第37話 三兄
街をひと回りして程よい時間になったので、邪魔な荷物を置くため一度家に帰った。
改めて城へと向かう前に、身だしなみを確認する。
「じゃ行くか」
「はいっ」
時刻は午後3時を回ったあたり。
城までは歩いて30分ほど。
一昨日と同じように城門で門兵に挨拶して城に入り、兄トリックスの自室に向かう。
トリックスは魔導士部隊の部隊長だが、普段は魔法の研究のため自室に篭っていることが多かった。
「たぶんこの時間なら自室で研究してると思う」
「研究……ですか?」
「ああ、兄さんは魔法学院でやってるように、新しい魔法や魔道具の研究が好きなんだよ」
「魔道具ってなんですか?」
エミリスには初めて聞く言葉だった。
「例えば、宝石を使って魔法の力を強めたりとか、他にも特殊な繊維で魔法を弾いたりとか、少しずつわかってきてるんだ。魔法の練習をするのも大事だけど、それは自分だけの力の向上だろ? でもここは軍だから。そういう魔道具ができたら全体の力が上がるからな」
「なるほど。確かに……」
魔法は持って生まれた才能以上には強くならない。
よって補助する道具を開発していくことでそれを補おうとしているのだ。
◆
トリックスの部屋に着くと、衛兵がひとり扉の横に立っている。
「アティアスだ。トリックス兄さんと話せるか?」
衛兵はアティアスに敬礼するとハキハキした声で話す。
「は、アティアス様、確認して参ります」
扉をノックした衛兵は、部屋に入りトリックスに確認する。
しばらくして衛兵は戻ってきた。
「お会いになられるそうです。お入りください」
「ありがとう」
アティアスに続いてエミリスも部屋に入る。
部屋の中は雑然としていて、壁一面に大量の本が並んでいる。広さは学校の教室くらいはあるだろうか。いくつかの大きな机と、その上にはよくわからない物が積み上げられていた。
その机のひとつで、全身ゆったりとした黒い服の若い男が透明な宝石を手に、蝋燭の灯りを透かして見ていた。
「……アティアスか、久しぶりだな」
次兄のケイフィスに比べると痩せているトリックスは、こちらに目線を向けることなく話す。
「ああ、半年ぶりに帰ってきたよ。相変わらず熱心だな」
「もう少しでな、魔法を詰めた宝石が作れそうなんだよ」
そこまで言って、手に持っていた宝石をそっと机に置いて、アティアス達の方に向きを変える。
「兄さんが魔法学院にいた頃から研究してたあれか。そんなことができそうなのか?」
トリックスは以前から、魔力を持たない人でも魔法が使えるようにする研究をしていた。魔法を宝石に溜めておくことで必要な時に引き出す、というものだった。
「ああ。簡単な魔法、例えば明かりをつける程度のものならすでにできている。ただ、まだ強い魔法は全くダメだ。宝石が魔力に耐えられなくて、すぐ崩れてしまう。……これを見ろよ、ヒビが入ってるだろ?」
手渡された丸い宝石を除き込むと、確かに真ん中に割れ目がある。
「確かに割れてるな」
「だが、ようやくここまできたんだ。もう少し頑張るさ」
ため息をつきながらトリックスは椅子に深く腰をかける。
「それで……兄貴のことで来たんだろ?」
手を頭の後ろで組み、じっとアティアスを見る。エミリスは話の邪魔にならないようにと、そっとアティアスの斜め後ろに立っている。
「昨日親父に聞いてな……」
「先週の晩餐会でのことだ。……俺も出てたんだ。中盤くらいかな、突然兄貴が苦しんで倒れたんだよ。俺が魔法で治療かけてなんとか助かったが、危なかった」
「毒を盛られたのは食事なのか? それとも酒?」
「そのときは見てなかったけど、あとで調べたら料理に入ってたようだな」
「そうか……。どんな毒が使われたのか、もうわかっているのか?」
「詳しくはわからないが、動物を殺すためのもののようだ。誰でも手に入るような毒だな」
「うーん、全くわからないな」
ふぅ……。
アティアスは深くため息をつく。
「一応、俺も怪しい者が城に出入りしてないか、部下に見張らせてる。兄貴の屋敷の周りもだ。次があるかもしれんからな」
確かに、レギウスが死ななければ暗殺は失敗だ。改めてもう一度狙ってくるかもしれない。
「そうだな。俺もしばらく街に居るから、何か分かったら連絡するよ」
「すまんな」
「……ここに来たのはもうひとつあってな。これを紹介しておこうと思って」
アティアスが話を振って少し横に避ける。
エミリスはそれまで無表情で立っていたが、少し笑顔を見せて挨拶する。
「お初にお目にかかります。エミリスと申します。どうぞよろしくお願いします」
頭を下げる彼女に、トリックスも軽く合わせる。
「ああ、はじめまして。挨拶が遅れてすまない。アティアスのひとつ上の兄のトリックスと言う。ここで魔導士の部隊長をやってるけど、名ばかりで実態は引きこもって研究してるだけだな。君のことは少しだけ親父から聞いてはいるが……」
「兄さん、親父からはどんな感じで聞いてるんだ?」
「ん? 確か、お前が女の子をひとり連れてくるって。あと……新しく娘になるから、もし会ったらよろしく頼む、とか言ってたかな」
なるほど、そう伝えられたらレギウスが勘違いしたのも分かる。
名前などの詳細は依頼文とは別の紙に書いておいたのだが、きっとその紙だけをレギウスに渡したのだろう。
「そうか……。ようやく合点がいったよ」
「ん? 何がだ?」
トリックスは不思議そうに聞き返す。
「いや、こっちの話だ、すまない。まだ周りには言わないで欲しいが、急だけどこの子と結婚することになった。というか、もうすでにしてる」
「おいおい、それ本当か? お前に先を越されるとは思わなかったよ。……だけど言うなってのはなんでだ?」
「ああ、レギウス兄さんのこともあるから、しばらく周りを騒がせたくないんだ」
「ふむ……確かにそれはあるな。兄貴が仕事に復帰してからの方がいいかもしれん。……わかった、俺も黙っておくよ」
頷くトリックスに、アティアスが礼を言う。
「すまない。落ち着いたらゆっくり話そう」
「わかった。……今日はこのまま帰るのか?」
トリックスの問いにアティアスは答える。
「いや、このあと姉さんに呼ばれていてね」
「そうか。後で時間があったら俺も顔を出すよ」
「伝えておくよ。それじゃ、何か動きがあったら教えてくれ」
「ああ、またな」
◆
トリックスの自室を出た二人は小声で話をする。
「……特に変なところはなかったな。いつも通りだと思う。エミー、何か感じたか?」
彼女も困った顔で返す。
「ううーん……。私には全く何も……」
「そうだな。殺したいなら手当てなんてしないだろうし。とはいえ、全くしないと怪しまれることもあるか」
「ですね。……次の動きを待つしかないのでは……という気も……」
「……仕方ないか。ただ俺が動いてるのもこれで分かっただろうし、しばらく動きがないかもしれないな」
「それならそれで平和ですけど、なんだか気持ち悪いですねぇ……」
「ああ……」
これは時間がかかるかもしれない。
なんとか炙り出せないものかと考えるが、いい案は浮かびそうになかった。
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