエミリス達が小声で耳打ちする。


「そうだな。歳は少し離れてるけど昔から馬が合うみたいだ」

「ちょっと羨ましいです」


 ずっとひとりだった彼女には、仲のいい家族がいることが羨ましいと思った。


「そうか……エミーは相談できる家族もいなかっただろうしな」

「でも今はアティアス様がいますから大丈夫ですっ」


 よしよしと頭を撫でてあげると、彼女は頬を染め、うっとりと目を細める。


「なんか後ろからも熱気を感じるわねぇ……」


 背中越しに話を聞いていたナターシャがぼそっと呟いた。

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